平成最後は115系ざんまい 〈下〉

北しなの線の撮影後は長野に宿泊し、翌日は軽井沢~篠ノ井のしなの鉄道線へ向かいました。風景の点では、浅間山麓の軽井沢~小諸の選択となりますが、今回は、より本数が稼げる小諸~上田~篠ノ井で、復刻色を中心とした編成本位の撮影としました。
1997年のしなの鉄道開業から活躍を続ける115系ですが、いよいよ新車両への置き換えがアナウンスされ、JR東日本のE129系と同t型車体の新車両「SR1系」52両を、2019年度から8年をかけて導入し、115系と置き換えることになりました。まず2020年7月、ライナー用の6両から順次運用を開始する予定で、来年度からは、いよいよ115系の撤退が始まることになります。

朝の7時台の長野駅ホームで発車を待っていたのは、塗装変更の最新バージョン、「台鉄自強号色」S9編成だった。強烈な塗装が、薄暗いホームで輝いていた(2019-4-25)。

しなの鉄道では、2018年3月に台湾鉄路管理局と友好協定、および両方に田中駅があることから姉妹駅協定を締結した。この一環として登場したのが、台鉄EMU100の自強号カラーで、2018年11月から運用を始め、ほかの特別色とともに共通運用されている(千曲~戸倉)。
台湾鉄路のEMU100のことは、デジ青でもよく紹介されている人気の車両、1978年に製造され、おもに西部幹線で「自強号」として運転されていたが、後継車両の導入で、2009年に営業運転から撤退し、もっぱらイベント用に運転されている(信濃国分寺~上田)。

115系と同時期の製造であること、姉妹駅協定を締結した田中駅を通る列車として運用されていたことから、今回、EMU100をイメージした塗色を、115系に再現することにした。忠実に再現されていて、前部の行先幕の左右にある黄色の小さな帯までも再現されている(西上田)。

S9編成の車内には台湾鉄路のポスターで埋め尽くされており、デジ青でおなじみのお立ち台から撮られた写真もポスターになっていた。あとでホームページを見て分かったことだが、使用済みの乗車券を相手方に持って行くと、相手方の企画乗車券と交換できる乗車券交流も行なわれている。

昨日は北しなの線で撮った初代長野色S7編成は、後部に2連を増結した5連でラッシュ時に活躍していた(千曲~戸倉)。

信濃国分寺跡をバックに快走するスカ色編成、スカ色は2編成あり、写真のS26編成(2連)と、S16編成(3両)がある。いずれも2017年の信州デスティネーションキャンペーンと、しなの鉄道開業20周年に合わせ、115系を懐かしの車体カラーに塗り替えて運行している(信濃国分寺~上田)。

もう一編成のS16は、本日、運用はなく、戸倉の電留線で休んでいた。木造の跨線橋、すみ丸ゴシックの駅名標がいい味を出している。

コカ・コーララッピングのS11編成、国鉄時代に北長野のN12が赤色ベースの広告電車となり、今回、「懐かしのカラー」の一員ととして復刻された(千曲~戸倉)。

一見、しなの色に見えるが、君スピ号として、「懐かしのカラー」に含まれるS24編成、アニメのラッピングが車体に施されている(テクノさかき~西上田)。

◎ 最後は上田電鉄別所線へ

上田から、塩田平と呼ばれる、なだらかな丘陵を別所温泉まで結んでいる上田電鉄(八木沢~別所温泉)。ステンレスの車体が夕陽を受けて輝く、清々しい新緑の季節(八木沢~別所温泉)。

好ましい終着駅、別所温泉駅には、丸窓電車モハ5250も保存展示中。

終点のひとつ手前の八木沢は、売出し中の鉄道写真家が紹介して知られるようになった。

陽が暮れると、パステルカラーに塗られた駅舎が、よりメルヘンチックな雰囲気に。

 

2 thoughts on “ 平成最後は115系ざんまい 〈下〉

  1. 数えてみると115系の車体外部塗色の緑色、水色、空色、黄色、更には真っ赤などを組み合わせた10種類のバリエーションに、頭が混乱気味です。(笑)
    小生の如く、単純頭の人間にとっては113系や115系には2色(湘南色とスカ色)しかありません!!
    単純頭と言うより、『権威有る国鉄』時代のファンにとっては『節操の無いゴチャゴチャ色やんか!』としか言えません。

    かつて、関西伝統の急電色80系が『無理矢理』派手派手『みかん色』に押し込められたのと比べれば、雲泥の差どころか仰天事でしかありません。

    今や『しなの鉄道』となり、果ては『えちごトキめき鉄道』などとアニメ・カブレの会社となってしまった『権威有る国鉄』のなれの果てには涙をこぼす以外ありません。(笑)

    ヒルガエッテ、115系について思い返すと、ルーツは153系とも言える『東海形フェイス』で、113系を経た『伝統の電車』でした。
    さらに、『東海形』は『準急東海』由来の由緒ある名称でしたが、そんな事がすっかり忘れられた昨今に、嘆かわしさすらを感じるのは小生だけ?と自問自答です。

    • 河さま
      いつもコメント、ありがとうございます。そうですね、以前は「東海形」をよく聞きましたが、最近は聞きませんね。「準急東海」で初めて使われたことが由来なのでした。「東海」という列車があったこと自身が忘れられようとしています。
      東海形由来のお顔の115系ですが、各地に散在したぶん、いろいろなカラーに塗られました。ゴチャゴチャ感は免れませんが、なかには、なかなか秀逸なものもありますょ。今回の自強号カラーや、ド派手な赤黄の70系新潟色は、私のとって憧れでした。
      でも、三セクの“トキめき”だの“あいの風”だの、キラキラネームは、私も辟易します。

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