【30513】2012年~2013年 極寒の中国鉄路の旅 Part10 阜新煤礦鉄路の大爆煙 その2

第10日目 1月1日

新年があけましたが、中国では春節(旧正月)がお正月です。何のお祝い行事もありません。我々にとっては、月夜の大爆煙ショーこそが新年の始まりです。
0時前にすぐに「フライアッシュ号」が来るので、急ぐようにとの連絡が参り、ホテルをでました。凍てつく道をワクワク気分で山へと向かいました。

遼寧省 阜新

ところがです。撮影ポイントに行くには、205信号所の下の道にあるゲートをくぐらなければなりませんが、鉄柵の門は閉まっていて車では入れません。降りて開けようとしましたが、電動になっていてビクともしません。

仕方ありません。もう1つのゲートがある205信号所上の道に進路を変えて向かいましたが、ここもガッチリ閉まっていて施錠されています。困りました。すでに「フライアッシュ号」は、五龙炭鉱前にある信号所で待機中です。205信号所へと向かうのは時間の問題です。
こうなれば、撮影ポイントに行くには徒歩しかありません。約40分程度は必要です。再度、先ほど通った205信号所に行って、発車を遅らせてもらうように交渉しようとのことになりました。
交渉が上手くいくようにと祈りましたが、やってきた「フライアッシュ号」は、205信号所前を殆ど停車することもなく、我々の前を通過していきました。呆然と見送る以外ありませんでした。

01_月

正月の午前3時、全てが終わって見た阜新の月はとっても綺麗でした

結果論ですが、最初のゲートでチャーター車を降りて山に向かうべきでした。まだ時間がありました。

しかし、月明かりの外は凍てつく寒さです。こんな条件下で待つのには勇気だけではできません。できれば温かい待機場所を必要としていましたので、その時にこの選択は考えられませんでした。

T中さんは、ここでの夜撮のご経験もおありでしたが、いつもは205信号所に一旦停車する蒸気機関車に乗せてもらって向かわれていたそうです。今回は、案内人を入れての8名です。多いので乗せてもらう交渉は始めから不可でした。

と、いうわけで、新年早々は失意から始まりました。

02_踏切前【DATA】 7:11、125㎜、F7.1、1/5秒、ISO200、-03段
02_点検【DATA】 7:22、300㎜、F6.3、1/125秒、ISO2000、-0.3段

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【30467】2012年~2013年 極寒の中国鉄路の旅 Part9 阜新煤礦鉄路の大爆煙

第9日目 12月31
① 哈尔滨 前夜21:51(1522次)→4:22沈阳北

② 沈阳北站4:45(チャーターバス)→8:38阜新

01_瀋陽北駅ホーム4:33、まだ夜明け前の沈阳北站に着きました。
12月1日に哈尔滨~大连を結ぶ哈大高速鉄路が開業しましたが、在来線と同じ站は、沈阳站と、ここの2站だけです。
ただ2站間距離は3キロしかないので、両駅とも停車する列車は殆どなく、どちらかになっています。かつては満鉄時代に東京駅を模して建築された沈阳站がメインでしたが、今は、沈阳北站を発着する列車が圧倒的です。両站は地铁、BusまたはTaxiを利用しての移動となっています。

02_瀋陽北駅03_夜明け04_高速道路▲ 沈阳から阜新へ向かうには新义線の利用となりますが、沈阳北站ではなく沈阳站からの乗車となります。1日6往復があります。鉄路利用で行きたかったのですが、接続列車は沈阳站10:17発しかありません。
阜新に行きたいのは、大爆煙を撮るのが目的でしたので、できるだけ早くに着く必要があったためにチャーター車となりました。沈阳北站北口から今夜のホテル中林国際酒店までは、高速道路で約200キロあります。
凍てつく道は、スピードを上げられません。約4時間弱を要して8:38に到着しました。

阜新 中林国際賓館
中林国際酒店は、前回もO氏と一緒に来た時に泊まったホテルです。周囲に繁華街、飲食店街がないのが難点ですが、とにかく部屋が広くスイート並でゆったりとくつろげます。宿泊料金も王さん通しですと、この時期は260元(約3,500円)と格安でしたので、广州からお越しで当初案内人と車を別手配されていたT中さんは、部屋を見られた途端に西山賓館から変更されました。お奨めのホテルです。

06_すり捨て路線図早速、フライアッシュ号がいつズリ捨て山に上ってくるかの情報収集です。今回は阜新には何度も来られているT中さんがおられますので、心強い限りです。ズリ捨て山中腹にある205信号所からの情報が入ります。今までの経験から、午後1時前後が予想されますので、午前中は部屋でゆっくりと吉報を待ちました。

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【28180】2013年 新年好!

04_DSC_8531新年好!

新年は、フライアッシュの大爆煙が見られる、凍てつく大地の「阜新」で迎えております。
今冬は、数10年ぶりの寒波到来で、マイナス30℃の世界を初めて経験し、次はマイナス50℃にもなる超厳寒の北端地「漠河」へと向かいます。
今年もぶんしゅう旅日記を、よろしくお願い申し上げます。


【20372】2012年春の中国鉄路の旅          Part10 興阜炭鉱のナローゲージと、阜新煤礦鉄路その3

第13日目 5月1日 興阜炭鉱のナローゲーと阜新煤礦鉄路 その3

今日は、阜新炭鉱撮影の3日目で最終日ですが、2人とも満足いく収穫がなく、ちょっと焦り気味です。天候は、昨日とは違っての快晴です。気合十分なO氏は、今日も朝5:30にはホテルを出て行かれました。一方の私は、まだ長い旅の中盤にも差し掛かっていません。ここで、エネルギー爆発では、身体が持ちませんので、ゆっくりとホテルで朝食を取ってから、谷さんを待ちました。

