【100002】2018年夏、酷暑の旅 Part4 長崎市電を撮る その3 長崎駅前~赤迫②

コンデジ1台を持っての気軽なロケハン移動ですが、暑さが厳しくなってきました。熱中症にならないようにできるだけ木陰を探しながら撮り鉄ですが我慢できなくなったら空調の効いた市電に乗って移動することにしました。今回は千歳町から浦上車庫へのレポートです。

第2日目 8月28日(火) その3

▲ 10:58 千歳町に向かう3系統の蛍茶屋行きの1953年(昭和28年)日立製の300形304号です。

▲ 10:58 同じく3系統で千歳町を発車して赤迫へ向かう1950年(昭和25年)に初のボギー車として日立で5両(201・203・205・207・209)製造された201形203号です。同型は日本車両でも5両202・204・206・208・210)が製造され202形となっています。

▲ 11:00 同上の202形210号です。201形との外観上の見分けは分りません。

▲ 11:00 千歳町に入線して来た1961年(昭和36年)日本車両製の360形363号です。370形とは製造年度が違うだけで360形の同形式です。合わせて14両が在籍します。これに乗車して1駅移動です。
ホームはご覧の通り1200㎜以上あります。39全電停中一部(3ホーム)の電停を除いては安全レベルを確保されているそうで折りたたみイスまで設置されています。ホーム幅がとても広い欧州各町ののトラムとは比較にならないですが、日本各地の路面電車と比べると広いのが長崎市電の良い所です。


▲ 11:04 若葉町へ移動して駅撮りです。純国産のアルナ車両製の3000形3003号がやって来ました。
超低床車のパイオニアとなったのはフランスのグルノーブルのトラムと言われています。その後欧州を中心に車両メーカー各社が次々とバリアフリーのために多くの低床車を開発、各都市も導入を急ピッチで進めてきました。日本でも車両的にはようやく近づいてきたなとの感がありますが、普及率はとても遅れています。中国では地方都市で新たに全車両が超低床式トラム採用の開業が進んでいます。台湾では高雄でスーパーキャパシタを使用した架線なしのトラムが実用化されて運行されています。日本でも国家予算を投入して欧州並みの普及を目指して欲しいと思います。

▲ 11:05 1962年(昭和37年)日本車両で製造された370形372号は前年製の360形7両と外観・性能がほぼ同一で同じく7両が在籍しています。
赤迫方向に見える丘陵には上の方まで住宅が並んでいます。長崎は坂の多い町ですが広島や北海道では豪雨のために山崩れが起こり大きな被害が出ました。街の展望を見るには良いでしょうが想定以上の降雨があった時は大丈夫かなと心配になります。

▲ 11:07 1504号が戻ってきました。この車両を投入した1993年頃に低床式が採用されていれば世界からこうも遅れる事はなかっただろうと思います。

▲ 11:08 最新のアルナ車両製の超低床式トラム5000形5002号。車幅は2,300㎜と3000形と一緒なのですがなぜか狭そうに見えます。スタイルも3000形の方が好きです。

◀ 11:15 熱さが増してきたので徒歩での移動は辛いものがあります。折り返し戻ってきた空調の効いた372号に乗車して次の電停に移動です。

▲ 12:17 長崎大学に着いた1系統の赤迫行きの1993年(平成5年)アルナ車両製の1500形1501号

▲ 11:20 これも戻ってきた3系統蛍茶屋行きの5000形5002号

▲ 11:21 続行するのは1系統の1700形1702号、本当に次から次へと市電は直ぐに来ます。素晴らしい公共機関です。

◀ 11:23 続いても3系統1200形1204号。暑さしのぎにまた乗車して移動します。


▲ 次の岩屋橋はパスして先の浦上車庫を目指します。先行する1702号にはもう追い着いたようです。この先はぐっと右へカーブして専用軌道区間に入っていきます。

▲ 11:24 岩屋橋浦上車庫ですれ違ったのは1953年(昭和28年)日立製の300形307、在籍は10両。続いては1951年(昭和26年)日立製の211形212号、在籍は6両です。

▲ 11:25 浦上車庫で1702号に追いつきました。対向車は1966年(昭和41年)アルナ車両製の500形504号6両が在籍します。

▼ 車庫を見て探すのは、現役最古の木造ボギー車、元西日本鉄道153号の長崎市電160形です。1911年(明治44年)5月に川崎造船所で製造された車輛で明治44年5月、九州電気軌道(現西日本鉄道の母体)23号としてデビューし、昭和17年に5社合併で西鉄北九州線となり、その後単車が多かった福岡市内線に転属。更に昭和34年2月に譲受し、現在に至っているそうです。昭和43年のワンマン運行開始までは第一線で活躍し、昭和48年2月頃までは、朝ラッシュ時の増発として使用された。その後、記念日やイベント時以外には運行されていない。
(※ 長崎電気軌道(株)の公式HPから転載)

168号は、車庫奥深くに留置されているようでホームからは見つける事が出来ませんでした。

▲ もう1両探していた元東京都交通局2018号の長崎市電700形701号は見えるところに留置されていました。こちらは昭和30年12月にアルナ車両製造され、1961年(昭和44年)7月に600形と同じくワンマン化推進の為譲受し、現在に至っています。杉並線(軌間1,067mm)、都電本線(軌間1,372mm)、長崎(軌間1,435mm)と3つのゲージを走った珍しい車両であるそうです。
(※ 長崎電気軌道(株)の公式HPから転載)

▼ 他にも他都市から移籍した車両がありますが見つけられずでした。イベント開催時には特別運行があるようですので次回は調べてから来た方が良さそうです。

※ 以上は長崎電気軌道(株)の公式HPから転載

▲ 11:29 浦上車庫に着いた3系統赤迫行きの1961年(昭和36年)日本車両製の360形361号

▲ 11:30 長崎駅前行きホームに着いた3系統蛍茶屋行きの1987年からアルナ車両で製造された1300形1305号。在籍車両は5両です。

▲ 11:34 赤迫行きのホームに入線して来たのはアルナ車両製の超低床車の3000形3002号

▲ 11:35 1961年(昭和36年)日本車両製の370形371号です。

▲ 11:37 続いてきたのは1950年(昭和25年)日本車両製の202形208号、続行しているのは1961年(昭和36年)日本車両製の360形367号。

 11:38 こちらのホームには200形201号が入線してきましたので撮影を切り上げて長崎駅前に戻ることにしました。 Part5へ続く

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