100年目の信貴電

 今年の5月16日で信貴生駒電鉄(現在の近鉄生駒線)は王寺から信貴山下間、そして東信貴鋼索線(1983年9月1日廃止)が開業して100年目となります。その記念イベントとして記念式典と臨時急行が王寺から上本町間に運転されます。もちろん、記念乗車券や入場券が販売されます。詳細については下記をクリックすると近鉄からのイベント案内書へ移動します。

クリックしてikomashigikousaku100_2.pdfにアクセス

 少し前に改築前の多分、開業時の建物が残っていると思われる王寺駅の写真を投稿しましたが、今回は信貴山下駅と東ケーブルで登ったところの信貴山駅の写真を載せます。廃止まで信貴山駅は開業時の状態だったと思います。写真は今から40年ほど前に撮ったものです。

王寺からの電車が到着しました。信貴山へ登る人はケーブルに乗り換えです。

ケーブルカーが出発しました。ホームや建物は開業時のままですが、開業時は図面などによると右側に駅本屋がありました。

終点の信貴山駅に到着してたくさんの乗客が降ります。信貴山に住んでいる人はケーブルカー通勤や通学をします。信貴山下に小学校があるので小学生はケーブルカーに乗って通学です。

ケーブル巻上機のある建物です。これも開業当初の設備です。東信貴ケーブルは日本最初の生駒ケーブルに次いで2番目のケーブルカーでした。

その後、信貴生駒電鉄は生駒の方へ延伸しました。現存している信貴生駒電鉄の建物は平群駅の生駒方面ホーム上屋が唯一残っています。

100年目の信貴電」への6件のフィードバック

  1. 一昨年に、どですかでんさんに案内していただいて行った、クローバー会の信貴山ツアーを思い出しました。信貴山下駅からまっすぐに伸びる道がケーブルの跡を示してくれました。廃止直前の時刻表を見ると朝6:09~22:58まで約20分毎の運行となっています。通勤通学の足としても使われていたとのことですが、現在のバスは信貴山下発の最終が21:10で間隔も30~70分毎となってずいぶん不便になったように思います。写真を見るとケーブルの利用者は多かったような感じですが残念ですね。

    • ケーブルからバスになってから信貴山行きも午後10時台のバスがあったのですが、だんだん最終バスが早い時間になりました。車で行き来をするようになったので次第に乗客が減ったのではないかと思います。写真ではケーブルカーの乗客が多いのは夏休みで信貴山に遊びに行く人が多いためだと思います。信貴山には町営幼稚園があります。元は小学校の分校だったところです。私の子供も通っていましたが、通園バスの運転手は奈良交通の運転手に委託しているようです。急勾配で急カーブの道ですのでたいへんです。冬は積雪となり、チェーンを装着して走行しています。信貴山ツアーの時は雨で景色がよく見えなかったのですが、天気が良いと奈良盆地や山並みが見えて絶景、そしてスリル満点です。下り道を運転するとジェットコースターのような感じがします。

  2. 玉川工場の入換車として使用されていた、元信貴生駒電鉄デハ3です。昭和57年、玉川工場閉鎖後、橿原神宮の台車振替場に行き、更に五位堂工場の入換車として平成2年まで使用されていました。
    昭和50年1月15日、玉川工場です。

    • 中学生のころ信貴山下駅近くにおじさんが住んでおられたので用事で行ったことがあります。その時に乗っていたかもしれません。行きは王寺からで帰りは生駒経由で帰ったりしました。南生駒ではいつも窓から車庫を眺めていました。まだ、このときは信貴山下に使っていない車庫の建物が残っていました。

  3. どですかでん様
     今日のお昼のニュースで近鉄生駒線100周年記念行事の様子を見させて貰いました。
     改めて以前信貴山ツアーでご案内頂いたことを思い出しています。
     もう見られないのが残念ですが、ケーブルカーで通勤通学のシーンは貴重ですね。
     今も生駒山へのケーブルカーで宝山寺辺りから通勤通学されている方がおられるのでしたっけ?
     ケーブルカーはその昔交通手段が限られた中、山の上に上がるには無茶苦茶便利なものだったでしょうね。
     山の上に社寺がある場合、老若男女が険しい山道に苦労することなく便利に参詣出来ることが、比叡山や妙見山等々にケーブルカーが昭和元年頃揃って開業したことに窺えるように思います。
     今、山の緑は綺麗でしょうね!ウグイス始め鳥が鳴き!虫は難儀ですけど・・又連れてって下さい!
     

  4. 今日が開業した日ですが、昨日は保存されたケーブルカーの車内内覧会などのイベントがありました。廃止された時の車両は2代目の車両です。鉄道史料に詳しく書いてありましたが、初代車両の車内はサイドシートでつり革もあったそうです。2代目の車両もつり革がありました。シートはクロスシートとサイドシートになっています。写真を参考にしてください。通勤電車みたいですが、信貴山への参詣客が多いためだと思います。信貴電ができたのも参詣客を山上へ運ぶためです。ケーブルができる前は王寺より徒歩で1時間ほどかかっていました。平坦な電車線よりケーブル線の方が距離が長いと言う路線でした。ケーブルカー歴史講座あり、イベントグッズの販売などがあり、信貴山下駅周辺は久しぶりに賑やかでした。私も記念乗車券を購入いたしました。

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