以前に訪問された中国鉄路に残る蒸気機関車探索にかけては達人の倉重さんは、阜新訪問時に興阜炭鉱のナローゲージにも、お立ち寄りでした。その訪問記によると、高徳駅の裏山奥に興阜炭鉱があるようです。
▲ 8時過ぎに、谷さんの愛車に乗って、ホテルを出発しました。五龙炭鉱のような大きな炭鉱とは違って、個人経営の小さな炭鉱が点在する中の山道を走りながら探します。迷走もありましたが、途中で谷さんが、ズリ捨て山に上がる1本の長いインクラインを見つけました。


▲ ご覧のように、数100m以上もあり、先が見えません。止まって
、反対方向のインクラインの起点を塀越しに見ますと、五龙炭鉱で見たと 同じ凸型の小型電気機関車が走っているのが見えました。ここです。間違いありませんが、炭鉱内にどうやって入れるかが問題です。

炭鉱には正門と裏門があるはずです。正規の入場許可は、直ぐには取れないと分っています。そして、良くないのはこれも分ってはいますが、倉重さん流に、こっそり裏門から入らせてもらって、撮影することにしました。
塀の周囲を走ると、直ぐに裏門は見つかりました。ただ、ここにも門衛がいます。警備は厳重なようですので、まず私が行って、にっこり笑顔で門衛に頼み込むことにしました。
いつもの調子で、自己紹介をして門衛を口説きにかかりましたが、融通が利かない頑固な爺さんです。タバコを出そうかとしましたが、ダメの一言です。追っ払われました。後からサポートに谷さんが行く予定にしていましたが、これでは取りつくスキがありません。作戦変更です。ダメもとで正門からの入場を目指しました。

五龙炭鉱同様の立派な門構えと綺麗な炭鉱内が見えました。正門事務所では、立派な制服を着た警備員が目を光らしています。
谷さん、コネはありませんが、地元の強みで、遠く日本から見学に来ているので、少しの時間で良いから見せてやって欲しいと嘆願します。私も横に付いて手を合わせますと、管理セクションに電話をしてくれましたが、許可は出ません。
▲ 谷さんにも意地があります。車に戻ってカバンの中から1冊の本を持ってきて、開けて説明をやりだしました。本は、ご覧のように「レイル」です。これには、倉重さんの訪問記と谷さんが撮られた写真も掲載されています。警備員3人が集まって来て、食い入るように見て、説明を聞きだしました。

谷さんの作戦、大成功です。私達が、スパイ等の怪しげな者ではなく、純粋に炭鉱内を走る機関車を撮りたい事が理解されました。警備員は、黙って私に付いて来てくださいと言ってくれました。
勿論、撮影は厳禁ですので、大きな一眼レフは車に置いて、コンデジ2台をポケットに忍ばせて、撮影をしました。多分、この中に入っての撮影は誰もできていないと思いますので、ご覧ください。



▲ かなり広いいヤードには、可愛い小型ELが、走り回っていました。ほんの数10分の間でしたが、楽しめました。ナローゲージファンには、こたえきれないでしょうね。

倉重さんの訪問記によると、このバローゲージは、この辺りを縦横に路線があったそうです。付近を見て見ることにしました。

▲ 裏門と反対方向に出ますと、塀の外を走る線路が見えました。レールは錆びてはいましたが、所々の轍には、車輪が残した痕跡がはっきりと、あります。毎日でないにしろ、走ってはいるんだと、線路を辿りますと、修理工場まで伸びていました。施錠された門から中を見ましたが、何もいないようです。他の路線の痕跡は、辺りが開発により掘り起こされていますので、当時の姿を見ることはできません。ここで探索は終わりです。

▲ 路線跡は、海州露天鉱の山側にありました。煙が上がっているので見ますと、大型ダンプで運んできたFAを投棄した爆煙です。上に発電所が見えます。ここでもやっているのですね。この爆煙は、ズリ捨て山からも見えました。


▲ 11時過ぎに、O氏が待たれる外側線にビールと食い物を持って合流しました。O氏から、「朝6時半過ぎにフライアッシュ1号が上がってきたが、またドスンで終わった。」 と、残念そうに言われます。露天鉱のFA投棄を申し上げますと、投棄場所が変わったのかなと、また残念そうなお顔でした。
11:40、抜けるような青空の下、ズリ捨て列車が上がってきました。


▲ 12:01、フライアッシュ2号が上がって来ましたが、またこんもり山です。

▲ 予測通り、粉塵は上がらず、5本の跡を残すだけでした。今日のフライアッシュ号を撮れるのはは、これで終わりでしょう。

▲ 14:14、次のズリ捨て列車は、同じ内側線に入ってきました。そして、FAの痕跡を消してくれました。 次のズリ捨て列車は、 14:40に外側線に入りました。谷さんは、これを撮ってから、朋友が来たので一緒に宴会だと言って引き揚げられました。私たちは、次は順番からいって、内側線です。その頃には、陽も傾いてくるだろうと推測して、内側線へと移動しました。

▲ 17:21、推測どおりにズリ捨て列車がやってきました。ただ、抜けるところを探したのですが、夕陽とカメラ目線が合う直角位置に蒸気機関車が来る場所で、正面バックとも障害物がない所を探すのに苦労しました。あるにはあったのですが、線路に近すぎました。もう少し、夕日が落ちてくれたら良かったのですが・・・。狙っても中々撮れないのが、夕日をバックにしたカットです。これから後では、陽が暮れて、歩行が困難になります。17:40の折り返しを撮った後、線路沿いを歩き、引き上げることにしました。


