質問

そろそろ終の棲家を探し出してる今日この頃、妻に誘われて高野山へ行くことになった。結婚以来旅行で妻の希望を聞くのは初めてのこと、ましてや南海電鉄の支配地域などまさに人外魔境と思っていただけに未知の地域。時間表と最近便利だと言われているHPを見たが分からないことばかり。当会には人外魔境の鉄道にやけに詳しい人がいると聞くので分かる方がおられたら教えてほしい。

①帰りのキップが極楽橋ではなく、高野山発になっているがケーブルも含めて発券するのか?

②特急が高野山発になっているがケーブル以外に本線の駅があるのか?

③「天空」という特急があったように思うが気の迷いか?

④京都へ一番早く帰れる経路を教えてほしい。

⑤「こうや」「りんかん」の併結らしいがどちらがお薦めか?(なんで難波行きなのに併結なのか?)

⑥キハ55やスハ43を連結した列車があるはずだが見あたらない。

おしえてちょうだい!

9 thoughts on “質問

  1. 間に合わずでごめん。関西の電車・巡察の旅 その3で米手昨市の疑問に答えることが出来る筈であった。①勿論、ケーブル、高野線一体となっている。迷わず下界より高野山駅までの一体のキップを購入すべし。②質問の意味が分らん。特急は極楽橋から発車する。③「天空」は橋本~極楽橋間専用の車両で、詳しいことは総本家に問い合わせされたし。老人の所持していた資料は移転済み。④難しい質問である。常識的には新今宮経由、環状線外回り・大阪ー新快速ーとなる。⑤「こうや」は難波ー極楽橋、「りんかん」は難波ー橋本間である。「りんかん」は小田急の「さがみ」みたいなもので、区間限定の特急である。併結列車があるとするなら、橋本で増解結しているのであろう。8月28日に見たようで、気付かななかったか?⑥宇宙ロケットで半世紀バックさせればみられると思うのだけど、須磨の爺や、なんとかしてやってちょうだい。

  2. さすが長老、ありがとうございます。
    いくつか再質問させていただきます。
    私は紀伊田辺から高野山へ入り、極楽浄土より下界へ舞い戻る予定で考えております。
    ②については「キップは高野山発難波行きを買え」とあるのと、時間表でも高野山発→極楽橋→難波と一体表示されているのでお聞きしました。
    ⑤については極楽橋発の難波行きが「こうや」「りんかん」併結となっています。よく見ると橋本から併結らしいので私の勘違いです。申し訳ありません。

    ところで山陰線の四条踏切がレール式だということを生き証人として証言して下さい!
    「【9603】教えて下さい!」を参照願います。

  3. 再質問の件ですが、①通しのキップになっている。極楽橋ではケーブル→電車のチェックポイントなどなかったと記憶しています。⑤増結、増発、検修予備などの意味を含めて増備された31000系「こうや」用17M級4連1本があり、山用である。里用の「りんかん」11000系20M級4連と併結可能である。そこで、多客時期に「りんかん」とコンビになり橋本では前4両のみ山を登る。
    壬生の山陰線平面交差時代、米手作市さんの記憶通りです。丸ハンドルでくるくる廻していました。4隅にアングル組みストラクチャーがあり、それに沿うワイヤーに分銅がぶら下がっていたのが印象的でした。両開き2組、4ケの移動式柵があったのですが、どのようにして開閉していたのか忘れました。トロバスになり何処にでもある竹竿式4組になりましたが、道路幅が22Mありますから竿4本は中央で折れるものだったと記憶しています。

  4. 私のおばあさんは、ハバカリさんのことを高野山とゆうたはりました。「ちょっと高野山へ行ってくるわ」というような調子です。理由は分かりますか。「高野山」懐かしい言葉ですね。
    閑話休題。私は展望車に乗って高野山へ行ったことがあります。腰板が低く大きな窓の開放的な車体で、上部がクリーム色下部が緑の、昔あちこちで見られた二色標準色でした。また大阪の小学校は林間学校の行き先が高野山か吉野山でした。

  5. ハバカリさん、もう最近は聞きませんね。たぶん「高野山」の発音が「厠さん」に似ているところから来ていると思います。「厠」も死語ですね。
    ところで展望車で高野山とはいつの頃ですか?少なくともスハ43やキハ55の時代より前の匂いがします。今度は展望車に興味が・・・
    マイテ39のような客車ですか?今の天空のような電車ですか?

  6. 展望車とはこれのことですか?南海電鉄のHPより転載

    >「こうや号」という名の座席指定特急が高野線に登場したのは昭和27年7月19日のことです。
    この時、高野山方先頭車として使用されたのがクハ1900号。この車両は昭和13年7月に「貴賓車」として誕生。流線形の前頭部には曲面ガラスがはめこまれ、車室前半分の豪華なソファーが置かれた展望室とともに、高野線のクィーンとして活躍し、その後一般車に改造されました。<

  7. 大阪通信員さん、内緒で、ひそやかに、耳打ちで結構ですから、「こうやさん」と「はばかりさん」の関係を教えて下さい。「こうやさん」を愛することが多くなった老人ですが、慶応生まれのおばあちゃんは孫に教えることなく62年前に西方浄土へ行ってしまいました。

  8. お答えします。出家で「髪を落とす」が、用をたしたとき「紙を落とす」と、先人のヒマ人が引っかけたのでしょう。
    クハ1900展望車が走っていたころ、近鉄ではクモ2303が同じように運転席側半室を大きな窓の展望室として荷物室を改造したレクリエーションカーなる特急車輌がありました。これにも乗ったことがあります。ただし残り半室の普通席でした。
    幼少から高野山・お伊勢さんと信心深かったようです。今でも夜中に一度は起きて、こうやさんへ詣でていますよ。

  9. 高津宮の氏子さん、「こうやさん」の語源解説ありがとうございました。

    古人の洒落は素晴らしいですね。このところテレビでは手を打ち大声(馬鹿声)張り上げ笑うしな作る芸人と称する人種が蔓延っておりますが、彼らに「洒落」とはこうゆうものだと教えてやりたいですね。最近は「こうやさん」でなく「ぐるぐる回り」なので「なるとのうず」、いや「なると」となるのでしょうか。でも「うどんや中華そばの具」の一つにもあるから無理でしょうね。

    ありがとうございました。   乙訓の老人

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