田川 2ヶ所の2本煙突

 

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またまたコネタですみません。昨年夏 一応?仕事で田川に行った際、2本煙突が2ヶ所あることを教えていただきました。写真下は伊田駅そばの有名な2本煙突。写真上は田川市伊加利の2本煙突です。伊加利のほうは三井鉱山の竪坑跡、廃坑後竪坑櫓は大牟田に移設され現在も残されているようです。

この2ヶ所は鉄道で結ばれていたとのこと、線路跡と思われる道を車で移動しながら往時の景色に思いをはせていました・・・詳細ご存知の方、コメントよろしくです・・・

3 thoughts on “田川 2ヶ所の2本煙突

  1. おとりん様
    伊田というと懐かしい思い出があります。1969年私が高校生の時初めて泊りがけの撮影旅行に行ったのがこのあたりでした。田川線の石炭列車を撮影する有名ポイントが勾金-油須原の勾配区間、また添田線の田川線との立体交差や香春岳をバックにした風景などを撮影しました。伊加利というのが田川のどのあたりかわかりませんが、廃止された路線と言うことであれば旧添田線でしょうか。御質問の答えになっていませんが、伊田という地名につい反応してコメントしてしまいました。

    • 大津の86さま おはようございます。早速のコメント ありがとうございます!ここで言う線路は貨物線です。筑豊のヤマに張りまぐられていた路線のひとつがここと伊田の間にあったということです。またのコメントよろしくです!

  2. おとりん様
    投稿、ありがとうございます。伊田の二本煙突と言えば、炭坑節にも歌われた伊田駅近くの石炭公園にあるものですね。別の二本煙突があるとは知りませんでした。たまたま手許にあった田川市発行の「まちあるきガイドブック」を見ますと、「伊加利竪坑跡」の煙突と紹介されていました。当時としては、最新の設備だったようです。伊加利坑を所管する三井田川鉱業所が、昭和39年に閉山と記されており、その段階で、専用線も廃止されたと思われますが、古地図を検索すると、昭和45年発行の五万分の一地図には、まだ鉄道線が描かれており、しばらくは線路はそのまま残っていたようです。
    ネットを見ると、なんと、この専用線はナローで電化しており、旅客輸送も行っていたとする記事もありました。にわかに信じられないことですが、「伊加利立坑物語」というタイトルの本も出版されており、さらに詳細がつかめそうです。

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