▲ 18:43、信号所を過ぎた辺りで、次の列車が上がって来ました。夕日は沈んで、空が染まってきましたので、何とか撮りましたが、今一の感です。

阜新に来て3日間もあれば、フライアッシュの爆煙を何回かは見られるだろう。その中で1枚ぐらいは、望んだカットをものにできるだろうと思っていましたが、1本も爆煙は見られませんでした。残念ながら、全敗です。
小竹さんから、阿里河森林鉄道の撮影が困難になってきているとの連絡がすでに入っていました。もしもの場合は、阜新か樺南になるかもとの事でしたので、ここの状況をお知らせしました。O氏は、阜新になるのなら、来ないと固くおっしゃられます。朝の蒸気機関車牽引の通勤列車、そしてフライアッシュの爆煙もないとあれば、私も同感です。
樺南林業鉄道であれば、以前に計画をしていましたが、ウヤが1ケ月以上も続いて、断念せざるを得ませんでした。昨年も新緑の頃に行く予定でしたが、ウヤが続き、そのまま廃線となってしましました。今回は、線路撤去のための作業列車が走り始めたそうです。できれば、こちらの方が良いのに決まっています。

夜はまた私達お気に入りのスッポン鍋を食した後、小竹さんに電話をしますと、 阿里河森林鉄道訪問は、向こうの都合で完全にダメになった。詳しくはお会いした時にお話ししますが、代替案として 樺南林業鉄道に行く事にしましたとの返事です。O氏は何と、9回目の訪問になるそうです。とても気に入られていた中国蒸気機関車の撮影地で、最後を見届けるのも良いかなと、半分は納得されました。


【20336】2012年春の中国鉄路の旅          Part9 阜新煤礦鉄路 その2

第12日目 4月30日  阜新煤礦鉄路 その2

朝5時半、待ち合わせの時間通り、谷満春さんは愛車に乗って、迎えに来てくださいました。既に連絡をいただいていましたが、朝の上遊型蒸気機関車牽引の通勤列車だけでなく、昼間のDL牽引の列車も2週間前になくなり、今日現在も復活していないとのことです。もしかしてと少し期待感があっただけに残念ですが、仕方ありません。各地の炭鉱で走っていた通勤列車は、突然にこのようにして、なくなっていったのでしょうね。

▲  今日は足があるので楽です。早々に五龙炭鉱ズリ捨て線へと向かいました。迂回道路は、昨日私たちが乗った白タクのルートでよく分っています。途中で谷さんは、車を止めて、内側線の様子を見ています。何とズリ満載の貨車5両が置き去りにされています。これでは、次の列車は内側線には、入線不可です。 昨日同様の外側線に行くしかありません。

▲ 6:06、今日撮影の1番列車は、早々にフライアッシュ号です。昨夜のスッポンが良かったのでしょうか。朝から縁が良いですが、おいおい、またドスンで終わりです。また、がっくりです。 これには、谷さんも「え~、こんな事は初めてです。どうして?」 と、信じられない表情です。今日は、全車のお皿を傾けてのFA排出でした。 そして、今日は天候がよくありません。暑い雲に覆われて、風も強く、時折小雨が舞ってきます。

当分、フライアッシュ号は来ませんので、興阜炭鉱に走るナローゲージ撮影にしましたが、谷さん何を勘違いしたのか、3月に行って入れなかった五龙炭鉱内へと案内します。希望した場所は、ここではないと言いますが、すでに炭鉱内の職員とコネをつくってしまっています。困りましたが、仕方なく付いていくことにしました。原因は、谷さん地元鉄ちゃんなのに、興阜炭鉱に走るナローゲージを知らなかった事のようです。


▲ 炭鉱内は、外の周囲の光景とは一転して、とても綺麗です。O氏も 「随分と違うなあ、周りはどんなに汚く汚れていても、自分たちの働き場所だけは、綺麗にするのは、いかにも中国的だなあ。」 と、感心しておられました。私も、駐在時代に中国人の家庭に招待されましたが、ボロボロに近いマンション?でも、一旦部屋に入ると、随分と金をかけて、綺麗に豪華にしているのを見て、びっくりしましたので、このアンバランスは、よく分ります。
ヤードには、ナローゲージには珍しいクレーン車がいました。屋根に乗って、パンタの補修をやってますが、まさか通電していないでしょうね。小型凸型電気も初めて見ました。



▲  坑道用のバッテリーカーと
トロッコ達です。木材は坑道に使用されます。一応踏切もあります。注意マークは、汽車と違って凸型電気です。
炭鉱内では、カメラは厳禁です。 リーダーに見つかると処分されるので、決してみんなのいる所では見せないように注意を受けての撮影でした。

▲ 次のフライアッシュ号はいつ来るかです。谷さんは、FAを搬出する発電所に行ってみようと向かいますが、高徳駅から分岐した線路沿いに道路はなく、発電所正門からの出入りは部外者禁止です。
9:56、平安ヤード方面から推進運転で、ズリ捨て列車がやってきましたが、ここで機回しをして正向きに付け替えて、新邸方面へと向かって行きました。どこに行くのでしょうか?


