「デジ青」誌上では、米手さんによる“介護”が相次いでいます。東にデジタル難民がいれば、湖畔のマンション13階まで行って訪問介護し、西に投稿をさぼっている会員がいれば、尻を叩きに押しかけて叱咤激励し、暑さで体力・気力の落ちた老人会員に向けて、東奔西走の介護活動をされています。
おっと、私の住む乙訓地方にも難民がいました。以前はしょっちゅう投稿されて、デジ青の常連でしたが、最近は、とんと投稿がありません。聞いてみますと、周囲の環境が変わって、手足をもがれた状態になっていることが分かりました。こんな時こそ救援の手を差し出すべきと、先日、私も“訪問介護”して打ち合わせして来ました。
老人は電車少年として、小学校の時から京都市電、京阪に親しみ、DRFCの頃には全国の電車巡りに出掛けます。その中から、今まで未発表のものについて、代理投稿で報告するように指示がありました。なお、タイトルの「た~ちゃん」は老人の幼名です。今回は、昭和32年12月と、翌33年5月の2回に渡って訪れた和歌山地方の私鉄、第1回目として和歌山電気軌道をご覧ください。その後、中小私鉄の研究を始める契機となった、思い出に残る訪問だと述懐されています。
△ 終点の東和歌山駅前(現・和歌山)ではポール回しの光景も見られた。


















