2011年春から夏への中国鉄路の旅 Part22 京滬線高速化の歴史 その2

15日目 6月1
北京南2121D321次)→7:15上海虹橋
② 上海虹桥9:00(G7305次)→9:45杭州
③ 杭州13:00(G7314次)→13:45上海虹桥

今回の帰国便も上海浦東空港から関空へのフライト。時間が十分ありましたので、杭州への355km/h走行をまた味わいたいと往復です。
往路はCRH380Aで存分に高速走行に満足しましたが、復路は
京沪高速鉄路に使用されるCRH380BLが試運転を兼ねての運用でしたので、最高速度も300km/hに抑えられて晩点(延着)になりました。定期列車に試運転とはいかのも中国鉄路です。注目の商務車(ビジネスシートはシートカバーが付けられ前後の車両も立ち入り出来ませんでした。

上海に戻ってからはまだ時間もありましたので、地铁に乗車して展示されていると聞いた建設型を見学に行きました。訪問記は、速報として投稿済みです。こちらをご覧ください。

【中国鉄路高速化】
鉄道高速化に成功した先進4ヶ国からの全面技術 によるCRH(動車)が登場したことにより、中国鉄路は200km/hオーバーの高速時代を迎えましたが、当初は100~120km/hの貨物や客車列車が同時に走行する世界的にも稀な在来線での走行でした。華やかさの影には途中のローカル駅や短距離の普通列車の廃止がありました。

2007年4月21日改正以降、CRHは製造が量産体制に入り、各地の主要経済都市間を結ぶ高速列車として各8両×60編成=480両が順次投入されていきました。大幅なスピードアップにより都市間の所要時間の短縮が図られ、中国経済発展に大いに寄与していきました。

2008年8月に開催された北京オリンピックの開催会場があった天津までの京津高速鉄路が建設され、初めて最高速度300km/hでの走行するとの計画でしたが、いざ直前になると、技術提供した日本側への説明了解なしの改造を行い、開業時には最高速度350km/hへと引き上げられていました。

JR東日本、川崎重工からの契約違反、また安全性への問題点を抗議された結果は、製造が遅れていたドイツシーメンス社のCRH3に順次に全車置き換えられることで決着しました。しかし、ほとぼりの冷めた2009年12月開業の武広高速鉄路2010年2月開業の鄭西高速鉄路滬寧都市間鉄路では、再度350km/h走行を開始しました。
日中間の交渉でどういった経緯があったのか一切の報道はありません。一介の鉄道ファンとしては知ることは出来ない何かがあったのだろうと推測するしかありません。

【京滬線の歴史 2011年の激変】
在来線最後の高速化を終えた京滬線は、2011年6月中旬開業予定の京沪高速鉄路へのシフトが待ち望まれていましたが、懸念されていたことが現実として起こり激変の年を迎えました。


京沪高速鉄路(北京~上海)開業前の北京各駅発の京滬在来線の時刻表です。客車寝台のZ列車はすべてCRH2ECRH1Eの電車寝台に置き換えられ5分ヘッドの平行ダイヤで上海方面に向かうようになりました。両端の2両と食堂車を除いては全車軟臥です。CRH1Eには高級軟臥も組み込まれました。滬寧都市間鉄道開業後、D301~D321は、南京からこの高速専用線を走行していました。

一方、客車寝台はT103T1091461が残りましたが、切符が先に売れてしまうのは、運賃の安いこちらの方でした。 人民の需要は、明らかに速さより運賃の安さにあったのですが、鉄道局の方針・目標は高速化に向かっていました

2011年6月30日15:00、国家を挙げての京沪高速鉄路が開業しました。
最高速度は滬杭都市間鉄路開業時に投入されたCRH380A及びAL、CRH380BLを当初380km/h、約4時間で北京~上海間を結ぶ予定との報道がありました。開業したらすぐに乗車に行こうと大いに期待しておりましたが、劉鉄道大臣の失脚により安全性と経済性重視へと方針が変わり、最高速度は300km/h走行に減速され、最速列車で4時間48分の所要時間となりました。

左は、2011年7月1日からの時刻表です。北京南始発のみを抜粋しましたので、途中駅の始発、終着及び在来線からの乗り入れ列車は含んでいません。
列車本数は昼間走行3本から一気に増えて49本となりました。切符は買いやすくはなったでしょうが、はたしてこれほどの需要があるのかと心配になります。

一方、列車本数に応じた車両製造は追いつかず今まで使用されていた200と250km/h対応のD列車(CRH2BやCRH2E)も使用せざるをえなくなりました。そのため昼間列車なのに寝台があるという思いがけない運用になっています。また4人定員寝台を6人定員として座席使用するようにもなったそうです。
D列車が4本、300km/h走行のG列車が45本が走行しました。ここに記載していない区間及び乗り入れ列車の殆どはD列車ですので、3種類の最高速度の列車が混在して走行しました。

繁忙期の夏季輸送として期待された京沪高速鉄路でしたが、開業後毎日のように信号及び車両故障が相次ぎ、7月23日に起こった温州での追突事故により抜本的な対応を求められました。このためトラブルが集中している長春軌道客車が製造したCRH380BL型54編成を回収修理(リコール)することになりました。当然運行に必要な列車が足りなくなるわけで、8月28日に急遽時刻改正が行われ18本が運休となりました。また安い在来線運賃に満席立ち詰めで不満続出していたT109列車の対応として3本の動車寝台の復活がなりました。

▲ 京滬在来線の2011年8月28日以降の時刻表。D311、D321、D313の3本が急遽復活されました。この影響で、北京西~成都と上海~成都・重慶を走行していたCRH1E電車寝台は運休となってしまいました。

1950年代に進めた「大躍進}と同様に、スローガン主義を急速に強引に進めた中国鉄路高速化は、同じく人民の人命を奪う最悪の結果を出してしまいました。鉄道省は今後、「安全性」のために高速列車の最高速度50km/h減速化を実施しましたが、徹底的な事故究明、既に欠陥が見つかった信号・運行システム、精巧を要求される高速車両製造の粗製乱造による低品質、汚職によって手抜き工事された高架橋や路盤等々の抜本的に見直さなければならない問題点が、数多く山積しています。

多くの人命を預かる鉄道走行に求められるのは、第一に安全です。安全性が確保、確認されない高速化は実験でしかありません。中国鉄路をこよなく愛する私としましては、全ての利用客が安心して利用できるように、無謀な大躍進は捨てて健全な運行への方針を徹底していただきたいと願っております。

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