▲ 谷さんの愛車はマツダファミリアですが、大きい割に1600㏄で非力です。それでも頑張って、ぬかるみあり、泥水の溜った穴ぼこだらけ、急坂ありの凸凹道を一生懸命のハンドルさばきで切り抜けましたが、夕刻には朝の美形が台無しになるほど、泥だらけになっていました。
12:50に朝からの場所に戻りますと、内側線に置かれていた列車は、ありませんでした。代わりに保線区員が大勢来て保守工事をやっていました。
12:57には、ズリ捨て列車が上がってきましたが、1両には何やら異質な物が満載されています。お皿が傾くと落ちてきたのは、ゴミばかりです。斜面が汚くなってしまいました。これでは、撮影に差支えます。ゴミ捨て列車は御免です。

列車が下って、しばらくの間は、外側線にも保線区員がやって来て、線路保守をちょっとやって帰っていきました。O氏は、「ここに来るのが仕事であって、保守はやってやらなくても関係ないんだろう。」 と、言われます。確かにその通りと相槌を打ちました。
外側線の撮影に丁度良い所からは、埋設されてしまった石炭が燃えて、いくつもの煙が出ています。そばによると、下からの熱気が伝わってもきます。やかんを置けば、湯が沸きます。
▲ 16:22、やっとフライアッシュ2号のご到来です。今度はこんもり山がありません。期待できます。
しかし、周囲の状況は刻々と悪化して、強風と巻き上げられたFA等々で、
視界は、さらに悪化してきました。

まず1両目が始まりましたが、少し巻き上がっただけでした。
4両目だけが舞い上がりましたが、3月に見たのは、こんなちゃちなもんではありません。まだ、FAが湿っているようです。
この頃から、カメラの調子が悪くなって、ピントが合わずシャッターボタンが押しても切れません。シャッターが切れても、ピンボケ状態ですので、オートフォーカスを手動に切り替えての撮影にしました。

こんな天候では、夕焼けもありません。今日は、フライアッシュ号も来ませんので、今日は、撮影終了です。 谷さんが薦める羊肉しゃぶしゃぶ屋へと向かいました。

▲ 阜新には、美食を求めてきたわけではありませんが、美味しい羊肉しゃぶしゃぶは、日本ではめったに食べられませんので、2人とも大満足です。

明日の予定ですが、谷さん今日の汚名挽回に 、自分も行った事がない、
興阜炭鉱に走るナローゲージを一緒に探しに行くと言ってくれました。O氏は走行する蒸気機関車撮影に一辺倒ですので、明日午前中は、別行動としました。


【20322】2012年春の中国鉄路の旅          Part8 阜新煤礦鉄路 その1

書き洩らしましたが、昨夜から泊まっているホテルでも問題を抱えていました。O氏と一緒ですので、訪中前にホテル予約を済ましておかねばと、一般的な海外ホテル予約サイトにアクセスしましたが、中小都市ですので、扱いがありません。それではと、現地で日本語対応が出来て、中小都市でも検索できる楽旅中国に紹介依頼メールを出しました。宿泊時に問題が出た場合、直ぐの苦情対応ができますので、最近よく利用しています。
すると、1軒だけ、キングベットで紹介してきました。いや、紹介ではなく部屋が取れましたとの確定です。いかにも、中国のサイトです。おいおい、いろいろと星等級別の各ホテル・部屋の料金を聞きたいのだ。まだ確定ではない。それに、宿泊は1人ではない、男2人だからツインでないと困ると、返信しました。しかし、労働節連休で他のホテルとも満室で、この部屋しか空いていませんとの連絡です。交渉の結果、4泊のうち2泊はツインになりましたが、後はホテルに着いてからの対応を余儀なくされました。O氏も貞操の危機だと心配しておられます。

チェックイン時に、その旨をフロントいる若いお姉さんにに伝えると、「分りました。大丈夫です。4泊とも同じツインの部屋でお泊りできます。」との日本語の返事が返ってきました。ほっとしたと同時に 「え~」 と、2人ともびっくりです。北京や上海等の日系ホテルとは違って、ここは普通の日本人なら名前も知らない東北の田舎町です。国際ホテルとは名乗っていても、日本語対応が出来るフロントマンがいるとは、考えられません。
聞けば、1年間日本にいましたと言われます。 どこにおられたのですかと問いますと、何とシシャモで有名な北海道の鵡川で、ジャガイモの芋掘りをしていたと返答で、納得です。所謂、海外からの農業実習研修生として、働きに来ていた中国人だと分りました。

チェックイン後にも部屋まで案内してくださり、食事をしている間も気を使ってくれていました。ありがとうございました。

第11日目 4月29日  阜新煤礦鉄路 その1

今日から、阜新炭鉱撮影開始です。3日間を予定しています。内、30日だけは、朝の蒸気機関車が牽引する通勤列車を追っかけ撮影と、前回連れて行かれなかった興阜炭鉱に走るナローゲージも撮りたかったので、前回の案内人、阜新地元鉄ちゃんの谷満春さんに一日案内をお願いしました。

前回3月に行った時に私は、フライアッシュ捨ての巨大な爆煙を近くから撮れませんでした。O氏も撮るには撮ったが、現場に行きついて、何も分らない状況下でシャッターを切った。落ち着いて、フレーズを決めて、しっかりと撮れたいとの希望です。この爆炎は、阜新以外では見られないものです。
朝4:30に起き上がりました。撮影に絶好の快晴のようです。O氏は、パワー全開ですが、私は、テンションが上がりません。昨日の精神的ショックと長旅の疲れが出だして、体が重く、動くのが辛い状態を感じました。今日は無理しない方が良いだろうと、O氏に後から行くと伝えて、ホテルでゆっくり朝食を食べてから出かけました。

身支度を整えてホテルを出発したのは、9時でした。Taxiを捕まえて五龙炭鉱のズリ捨て山を告げます。普通では行ってくれない未舗装の急坂の悪路を上がりますので、20元(約360円)で交渉成立です。下から1時間もの登山は、今日の体調からは辛いものがありましたので、これで助かったと思っていましたら、五龙炭鉱までの1本道が途中から工事中で、Taxiは通れません。

