一昔前の野蒜駅と仙石線


野蒜駅を発車したクハ68086他4連/ (50-5-2)

特派員さんより10月20日【25248】「被災地の鉄道はいま―1―」で仙石線野蒜駅の被災状況の報告があった。たまたま古いネガを見ていたところ、同駅の改築前の写真が見つかったのでご覧に入れたい。
前身の宮城電鉄時代が昭和3年4月18日、松島公園(現松島海岸)~陸前小野間の延伸開業時に建てられたものである。(50-5-2)

【同時期の仙石線風景】
(1)手樽~陸前富山~陸前大塚間
陸前富山~陸前大塚~東名間は海岸線ギリギリに線路が敷かれていた。陸前大塚~陸前小野間の津波による壊滅的被害は特派員さんの報告の通りである。

陸前富山駅/ (50-5-1) 電車はジュラルミン製のサハ78202(昭和21年川崎車輌製)の改造車クハ79902(29年大井工場で全金改造)。


陸前富山~手樽/(49-4-29) クモハ73319+サハ78+モハ70047+クハ79902

陸前富山~陸前大塚/ (49-4-29) クモハ73331+サハ78+モハ72132+クハ79926

陸前富山~陸前大塚/ (50-5-1) クモハ54004+サハ78+クモハ54105+クハ68062

陸前富山~陸前大塚/ (50-5-1) 103系と同様の車体に載せ替えたクハ79600番代とクハ72970番代の4連

陸前富山~手樽/(49-4-29) クハ68060+クモハ54107+サハ78226+クモハ54004

陸前富山~手樽/(50-5-1) クモハ73003他4連

(2)高城町~松島海岸間
特派員さんからの報告の通り、あおば通り~高城町間は復旧されているが、陸前小野までの区間は被害が甚大過ぎて復旧は2015年までかかると言われている。高城町~陸前大塚間は海沿いであるが松島湾の入り江になっているため津波被害はなく、護岸工事を実施した上で現ルートで復旧、陸前大塚~陸前小野間は山側に線路を移設して復旧の予定である。仙台~塩釜~石巻の都市間輸送の他、仙台への通勤、通学客、松島への観光客等多くの人に利用されている重要な路線であり早急な復旧をお願いしたい。

高城川の鉄橋を渡る クモハ73022他4連/ (50-5-1)

同 クハ79208他4連/ (50-5-1)

クハ79926他4連/ (50-5-1) 左側は東北本線

クハ79600番代とモハ72970番代の4連/ (50-5-1)

松島海岸駅に進入するクモハ54004他4連/ (50-5-1)

高城町駅で休車中のモハ70125/ (50-5-1)
モハ70は昭和46年1月から2月にかけて、明石から123~125、11月に新前橋から047が転入したが、朝のラッシュ時の収容力に難点があったため、車体新製のクハ79600番代、モハ72970番代と交代して、50年2~3月にかけて047、124、125の3両は松本区に転属した。125のみ仙石線に残ったが使用されることなく52年3月廃車になった。

松島海岸駅と東北本線松島駅を結んでいた宮城交通のバス(37年式日野RB10)/ (50-5-1)

 (3)単線時代の本塩釜付近
撮影時、複線区間は仙台~西塩釜間で、西塩釜~東塩釜間が複線化されたのは56年11月であった。この区間は塩竈市内の中心部を通り複線化が困難であったため線路が付け替えられ、本塩釜駅と東塩釜駅は移転した。
単線時代の本塩釜駅は棒線にも拘らず仙台方面への折返し電車が存在した。

単線時代の本塩釜~西塩釜間/ (50-5-2)

本塩釜駅前/ (50-5-2) 後ろにホームに電車が停車している。

駅の直ぐ横の踏切を渡る宮城交通のバス(46年式いすゞBU10P)/ (50-5-2)

本塩釜駅前の宮城交通のバス(38年式日野RB10)/ (50-5-2)

 同 (40年式日野RC300P)/ (50-5-2)
元貸切車でヘッドライトきはいすゞのものを付けている。

本塩釜駅前の仙台市営バス(46年式RE100)/ (50-5-2)
当時仙台市交通局も塩釜までの路線を持ち営業所もあった。距離が長く交通渋滞のため定時運行が困難になったため50年代に廃止された。

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