37年前のマレーシア鉄道


ムーア風のクアラルンプール中央駅


改札口と言いたいがフリーパス 左のトルコ帽は駅員らしい

RG50氏のマレーシア便り。余命を勘定しだした老人も、最初の海外体験でマレーシアに出張したことがある。指折り数えると、37年前だった。老人がまだ30代後半の元気な時である。仕事はクアラルンプールで開催される見本市へのアテンドと、その2年後事務局の当番が回ってくるので、その会場の選択―具体的には開催地をクアラルンプールにするか、シンガポールにするかの見極めであった。

約1か月の出張だったが、その内往路に台北、バンコック、途中にシンガポール、帰路に香港と、各2泊づつしたので、クアラルンプールには25泊ぐらいした。それも2週間の入国許可しか得られなかったので、途中一旦シンガポールに出国し、マレーシアに再入国(そんなこともあろうかと、ダブルビザを取得していた)。その間ブキット・ビンタン通りのフェデラルホテルに連泊した。

本来の見本市は夕刻から夜遅くまで開催だから、昼間はかなり余裕があるのだが、京阪神と堺の4市グループでの参加(総合事務局はジェトロ)なので、そう勝手な行動もできない。それでもクアラルンプール駅には行った。ムーア風の建物が特色だが、列車は少なく、蒸機は勿論全廃。日本製のステンレス車体気動車が幅を利かしていた。


待合室には蒸機煙突利用の灰皿が

待合室に妙な灰皿が何本もあり、これが蒸機の煙突を再利用したものだった。

シンガポールからマレーシア、タイにつながる鉄道(ミャンマーもだが)はメーターゲージで、連結器はドロップフック式だが、ディーゼルカーは自連である。


ステンレス車体のディーゼルカー




これは客車である インド(行ったことはないが)と同様幕板が広いのは熱さ対策



貨物列車の本数は少ない バックはかつて錫を露天掘りしていた跡

保存蒸機 連結器は英国植民地に多いドロップフック式

それから何十年か。我が家の実力者(ヨメ様)と、キャメロンハイランドからの帰路、クアラルンプールに立ち寄ったことがある。話には聞いていており、シンガポールも然りだが、この都市の発展は凄いもので、超高層ビルやらタワーやら。新交通顔負けの高架トラムやら。老人が過ごした1974年との落差は凄い。ビンタン通りにフェデラルホテルを探したら、高層ホテルの谷間にあるにはあった。かつて屋上に回転レストランがあった―その付近でズバ抜けて高い建物だったのだが。

かつてのクアラルンプール中央駅は放棄され、廃墟と化して、近くに新駅が出来ていた。中心街の広大な芝生広場はそのままだったが、地下がやはり広大な駐車場とレストランが。世の中は三日見ぬ間の桜かな。上海(も行ったことがないが)はもっとすごいんだろうな。

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