すると運転手さん、客の乗っているバイクTaxiを捕まえて、身売りです。これ以上は、この車では行けないので、自分は7元(約100円)で良い。バイクTaxiは、五龙炭鉱まで3元(約40円)を支払ってくれと言って、走り去りました。おいおい、ズリ捨て山の上まで行くと言っていた話はどうなったんだいと思っても、これは無理と諦めるしかありません。しかし、道は工事用のダンプカーやブルトーザが作業中なので、どうして行くんだろうと思っていると、直角に曲がって炭住が並ぶ幅1m余りの狭い軒下道を右往左往に走ります。上からも同じバイクTaxiが来ますが、日本と同じ上り優先です。上から来た車は、バックして道を譲ります。

五龙炭鉱に着いて、もう少し上まで上がれないかを聞きましたが、この車のパワーでは無理との答えです。ごもっともです。

約40分をかけて、O氏がお待ちのズリ捨て内側線新線)最高地点まで上がりました。まずは、朝食を食べておられないO氏にお好きなゆで卵のお届です。聞けば、1日1~2回のフライアッシュ号は、まだ未到着のようです。

来ても、問題はどの位置で止まって、捨てるかです。O氏は、前回たまたま自分が構えていた場所近くに来てくれたので、何とか撮れたが、折角走って上がってきた人でも、場所が離れていて6人中3人しか撮れなかった。あらかじめの撮影場所の予測設定が極めて難しいと言われます。これは、でも泣きましたので、ズリ捨て線撮影のネックです。また、ズリ捨て線は内側線(新線)と外側線(215-3線)の2本あって、どちらに来るかが分りません。「ぶんしゅうさんならどうしますか?」と、過去にズリ捨てがあったと思われる場所を、2人で歩きながら確認して、お互い悩みました。ベストポジション選びは、大変困難を極めました。

決定案を出すのは不可能ですので、第1回目は今いる内側線に賭けて、2ケ所の捨て場跡を選び、2人バラバラになって、運の良い人が撮れる事にしました。勿論、朝早くに来られたO氏に最優先で場所を選んでいただきました。下から上がってきて、この辺りに到達するまでは結構時間を要しますので、それからの移動はもう一方の線では無理ですが、同じ線に来れば、アップは無理でも、遠くからの光景は撮れるかも・・・。いずれにしても、今日を入れて3日間あります。最初は余裕のスタートで、中国鉄ちゃん話をしながらも、耳を澄まして待ちました。

12:40、私が来ての最初の列車は、外側線でした。内側線から撮れる位置での撮影です。ここは、空気が澄みきっていれば、バックが綺麗ですが、晴れてはいても、このように霞んでいるとどうしようもありません。

▲ 13:05、続いての列車は、待っている内側線に入ってきましたが、これも普通のズリ捨て列車です。


13:40、前の列車が山を下りた約35分後、3連発目が上がってきました。待望のカブース(緩急車)を付けたフライアッシュ号です。しかし、入ってきたのは、順番の外側線です。 O氏が早朝から待っておられた第1号です。固唾を飲んで、お皿から落とされるFA(フライアッシュ)の乱舞を期待しますが、何事も起こりません?? ウソでしょう! どうして!!

前回3月に来た時に谷満春さんから、「FA」は、阜新にある3つの発電所から出ます。環境問題対策が、中国でも叫ばれ始めて、2つの発電所では、水をぶっ掛けて拡散しないように処理されていますが、残り1つは、まだ対策設備がなく未処理で、ズリ捨てに捨てられています。」と、説明を受けていました。
「ひょっとして、残りの1つにも処理対策が実施されたのかも、それとも昨日の雨で野積みされていたFAに自然のシャワーが降ったかのどちらかではないだろうか・・?」と、私達は推測しました。

▲  フライアッシュ号は、FA捨てを終えた後、O氏がもう1つの捨て場ではないかと思われていた場所で停車して、全車のお皿を傾けて、底に残ったFAを再度振るい落していました。 どおりで、FAがたくさんあるわけです。


▲ 内側線と外側線のポイントを手動で換える信号所小屋に行ってみることにしました。すると、昨年5月に来た時のおじさんがいるではありませんか。大きな声で、「你好、你好、好久不見!」と言いますと、向こうも覚えていたらしく、熱烈歓迎で小屋に入れてくれました、早速、運行表を見せてもらいました。上の表が、最新の24時間の運行実績です。FA号(赤文字)は、1日2回の運行となっていますが、毎日運行は変わりますので、参考資料としてご覧ください。

当分は、FA号がやってくることはないだろうと、一旦山の中腹まで下りて、食堂でカップラーメンとビールで昼食です。そして、また山に上がり、今度は夕日をバックに撮ろうと挑戦しました。
▲ 17:27、まだ陽は傾いてはいませんでしたが、待望のフライアッシュ2号がやってきました。ゴクリと喉を鳴らしてシャッターボタンに指を置きます。連写を始めましたが、またまた何も起こりません。皿を傾けると、ボトンと落ちておしまいです。
どうして何だろうと、首をかしげましたが、上の写真を見ていただくと、皿にはFAのこんもりといくつもの小山が出来ています。サラサラのFAだと、こんな風にはなりません。水分を含んでいるからこそ、こんもりとなるのです。先ほどのフライアッシュ1号も同じ状態でした。がっくりです。

夕日は傾いてきましたので、こちらぐらいはまともに撮りたいと念願しましたが、沈む前に厚い雲の中に入ってしまいました。もう上がってきても、ロクな写真になりません。18:10過ぎに失意の中で、下山しました。
19時前に五龙炭鉱まで下りましたが、既に夕闇が迫っています。BusもTaxiもありません。正門前の雑貨屋にTaxiは来るのか聞いてみましたら、店主が出てきて、正門前に泊まっている乗用車の運転手を呼んでくれました。これから夕食を食べに行きたいので、解放広場近くの飲食街まで送って欲しいと申し上げると、20元(約260円)で交渉成立しました。


