2010年カミングデーにおいて、DRFC-OBクローバー会も開催されました。各自の近況報告や現役生も参加しての活動報告も行われ、親交を深めました。 来年度は、東京にて写真展を開催する予定で、現在場所探しをしている状況だそうです。決定しましたら、またHPにてお知らせがありますので、ふるっての参加をお願い申し上げます。
投稿者「'67年度生 小西啓文」のアーカイブ
ジャンクメール対応について 管理者より
田野城先輩から投稿がありましたように、ここ数日ジャンクメールが無数と言っていいほど届いています。
ジャンクメールは一方的に送られてくる迷惑メールで、認められていない悪意のメールです。決して、あけないでください。一旦あけますと、今後永遠に望まないメールが届きます。
今までこういった悪質なメールや投稿ができないように防御線を張ってきましたが、ハッキング技術が高まり、防御線をくぐって送られてきます。
ジュニアーとも相談して、新たな防御線を張りましたが、万全ではありません。防御線を強くすると、今度は会員方々の投稿に影響が出ます。また、100%ができないのが、インターネットです。当分、様子を見ますので、その間は、お気をつけてください。
佐竹保雄鉄道写真展開催 芦生トロッコ軌道
2010年大型連休は、晴天に恵まれました。皆様方は、どのようにお過ごしされましたでしょうか。私は、5月1日、2日と、沖中先輩と井原君の車に同乗させていただいて、佐竹先輩の写真展を見に芦生へ行って参りました。滝本先輩、弘津後輩も現地で一緒になりました。
芦生は、京大研究林があって、そこにはトロッコが走っていると、以前から知っていましたが、初めての訪問です。どんな所なのかと、ワクワクで参りました。
芦生への途中には、茅葺き民家が残る美山町北集落を通過しました。
渋滞を予想した京都縦貫道はガラガラで、27号線→府道12号線→162号線→府道38号線を走り、京都府南丹市美山町芦生に13:30到着しました。
写真展参加者は、1泊2日で参りました。クローバー会の方々の他、佐竹ご夫妻の友人知人の方多数が参加され、改めて佐竹先輩のキャパシティの大きさにびっくりしました。
トロッコの走る京大研究林の正式名は、『京都大学フィールド科学教育研究センター森林ステーション 芦生研究林』で、1921年4月4日(大正10年)に大学側と土地所有者(代表:知井村長)との間で99年間の地上権設定契約が締結され、京都帝国大学芦生演習林として、誕生しました。
標高は、355~959mで、4,179.7haの広さを誇ります。貴重な動植物が生息していますが、我々が関心を寄せるのは、トロッコのみです。
1925年には出合から演習林事務所に至る車道が開設され、1927年には由良川に沿って、事務所から七瀬に至る森林軌道の軌道敷開削工事が開始、1934年には事務所~赤崎間にレールが敷かれました。
1934年に開通した森林軌道の沿線を中心に、木炭用の雑木や枕木用の栗材が大量に伐採されたほか、ブナ材は飛行機のプロペラ用や梱包材として伐採された。中でも木炭の生産は年を追うことに増加し、販売されて貴重な収入源となりました。
戦争中は、林業資源確保のために、1943年には小野子谷方面へ森林軌道の延伸が行われましたが、この森林軌道は、1949年7月のへスター台風で記録的な大雨に見舞われ、全線流出・埋没するという大きな被害を受けました。1950年には森林軌道が野田谷まで延伸されたが、2010年現在は、
5月2日8:30、トロッコ道に沿ってのハイキングが実施されました。案内人は、芦生を知り尽くしたジャーナリスト、写真家の鈴木元(すずき はじめ)氏です。そして、何と鉄ちゃんでもあります。私どものために特別に案内人を引き受けてくださりました。事務所を出ると、右に直角に曲がって、由良川橋梁を渡ります。由良川に沿った芦生杉林の中をカーブを描きながら、森林軌道は延びています。ゲージは、762mm、軽レール(10kg以下級?)が敷設されています。
川を渡ってしばらく行くと、事務所から最後の民家横を通ります。現在、ここから住居はありません。谷川を渡る橋が、何本もあります。鉄橋もあれば、木製橋もあります。
滝本さんと、この軌道に見学用のトロッコを走らせられたら素晴らしいと、ロマン話を続けながら一緒に歩きました。
