1月10日【17372】「今でも気になる江若鉄道(Ⅲ)」で乙訓の長老より「オハ1960」台車についてコメントをいただき、一寸と気になったので手持ちの資料で確認した。当会には近鉄に詳しい方が多数おられるので間違い等があれば訂正をお願いしたい。
〔ク6561形〕
ク6561形は、昭和27年近畿車両で名古屋線急行用として6561~6565の5両新製された車両で、扉間転換クロスシート車であった。
昭和33年にク6561が運転台撤去の上トイレを設置、扉を両端に移設して特急用に整備されサ6531となった。
昭和34年11月19日から27日にかけて実施された改軌工事により名古屋線の標準軌化が完成したが、その際ク6562とサ6531は台車を近畿車両製K-67から同社製のKD-31Bに履替えた。
この時に放出された台車と近江今津に保管されていたホハ101の台枠を利用して江若鉄道のオハ1960が製作された。
冨吉(43-4-29)
〔サ6531形〕
ク6561がサ6531に改造された経緯は、昭和28年に特急用としてモ6421形とク6571形が各5両ずつ新製、昭和30年に増結用としてモ6426が増備され、その相棒として昭和33年にク6561を改造してサ6531が作られた。
昭和35年新ビスタカーの増備によりモ6421形、ク6571形と共に扉を増設して一般車に格下げ改造が実施され、特急用であった期間は僅か2年であった。
長老に於かれましては、その貴重な画像の公開を是非お願いしたい。
冨吉(43-4-29)
〔その他の車両〕
近鉄に詳しい方を差し置いて、同時期に撮影した名古屋線車両の画像を何枚か貼り付けた。
モ6304(モ6301形)
名古屋線名古屋~桑名間の前身関西急行電鉄モハ1形として昭和13年に10両新製。昭和16年の改番でモ6301形6301~6310となった。扉間転換クロスシートを装備し、戦後特急復活時には特急にも使用されたが、昭和31年ロングシート化された。
白塚(43-2-13)
モ6316(モ6311形)
6311~6315は昭和17年、6316~6320は19年に新製され、前車は扉間転換クロス、後車はロングシートであったが、昭和31年に扉間転換クロスに改造された
白塚(43-2-13)
モ6334(モ6331形)
戦後の昭和23年、6331~6340の10両新製された。扉間固定クロスシートであった。
白塚(43-9-28)
モ6338(モ6331形)
昭和37年、車体を20mに延長して中央に両開きの中扉を設置した。
白塚(43-9-28)
モ6267(モ6261形)
昭和22年、戦災車モニ6251、6255の改造名義でモ6261、6262と新製車としてク6321~6325の7両作られた。ク6321~6325は昭和33年に電装され、モ6263~6267となった。
白塚(43-9-28)
モ6421(モ6421形)
昭和28年特急専用車としてモ6421~6425、ク6571~6575の10両、昭和30年にモ6426が新製された。10100系新ビスタカー、10400系エースカーの増備により中扉を設置して一般車に格下げられた。画像のモ6421はク6571と共に養老線から大井川鉄道に譲渡されたが、現在は休車となり千頭に留置されており再起の見込みは薄い。
白塚(43-2-13)
モ6431(モ6431形)
昭和33年大阪線の旧ビスタカー10000系と同時期に新製された特急専用車で、モ6431、6432、ク6531、6532の4両作られた。10000系がWN駆動であったのに対し吊掛式であった。昭和40年早くも中扉を設置して一般車に改造された。
白塚(43-2-13)
ヘッドライト2灯化後
白塚(43-9-28)
特急時代のク6581
内部、八王子線撮影時の「ついで撮影」。他の車両も真面目に撮影しておくべきだったと悔やまれる。
四日市(40-5-23)
モ6447+ク6547(モ6441形+ク6541形)
昭和33年、元伊勢電気鉄道(以下伊勢電と略す)モニ6231形を解除して大阪線モ1460形と同形の車体を新製した。10編成作られた。検車区では6441系を「デラ」、新性能の1601系を「ラビ」と呼んでいたが、「デラ」は「デラックス」、「ラビ」は「ラビット」の略と思われる。
