大阪市電3001形

44-3-31 3014 3008
3014と3008/市電最終日(昭和44年3月31日) 都島車庫前

湯口先輩、今出川浄福寺氏が述べておられる通り、故Y先輩を抜きにして大阪市電3001形は語れない。
Y先輩ご逝去後発刊された著書「第二すかたん列車」(昭和62年12月日本経済評論社発刊)の「大阪すかたん電車/3001形バンザイ」で「乗り心地のよいこと、静かなことは天下一品で、海外で何度も乗ったPCC、DUWAG、LRV等の高性能の市電よりも勝っていると感じるのは決してヒイキ目で見ているわけではなく、厳然たる事実である。20年前(現在に直すと58年前)にすでにこんなすばらしい電車が出来ていたのに、その後、我が国では市電を冷遇してしまったのでアカンようになった。近頃、軽快電車が脚光を浴びて登場したが、『今頃、何を言うとおんねん』ということになる。」
と記されておられるが、全くその通りである。
都電の最新鋭8800形も決して悪くはないが、3001形の滑るような走りと比べるとツーランクくらい落ちる。

また、他の都市では縮小過程の中で、高性能車は保守に手間がかかるという理由で、早々と姿を消したところが多かったが、市電最終日(昭和44年3月31日)まで活躍したことも特筆される。

イラストのZパンタを「?」と思ったが、3001~3005は登場時の僅かな期間装備していたことが判明した。
米手作市氏が書かれている米国旗と日章旗の件について、Zパンタと共に気なったので調べてみたところ、昭和32年10月7日大阪市とサンフランシスコ市が姉妹都市協定を締結しており、それを記念して両国の国旗が掲げられたのであろう。そういえば「交通科学館」にサンフランシスコ市が大阪市に寄贈されたケーブルカーがあった(今もあるかも)ことを覚えておられる方も多いと思う。

ラストナンバーの3050が、緑木町検車区内の市電保存館に保存され、特定日に一般公開されている。
3004/ (41-3-17)  長柄橋
41-3-17 3004高麗橋

3030/ (41-3-17)  日本橋筋3丁目
41-3-17 3030日本橋3

3020/ (43-4-30) 京阪東口
43-4-30 3020京阪東口

3031/ (43-4-30) 天満橋
43-4-30 3031

 \3048/ (43-4-30) 天満橋
43-4-30 3048 天満橋

3009/ (43-7-7) 三宝車庫前
43-7-7 3009三宝車庫

この日は学鉄連主催の乗車会があり、当会からの参加者は私一人であった。勘助町の関西線の専用軌道でのオーバークロスを通ったことははっきり覚えているので、集合場所は阿倍野橋だったと思う。芦原橋(桜川2丁目かも知れない)でスイッチバックして新阪堺電鉄の買収路線に入り、三宝車庫まで行った。市街地を抜けると両側に畑が広がり所々に風車が設置されていた。線路部分に敷石がなく専用軌道で、路盤は悪かったが滑るように走り、改めて3001形の素晴らしさを感じた。

3014/ (44-3-31) 都島車庫前
44-3-31 3014

3034/ (44-3-31) 阪急東口
44-3-31 3034

3045/ (44-3-31) 阪急東口
44-3-31 3045

1 thought on “大阪市電3001形

  1. 記事を拝見させていただきありがとうございます。さて、「3004/ (41-3-17) 長柄橋」とあるのは、なにわ橋南詰(北浜交差点)で、後ろの塔状のものは橋の親柱、その横の横に長いものは、阪神高速かと思います。いかがでしょうか。

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