旧図を携え廃線跡を歩いた日々 (魚梁瀬 編)

総本家青信号特派員氏の記事に触発され、題名をパロッてみました。
私が廃線跡を強く意識したのは、DRFCのメンバーと出石鉄道を訪ねてからです。
元々模型の森林鉄道用機関車(ギヤード・ロコ)に興味があり、Shayの歴史を調べていて魚梁瀬(やなせ)森林鉄道の事を知りました。
高知県を中心に材木伐採用の軌道が数多く存在していましたが、森林鉄道は魚梁瀬のみで、他は林用軌道です。
旧図を見ていて、色々な場所に軌道のマークが付いており、それを一覧化したのが以下の図です。

もと高知営林局管内の林用軌道

お遍路巡りに倣い、林鉄の廃線跡紀行なんて、いかがでしょうか?

現地調査の前に、昔の地図で路線を確認します。
私は関東での暮らしが永く、国土地理院の関東地方測量部(最寄駅:東西線、九段下駅)へ出向いて旧図を閲覧していました。
では皆様方にも廃線跡調査の雰囲気を、ちょっと味わって頂きます。
(決して廃線跡探索趣味の泥沼へ引きずり込む訳では、御座居ません:微笑)
先ず、国土地理院(http://www.gsi.go.jp/)のページを開きます。
上方に並んだタブの中の「地図・空中写真・地理調査」へカーソルを動かすと、その下にサブメニューが10個ほど現れます。
その中の「図歴(旧版地図)」を選びます。
地図・空中写真閲覧サービスてなタイトルの画面になります。
5万分1地形図を選び、四国の右下の「剣山」をダブルクリックします。
(文字が重なって表示されていたら「+」で日本地図を拡大してください)
剣山の下側、「奈半利」をダブルクリックします。
さて奈半利の5万分1地形図は、15回発行されている様です。
この中の、昭和28年発行の「106-16-6」を選びます。
地図の左端中ほどの海岸線に奈半利川が注ぎ、その右に奈半利町が見えます。
その町内から奈半利川方面へ上方にカーブしているのが魚梁瀬森林鉄道ですが、地図の拡大制限がかかり良く見えません。
【ご注意】
Webページ左側の「謄抄本交付申請」のボタンを押して手続きを進めて行くと、謄本=金500円/1枚+送料が請求されます。
(確認)
1.旧図などの購入は、あくまでも自己責任で、お願いします。
2.当方、該当機関とは全く関係ありません。
集めた旧図を並べる。

奈半利を中心に地図を寄せ集める

よもや廃線跡探索趣味の方向へ、足を踏み出しては居ませんよね?(笑)
請求した謄本は「柾判」と言い、A2判より上下が4cm位大きく、幅はA2判より狭いです。私は上下の余白部分を適当に切り取り、A2判の図面ケースに収納しています。
次に地図中の軌道の上に、赤いマジックを乗せて行きます。そして他の書籍や資料からの情報を、地図上に展開します。
これを現在の地図上に、落とし込んで行く訳です。
法恩寺(ほおじ)

法恩寺(ほおじ)付近

赤い点々が線路跡、赤丸が写真を撮った場所を示します。
以下の写真は、2003年(平成15年)頃に撮影したもので、現況は変わっているかもしれません。
また私有地内で許諾を得て撮影しているものもあり、現地での探索にあたっては権利の侵害にならない様に、気を配ってください。

「貯木場」左上の赤丸、道路下のトンネル

法恩寺への参道

奈半利町(安芸郡奈半利町樋ノ口)

奈半利町(安芸郡奈半利町樋ノ口)

田圃の中に橋脚が並びます

川の堤防で路線跡が途切れます

氾濫により治水工事が行われ、奈半利町の側に遺構は残っていません。
田野町(安芸郡田野町開)、川を渡った反対側

田野町(安芸郡田野町開)

川の反対側からの眺め。奈半利町の街並みを望む

立派な橋脚が残っています

橋脚上からの眺め

鉄橋の橋台

パノラマ写真

高知市立市民図書館寺田正写真文庫より

奈半利川の橋梁上を走る、運材列車(寺田正氏撮影)

【ご注意】
この画像は、高知市立市民図書館の許諾を得て掲載するものです。
他へ転載される際には、必ず高知市立市民図書館へ申請してください。
(続く)

3 thoughts on “旧図を携え廃線跡を歩いた日々 (魚梁瀬 編)

  1. いやあ楽しいですね。鉄鈍爺さまにこのような懐古趣味?がおありだったとは、今の今まで存じ上げませんでした。
    ご安心下さい。小生は既に廃線跡探訪にはまっていて、いわば同好者来るの感覚ですから自ら望んで泥沼にはまりますので。
    今回ご案内頂いた部分だけでもワクワクしてきます。実地を探訪している心地です。

    旧図の閲覧・入手のことは以前に人ずてに聞いたことがあり、いつか北海道の拓殖軌道などを調べてみたいと思っていました。しかし実際には中々時間がとれず想いをまだ果たせていません。そんな下地のところへの今回のご投稿でした。
    今後もご紹介頂けるのを楽しみにしております。

    • 1900生さん、コメントありがとうございます。
      廃線跡の趣味は、単に通り過ぎるから「通う」になるだけでなく「色々調べる」って過程が加わり、それが大きなジグゾーパズルへと成長して行く充実感の様なものを感じさせてくれます。
      何故線路が敷かれてどう言う理由で廃線になったのかに留まらず、地域の特異性だとか歴史の中での位置づけに触れることで、文化史的な香りが漂う様に思えるのです。

      • 全く同感です。そもそも鉄道なるものは必ず必要性があって(いや待てよ、我田引鉄もあったからねえ)敷かれたものですから、廃止されてもその歴史は残りますね。今後鉄鈍爺さまとこの話題を共有できることで楽しみが増えました。

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