四日市(40-5-23)
モニ6226(モニ6221形)
昭和4年伊勢電デハ二221形として6両新製。昭和7年「デ」を「モ」に変更、昭和16年3月15日関西急行成立時にモニ6221形6221~6226となった。昭和34年の名古屋線改軌時より養老線への転属が始まり、最終的には全車養老線で使用された。モニ6226は窓改造が実施され下段固定上段下降となった。
白塚(43-4-29)
ク6461(ク6461形)
昭和4年伊勢電ハ461形として3両新製、直ぐにクハ461形に変更、昭和16年の改番でク6461形となった。窓上に半月形の飾りがあったが後に撤去された。昭和42年に運転台を撤去してサ6461形となった。
四日市(40-5-23)
サ6451(サ6451形)
昭和3年伊勢電ハ451形付随車として3両新製、翌年運転台を取りつけてク451形、昭和16年の改番でク6451形、昭和42年運転台撤去でサ6451形となった。
冨吉(43-4-29)
サ6471(サ6471形)
昭和5年伊勢電が桑名~大神宮前間全通時にクハ471形として3両新製、昭和16年の改番でク6471形となった。昭和22年6月有料特急運転開始時に特急用となったが、昭和36年一般車に格下げとなった。昭和39年に運転台が撤去されサ6471形となった。
白塚(43-9-28)
ク二6481(クニ6481形)
昭和5年伊勢電が桑名~大神宮前間全通時にデハ二231形として12両新製、昭和16年の改番でモニ6231形となった。電装品をモ6441形に流用、南大阪線の「かもしか号」用に改造、伊賀線、養老線に転属で、最終的に名古屋線にクニ6481~6484の4両が残った。
白塚(43-4-29)
ク6503(ク6501形)
昭和4年、吉野鉄道の301形として14両新製、称号はサハであるが実体はクハであった。関西急行鉄道開業時に名古屋線に転属した。昭和16年の改番でサハ301~310はク6501形6501~6510、サハ311~314はク5511~5514を経てク6511~6514となり、後日古巣の南大阪、吉野線に転属した。
ク6503は事故復旧時に車体更新が実施され、画像のスタイルになった。
白塚(43-2-13)
モ6253(モ6251形)
昭和5年、参宮急行デニ2000形として8両新製、昭和11年に狭軌化され名古屋線に転属、昭和16年の改番でモニ6251~6258となった。戦災で6251と6255を焼失(後にモ6261、6262として復旧)、車体更新で荷物室を廃止してモ6251形となった。荷物室扉を客室扉に変更したので変則3扉車になった。
冨吉(43-4-29)
モ6257(モ6251形)
ヘッドライト未改造車。名古屋線の張上げ屋根の車両はヘッドライトの2灯化が行われ、優美なスタイルが崩れてしまった。
冨吉(43-4-29)
モ2217+モ2243
名古屋線広軌化後、大阪線の2200形が入線するようになった。2200形と2227形の豪華な2両編成であるが、2217は昭和5年製で2扉クロスシートは3扉ロングシートに改造されている。
白塚(43-9-28)
モ2243(モ2227形)
2200形(新)とも呼ばれる車両で昭和14年と16年に20両新製された。戦後も特に大きな改造は行われず、最後まで扉間転換クロスシートであった。画像のモ2243は片運化時にヘッドライトを増設している。
白塚(43-9-28)
ク3115(ク3110形)
昭和16年、モ2227形の制御車としてク3110~3114の5両新製された。昭和38年から40年にかけて中央に両開き扉を増設した。
四日市(40-5-23)
デ21(形式デ21)
昭和4年、元伊勢電521号機として日本車輌で新製、電装品は東洋電機製である。名古屋線改軌時に本機も改軌された。この時改軌されたのはデ2(昭和2年川崎造船製)、デ21、デ32(昭和23年三菱重工製)の3両で、デ2は塩浜工場の入替、デ21とデ32は保線工事に使用された。
白塚(43-2-13)