離合できるレールのポイントがある所が灰野駅です。灰野は江戸時代には村があって、その後も定住する人達がいたそうですが、昭和30年代になり、電気が引かれない事が決定となり、住民引越しになったと、鈴木氏の説明がありました。トロッコが走るのは、ここまでです。
灰野を過ぎると、線路はレールが外れたり、橋梁が朽ち果てていたり、土砂崩れが起こったりして、廃線そのものです。
松崎西谷橋までゆっくりと、説明を聞きながら、1時間半をかけて、歩きました。線路は、U字形をした橋梁で谷を越えていますが、残念ながら、ここも潰れて落ちています。今回のハイキングはここまでで、早い昼食をとって戻りました。すると、・・・・・。
山の家にいると、井原君が倉庫内に入っていたトロッコが、出てくると呼びに来てくれました。
ご覧ください。これが、日本で唯一のまだ現役として残っているトロッコです。さわやかな春の風が静かに吹き抜ける中、晴天にも恵まれて、芦生トロッコ軌道散策ができました。こんな素晴らしい所で写真展を開催していただき、佐竹先輩ありがとうございました。機会があれば、また来て見たいと思いました。
阪急 HM満載
既に、総本家 青信号特派員さんよりご紹介があったように、6300系にHMが付いて、最後の雄姿を見せています。家に近いこともあって、連日、愛用の電チャリで撮影に励みました。HMは、6300系以外にも付けて走行していますので、あらためてご紹介させていただきます。
阪急電鉄 100周年記念号 桂→西京極
摂津市駅 2010年3月14日開業記念号 西院→西京極
本命の6350ありがとう号 大山崎→長岡天神
長岡天神→西向日
上牧→高槻市
長岡天神→大山崎
ちなみに、3月14日時刻改正で、京都線の最高速度が、110km/h→115km/hにスピードアップされて、若干ですが、時間短縮が図られます。この運行表も、相川~東向日は、最高速度『115』に、代わります。
http://holdings.hankyu.co.jp/ir/data/ER200912092N1.pdf
「佐竹保雄 山科国鉄写真展」打上会
福田静二君 『京都市電⑥物語』 新聞記事
祝 『京都市電⑥物語』 写真展開催
福田靜二写真展 『京都市電⑥物語』 開催! ご案内
ようやく、蒸し暑さも過ぎて、過ごしやすくなってきましたが、新型インフルエンザが、蔓延の兆しをみせ始めております。ご老体の多いクローバー会の皆様、出かける時は、マスクを忘れずに、着けてください。
さて、9月末で、定年退職が決まった福田静二君が、退職記念として、写真展を開催されますので、ご案内させていただきます。
場所は、いつもの京阪七条駅近くの、『集酉楽サカタニ』、開催期間は、9月1日~30日です。
題名は、『京都市電⑥物語』です。京都市電で、最後に残った[6番系統]に、焦点をあてた写真を展示するそうです。多分、数1000点も撮った、京都市電6番の写真の中でも、福田君が厳選した写真です。福田流の、味のある写真を見るのは、楽しみです。
猛暑で、こもっておられた皆様、もう熱中症で倒れる心配は、不要です。散歩がてらに見に行きましょう。
福田君は、土日曜日、会場に詰めているそうです。
9月26日(土)18:00からは、打ち上げ会を開催するそうですので、この日も是非に、ご参加下さい。
K.H.生さま 戦前の大連市電の件
大連市電とあれば、出番かなと思って、見てみましたが、戦前の事は、分りません。路面電車博士に聞かざるをえないと、思います。
写真から見ると、ダブルルーフ車のようです。私の知っているのは、日本車両製か、ボロボロの残骸ぐらいで、この車両は、現存はしていません。そこで、ネットからや文献等で、調べました。その頃の絵葉書を集めてみましたので、ご覧ください。
どうでしょうか。ダブルルーフ車が、あるのがお分かりでしょうか。
それと、下記のHPをご覧ください。どうやら、英国製で、特等(定員16名)と並等(定員32名)の2室があったと掲載されています。
http://dalian2006.hp.infoseek.co.jp/page061.html
http://dalian2006.hp.infoseek.co.jp/