▲ 19:45、昨年5月に行った鍋屋に直行です。今日の腹いせ、験直しに頼むのは、鶏一羽とスッポン1匹が入った豪華な鍋です。野菜やビールを頼んでも一人約100元(約1,300円)。日本で食べたら、数倍もするでしょうね。腹だけは満足にできた一日でした。


【19886】2012年冬から春への中国鉄路一人旅     ドイツ風的蒸気機関車の撮影の旅 総集編

海外旅行では欠かせない、クレジットカードを忘れるという大失態から始まった旅でしたが、倹約を重ねて何とか手持ちの現金でやりくりしながら、O氏に自宅から送ってもらったクレジットカードを持ってきていただくまでを凌ぎました。
O氏と合流できなかった場合は、街角に這いつくばって道行く人からの施しをお願いするしかないかと覚悟しておりました。O氏様、助かりました。ありがとうございました。

44日間の人生最長の旅は、前半の「2012年冬から春への中国鉄路一人旅」と、後半の「ドイツ風的蒸気機関車の撮影の旅」になっております。まとめましたので、ご覧ください。


▲ 今回の旅では、成都から广州までと、深圳から大連までは、飛行機を利用しましたので、乗車地図では、つながっていません。

▲ 昆明のメータゲージ区間は、時刻表に記載がないので、現在調べております。分り次第に差し替えます。广州~九龍間の乗車距離は、中国鉄路区間のみです。

下記をクリックしていただきますと、内容をご覧いただけます。

【2012年冬から春への中国鉄路一人旅】

Part  1  とほほのスタート
Part  2 1891次に乗って齐齐哈尔へ
Part  3 富拉尔基(フラジル)の蒸気機関車
Part  4  国境の町、黒河(ヘイフー)へ
Part  5 国境の町、黑河(ヘイフー)のあじあ号展望車
Part  6 ( ハルピン )から鸡西(ジーシー)へ
Part  7  鶏西鉱業集団鉄路 その1
Part  8  鶏西鉱業集団鉄路 その2
Part  9  鶏西鉱業集団鉄路 その3
Part10 大地横断5,010キロ 鸡西から昆明へ
Part11 昆明のメータゲージ、 湏越(雲南)鉄道
Part12  昆明のミシェラン 雲南鉄路列車陳列館
Part13  成昆鉄路に乗って、グースの里 北碚(ベイベイ)へ
Part14  江合煤鉱鉄路 グースの里北碚(ベイベイ) その1
Part15 江合煤鉱鉄路 グースの里北碚(ベイベイ) その2
Part16 江合煤鉱鉄路 グースの里北碚(ベイベイ) その3
Part17 北碚(ベイベイ)から重慶(重庆)へ
Part18 重慶モノレール(重庆軌道交通)
Part19 重慶から芭石鉄道へ
Part20 芭石鉄道その1
Part21 芭石鉄道その2
Part22 芭石鉄道その3
Part23 簡単便利に購入できる中国国内線航空券と鉄道切符
Part24 一旦出国、再入国で大連へ
Part25 大连市電(大连軌道交通)

【ドイツ風的蒸気機関車の撮影の旅】

Part  1 瀋陽鉄道博物館(沈阳鐡路陳列館) その1
Part  2 瀋陽鉄道博物館(沈阳鐡路陳列館) その2 展示車両
Part  3 平庄炭鉱(元宝山の建設型と、平庄の上遊型)
Part  4 平庄炭鉱(元宝山の建設型と、平庄の上遊型) その2
Part  5 平庄炭鉱から阜新炭鉱へ
Part  6 阜新炭鉱(阜新煤礦鉄路)その1

Part  7 阜新炭鉱(阜新煤礦鉄路)その2
Part  8 北台製鉄所 その1
Part  9 北台製鉄所 その2
Part10 北台製鉄所 その3
Part11 錦州八角台発電所の建設型
Part12 瀋陽から天津へ、そして帰国

以上です。現在、次の中国鉄路乗車の旅も始まっております。近々にアップロード始めさせていただきますので、またご覧いただければ幸いです。


【19655】ドイツ風的 中国蒸気機関車の撮影の旅 Part7  阜新炭鉱(阜新煤礦鉄路)その2

第6日目(訪中38日目) 3月27日


▲ 6:39、
今日の朝の通勤列車は、高徳駅発車で撮りました。1210号機でした。


▲ 6:58、 直ぐに蒸気機関車が来るとの情報で、待ちました。1378号機牽引です。


▲ 7:15、昨夕の追い出し勧告にもメゲず、平安駅踏切にまたきました。堂々と線路際での撮影です。ドイツ人と来て良かったと思える瞬間です。昨日朝より多くの蒸気機関車が集まってきました。
左から、1319、1818、988、770号機でした。


▲ 7:271319号機と運転手が乗り込む1818号機。

▲ 7:421818号機は一足先に五龙炭鉱へと仕事に向かいました。

▲ 車庫で休む1320号機


▲ 8:00までに平安駅ヤードに集まった蒸気機関車は、SY770、988、1210、1319、1818、1320、1378号機の7両でした。


▲ 8時になると警備責任者の出勤時間だそうです。引き上げて、8:13五龙炭鉱上のズリ捨て山に上がりましたが、今日の朝は、かなり霞んでいます。待ちましたが、列車が来ないと言うことなので、降りました。
8:58、途中でズリ捨て列車が発車しそうだとバスを降りて向かいましたが、残念ながら蒸気機関車の方が先に来てしまいました。
10:12西部駅付近まで移動しましたが、好撮影地に着くまでに、ここでも列車が来てしまいました。
11:06、再び 五龙炭鉱上のズリ捨て山に戻ると既に列車が来ていました。谷案内人、迷走の連続です。


