北の大地へ Part5 計呂地交通公園

10月26日 第5日目

道の駅『かみゆうべつ温泉チューリップの湯』4:00→4:40湧別港5:00→5:20湧別川河口海岸6:00→6:30中湧別鉄道資料館6:50→7:30計呂地交通公園8:30→9:20佐呂間町交通公園9:45→12:00網走鉄道記念館12:25→13:30北浜駅13:50→15:00止別駅15:05→19:00網走鉄道記念館

次いで、サロマ湖沿いに車を走らせ『湧別町計呂地交通公園』を訪れました。途中、線路跡を見ましたが、既に雑草や林の中に埋もれていました。


湧別町計呂地交通公園は、中湧別と同様に、計呂地駅をそのまま残してありました。
撮影していると、管理人さんが出勤されてきましたので、朝のご挨拶をすると、元駅舎の資料室を空けてくだしまして、丁寧なご説明をいただきました。

展示したあったパネル『湧網線のあゆみ』を見ますと、中湧別と、網走の両端駅から延伸が始まり、昭和10年最初の開業から、18年後のの昭和28年に89.6キロが、ようやく全線開業しましたが、昭和62年に廃線となっています。34年間の短命で終わっています。

廃駅当初は、何の資料がなかったそうです。地元の方や駅員さんが、それまで集めていた資料を提供されて、展示ができるようになったそうですが、補修も必要で、町の予算もあって、いつまで続けられるか心配しておられました。


▲ 保存展示車両 C58139+スハ45-6+オハ62-91

C58
の運転台は、通常施錠されていて、保存状態は、極めて良く、このまま走らせても良いようにも思えました。また、注目したのは、オハ62-91です。昭和29年に鋼体化された車両は、TR11の台車を履き、見ごたえがありました。スハ45の方は、宿泊できるように車内は、改装されていました。一泊300円は、格安です。宿泊は、駅長の家でも可能で、こちらは500円です。

オハ62と言えば、気動車不足の北海道にあって、苦肉の策として登場した、オハ62にディーゼルエンジンを付けた珍車、キハ40(初代)を思い浮かべます。現在、『加悦SL広場』に、静態保存されていますが、非力で、狩勝峠を上るのに、9600を補機にして走りました。そんな時に、乗りたかったと思いました。

機関車には、屋根が付けられた機関車には、11月からは、シートで覆い、冬に備えるそうです。管理人もおられ、大事に補修管理されている印象を持ちました。
次の訪問地は、『佐呂間町交通公園』です。国道を右折して向かいました
Part 6 へ続く