【88912】半世紀前の神戸市電-併せて街の今昔対比(2)天神下-鷹取

国道2号線、須磨駅前を東に向け出発。間もなく綱敷天満宮の天神下です。
▼ここに架かる天神橋で山陽本線を跨ぎます。2017.7.22撮影
▼1960年10月、天神橋を下から眺めました。山陽本線はまだ複線です。丁度上りの80系が通過中。橋梁下に線路2本分の通行部分が初めから設けられていたのか、本線の両側に空隙がありますね。当然人車の通行は出来なかったでしょうが。 1960.10.8  00310▼ほぼ同じ角度で、現在の様子を踏切から撮りました。複々線になり、踏み切りは少し東に移動していました。2017.7.22撮影▼天神橋東詰めを須磨に向かう市電800型804号。北側から海の方向、南側を見ています。1960.8.21 00105
▼現在の天神橋東詰交差点。上の写真とよく似た建物もありました。2017.7.22
▼同じく須磨に向かう4系統900型934号、今度は南から北の山側を見ています。1960.11.29
▼天神橋から東へ、離宮道電停付近の700型715号。若宮海岸の松林が。1960.10.8
▼同じく800型803号。西の須磨方向に向かっています。背後に神戸市バスが。同上日撮影
▼500型587号など、上下市電がダンゴ状態に。同上日撮影 00319
▼衣掛町電停の4系統須磨行き700型716号。衣掛町の次が須磨水族館。00313
昔、衣掛町辺りに『ラジオ神戸』なるラジオ放送局がありました。現在の『ラジオ関西』で、近隣のニュース専門局でしたが、とりわけ有名なのが『電話リクエスト』(略して電リク)です。全国でも珍しいくらい沢山のレコード(レコードですよ)を保有し、聴衆者のリクエストに答えたものです。日曜日の夕方7時頃からだったと覚えています。ジェームス・ディーン主演『エデンの東』、オードリーヘップバーン主演『魅惑のワルツ、』、アラン・ラッド主演『シェーン』の主題歌などがよく流れたものです。1956年頃、高校1年生頃のの思い出です。今ではいつでも聞く事ができますが、当時はラジオでしか、それも聞きたい時にとは行かず、歯がゆい思いをしたものです。
現在の衣掛町交差点と須磨水族館の建物。2017.7.22
水族館の東が若宮橋、その次の鷹取町電停にあった、須磨車庫。
庫内から入り口付近の500型585号を見ています。1960.10.08   00312
庫内の単車300型。1960.10.8   00314
単車の300型329号。 1960.10.8  00315
この台車は珍しいマウンテン・ギブソン社の台車でしょうか。識者のご説明をお待ちします。
こちらがPCCカー1150型6両の内の1155号。 1960.10.8    00319
1両の制作費が920万円とか。因みに市電運賃は13円、タバコのビース1箱が40円の時代。(『さようなら神戸市電』 神戸市交通局 1971年より)
次回はやはり神戸市須磨区の板宿近辺です。

半世紀前の神戸市電-併せて街の今昔対比(2)天神下-鷹取” への6件のコメント

  1. tsurukameさま
    懐かしい神戸市電の情景、ありがとうございます。私は神戸には何の縁もないのですが、以前に、tsurukameさまらの写真を使わせてもらい、「神戸市電が走った街今昔」を企画・編集・取材しました。2001年の発行ですから、もうずいぶんの歳月が流れました。その誌面でも、コダクロームの素晴らしい発色や、こまめに撮られたモノクロ写真で、良い本を作り上げることができました。とくに印象に残っているのは、須磨水族館前で市電から降りて、海水浴に向かう家族連れを撮られたシーンでした。誌面では小さくしか使えなかったのは残念ですが、浮き輪を持って嬉々として市電から降りた女の子がとらえられて、tsurukameさまの優しい眼差しが今でも記憶に残っています。

  2. 須磨水族園は元々が神戸市交通局の創業で、市電須磨線振興が目的でした。交通局が左前になって所管が変わり、経済局になったりしましたが、現在では実質館長も民間人で、遠からず民営になるそうです。市電の鷹取車庫も市電廃止でバス車庫と市営住宅になっていましたが、そのバス車庫も廃止になり、今ではスーパーマーケットに。

  3. 湯口 徹様
    おはようございます。このあいだの7月22日、鷹取車庫車庫跡を探したのですが、とうとう見つからずじまいでした。横長の2階か3階建ての駐車場がありましたが、スーパーか何かの駐車場で、この辺が鷹取車庫跡だったのでしょうか。

    総本家青信号特派員様
    特派員様には、小生の画像を随分使って頂きました。神戸市電だけでなく、山陽電車、阪神国道線などなど。お陰様で本棚には、JTB発行本が20冊近くあります。神戸市電は2001年の発行でしたか。それからでも街の風景は随分変わったのでしょう。昔の写真と照合するのは大変です。
    これから先、元町・三宮近辺も出てきますが。

    それから水族館前の写真ですが、デジ青で以前に、『人と鉄道と』でも紹介しました。
    http://drfc-ob.com/wp/archives/35526
    4,5,6枚目の写真がそうです。二番煎じなので今回は省略しました。

  4. turukame様
    小生にとって、グレー(黄土色?)と緑色の神戸市電は地味な印象でした。
    記憶に残っているのは500形?の珍しい楕円形窓です。
    そうそう、ラジオ神戸。
    この局の電リクには夢中になりました。
    自身も高校時代に『電リク』して在神戸の某女子高生宛ての曲が掛かると、当の彼女が聴いているかどうかも判らないのにワクワク、ドキドキしたものです。(笑)

    • 河 昭一郎 様
      コメントをありがとうございます。500型戸袋の楕円窓ですが、次々回東尻池付近で登場します。お待ち下さい。次回は大橋9丁目から常磐町、大田町、板宿です。

      電リクをご存知の方がおられたとは奇遇ですね。当時ラジオ神戸が聞けたのは、恐らく西は加古川辺り、東は尼崎辺りでないかと思います。小さな局、弱小電波だったのでしょう。どの辺りにお住まいでしたでしょうか。小生の自宅はラジオ神戸から真っ直ぐ山側、須磨区東須磨の上細沢町でした。

  5. turukame様

    小生の高校時代は住吉駅最寄りの某男子校に高槻から通っていて、『鉄』に没頭する一方で同校では死に体状態にあった放送部を再興するのに夢中になっていました。

    その時下山手にあった某S女子高の放送部と交流しており・・・(以下略)・・・の『ラジオ神戸』でした。
    青春時代の想い出を書き出したらキリがありませんが、話の本筋を脱線させる悪い癖が有る小生故、この辺で。

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