▲ 全員駆け足でズリ捨て路線に上がって撮影開始です。各自、目指す撮影ポイントに散りました。列車の後ろを追いかける者、終点近くまで向かう者、足に自信のない高年齢者の私たちは、近場の高台に登りました。もう撮影は無理かなと思われましたが、この列車は空転ばかりで前に進みません。おかげで終点を目指したO氏他6人は、絶好のポイントまで行けたようです。

ズリ捨てが始まると、見たことのない爆煙が舞い上がりました。採炭が終って、捨てるズリではなく、発電所からの廃土のフライアッシュです。

▲ この瞬間を撮られたO氏の写真を送っていただきました。まあ、凄いとしか言いようがありませんね。O氏は、6人が現場にいたが、列車がどこに止まるかが不明で、絶好のポジションを確保できたのは3人だけだったとの事です。バスに戻ると、撮れなかっったドイツ人は、「どうでもいい所をタイミングも悪く、連れまわしておいて、どうしてもって早くに肝心の場所に連れて来れなかったのか。これを撮るために阜新に来ているのに・・・。」とクレームを言っていたそうです。

阜新での最大最高の撮影ショーです。残念な気持ちは私も一緒でした。 ちなみにこのショーは毎日11時に開催されるそうですが、不定期です。

フライアッシュは、石炭燃焼時に灰が生成されます燃焼ガスとともに吹き上げられるレベルの状の微粒子です。産業廃棄物ですので、電気集塵機などで回収されて、厳重にタンクに詰めて保存され、相性の良いセメントに混ぜられて建築材料として使用されています。

ここ阜新には、3つの発電所があって、2つは直ぐにセメントに混ぜられたり、水で溶かしてから廃棄されていますが、もう1つの発電所は設備がないために、そのまま捨てられています。粉塵は空に舞い上がって阜新の町に降り注いでいます。他の国でしたら大きな環境破壊、健康問題として取り上げられるでしょうね。


▲ 13:44阜新での撮影が終りました。山を降りる途中で、信じられな~い。止まってとみんなで撮りました。氷も張っている黒い泥池に入って、スコップで底を掻き混ぜているおじさんがいます。石炭粉を溶かした泥水で、このまま蒸発させて乾かして「タドン」のようなものを作るそうです。そのために時折掻き回す必要があるそうです。何箇所も同じ泥池がありました。

▲  一旦ホテルに戻ってシャワーで汚れを落としてから、15時前にバスに乗って北台に向かいました。併走する国鉄線を見ていましたら、トラス橋が見えました。多分、戦前の満鉄時代のものでしょうね。中々見られるものではありません。DLでも良いのでここを走るシーンを撮ってみたいものです。


▲ 阜新から快調に走り続けましたが、瀋陽を通過する高速道路がないので、夕方ラッシュに巻き込まれて、北台には19:40着でした。お箸が初めてだった人も使い方が慣れてこられて、10数品の料理も直ぐになくなりました。

明日から今回の最大イベント、北台製鉄所での撮影です。期待が膨らみました。


【19609】ドイツ風的 中国蒸気機関車の撮影の旅 Part6  阜新炭鉱(阜新煤礦鉄路)その1

第5日目(訪中37日目) 3月26日



▲ 6:08
平安駅ヤードに到着しました。日の出前には撮影を始めたかったのですが、既に上がっていました。朝6時にホテルを出発しましたが、元宝山から東へ300キロ近くは来ていますので、日の出は13分早くなります。蒸気機関車は、SY1396号機

▲ 6:22、蒸気機関車が集まり始めました。左は1818号機


▲ 7:05、朝の目玉は、2両ですが唯一の蒸気機関車が牽引する通勤列車です。今日は、1012号機です。皆でそろって、折り返し回送まで撮影しました。踏切から近いこの場所は、最近訪問された方が追い出されたとネットでレポートが載っていました。日本人には躊躇するところですが、ドイツ人には関係ありません。一緒に付いてしっかりと、撮影できました。

▲ 7:50、一仕事終ったので、踏切近くの食堂で朝職です。さっぱりしたスープの麺で、美味しかったです。

▲ 朝食後は、近くの五龙炭鉱に上がりました。8:571378号機の空の石炭列車、9:01には1818号機ズリ捨て列車が発着しました。右側正向きで待機するは、1396号機です


▲ さて次は、五龙炭鉱上のズリ捨て山に向かうかと思っていましたら、撮影ガイドの谷満春(Gu Manchunさんは、今ズリ捨ては3ヶ所の分割されています。次の列車は、別の場所に行くかも・・・。山に向かうスイッチバック地点なら両方が狙えますと案内くださりました。

9:56、言葉通り1396号機の牽引する次のズリ捨て列車は、山に向かわずに直進していきました。


▲ 10:33、新しくできたズリ捨てを案内されましたが、元の海州露天鉱へのルートでした。広大な露天鉱の穴を埋めるためのようです。

10:57、次に案内されたのは昨日夕刻に行った機関区。左から1319、1378、988、1210号機の4両が待機中でした。
機関区には約40分も4両の機関車周りを歩いていました。その間、案内人の谷さんは、携帯電話で走行情報を聞いています。専用線には決まった列車ダイヤがないので、案内する方も大変です。


▲ 12:03、昼飯を食べに行くのかと思っていましたら、高徳駅に立ち寄りました。ドイツ人は、高い所からの撮影が大好きです。どこへ行ってもよじ登っていました。
12:19、ズリ捨て列車の予想が外れ、1378号機単機がやって来ました。
13:32、ついでにDL客車列車も撮って去ろうとしたら、踏切番からもう直ぐに石炭列車が来るから待つようにとの声がかかりました。谷さん、さすが地元です。コミュニケーションも十分です。
13:50、先ほどの1378号機がヤードから空の石炭列車を牽引して戻って来ました。そしてスイッチバックをして、画面右へと推進運転で去っていきました。谷さんは、3番目のズリ捨て場があると言われます。
こんな可愛いレールバスが昼間の職員輸送用に走っていました。

▲ 14:44、五龙炭鉱上のズリ捨て山に蒸気機関車が走るとの情報があったようで上がりましたが、ガセネタです。
谷さんも困ったらしく、蒸気機関車がいる機関区に戻って、特別ショーです。


▲ 15:26、3両並んでの機関区ショーですが、こんな事で承知するドイツ人ではありません。4両並んで一緒に向かってくるようにとの要求です。ちょっとな事では納得できない頑固なドイツ人気質が出ました。
左から988、1319、1210、941号機です。
ちなみに、特別ショー代ですが、200元(約2,500円)と聞きました。今夜の白酒代程度ですね。


▲ 16:39、朝に来ました平安駅踏切に戻って今日最後の撮影ですが、踏切番から離れろとの注意を受けました。しかし、少しすると警備局員が来て強制退去を命じられます。仕方ありません、今日の撮影は終了です。


▲ 移動回数が多かっただけに長~い1日だったように思えました。今夜も食欲が進むドイツ人です。中国は初めてだった人もすっかりと慣れた様子でした。

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【19589】ドイツ風的 中国蒸気機関車の撮影の旅 Part5  平庄炭鉱から阜新炭鉱へ

今日は、337キロ先の阜新炭鉱へと向かいます。平庄駅からは9:29発昼行と、19:08発夜行の2本の列車があります。夜行は、阜新に02:02着ですが、一旦ホテルに入ってから早朝撮影に向かえば良いかなと勝手に思っていました。どちらになるのか史超さんに聞いてみましたら、列車は7時間もかかって遅いので乗りません。瀋陽から大型バスを呼んでいます。高速道路を走れば4時間以内で着きますので、昼食後に出発しますと言われました。

第4日目(訪中36日目) 3月25日
ホテル6:00(チャーターBus)→元宝山鉱_西駅→風水溝駅
② 風水溝駅7:40→8:58平庄装煤駅→五峰付近10:10→10:45西露天鉱
装煤駅12:40→市内13:30→13:45ホテル14:20→17:55阜新機務段
阜新機務段18:15→夕食→20:00ホテル


▲ 西駅で数人を降ろしてから、橋まで連れて行かれましたが、風が強く気温も上がって来ていたので、狙ったカットにはならずでした。
7:37、通勤列車が
風水溝駅に到着しました。今日は、ヤードにセキの姿はなく、降りた大勢の職工達は迂回せずに炭鉱に直行して行きました


▲ 8:58、今日は、直ぐに平庄炭鉱装煤駅に参りましたが、機関車は1425と1017号機の2台だけです。毎日運用が違っています・
9:27五峰駅方面に移動しますと、1083号機が空車を回送して装煤駅へと向かってきました。


10:07、いつもの五峰~平庄南間の橋での撮影です。橋手前まで行きたかったのですが、皆さんのカメラ視界に入ってしまいます。多人数での撮影のデメリットです。風が強い日でした。この前後のカットは、全部風が前に吹いていて機関車を隠していました。牽引機は、1425号機です。


▲ 10:45、今日は、直ぐに西露天鉱行きです。またEL撮影かなとウンザリしていましたが、1764号機が作業車を牽引して上がってきました。これなら好し好しです。
▲ 空車のセキを牽引してELが降りていきます。ドイツ人には感激シーンなのでしょうね。

▲ 未舗装路を石炭を満載したトラックが通過するたびに、半端でない粉塵が舞います。通訳の史超さんもこれには参っていました。
踏切には、多くの注意看板が立っています。左から「火车小心=列車に注意」、左下は「紅灯停车・灭 灯停车=赤灯停車・点滅停車」、右上は「铁路道口・一停・二看・三通过=鉄道踏切・1に停車・2に確認・3に通る」、右下はZ型の変形道の様子です。真ん中下3つの看板はお分かりと思いますが、問題は「☓ ∧ 」。この標識が分かりません。どなたか教えてください


▲ 皆さんは、EL撮影に励んでおられましたが、O氏と私は一足先に露天掘を離れました。12:00、午前中の運行が終って休む1025と1764号機。この2両がズリ捨て専用でした。


▲ 平庄での最後の昼食は刀削麺でした。スープが美味しく結構いけました。ただ調理のスピードが追いつきません。
外国人が珍しいと近所からも人民が集まってきて記念撮影の連続でした。


▲ ホテルに戻って、シャワーで汚れを落としてから、大型バスに乗換えて、阜新へと向かいました。国鉄の新線建設が始まっています。沿線は、赤土のハゲ山、丘陵がおおく植林が進められていますが、数10年以上は必要ですね。


▲ 17:55、平庄から高速道路を約3時間半で夕日の阜新炭鉱機関区に到着しました。列車の半分の所要時間です。前回見つけられなかった機関区です。SY上遊型0941、0988、1210、1319号機の4両が休んでいました。12両が在籍のはずですが、みんなに会えるでしょうか・


▲ 夕食時には、明日から阜新と北台を引率していただく案内人の紹介がありました。阜新の住民だそうです。どんな撮影地を案内いただけるか楽しみです。
今日も皆さんの食欲は衰えることなく旺盛でした。

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