松本電鉄浅間線 その1

電車嫌いのヘソ曲がりだの、「新しいものについていけないだけの、単なる頑迷なジジイ」だのと云われているらしい。その幾分かは当っているのが忸怩たる思いだが、この老人とて、頭から電車が嫌いというわけではない。分野によっては好きなものもあるが、極めて限られる。例示すれば花巻軌道線、秋保電鉄、駿豆三島軌道線、静岡鉄道秋葉線、それに今回の松本電鉄浅間線など=のどかで時代離れした電車であることが共通する。花巻、秋保は既にご高覧賜ったので、今回は浅間軌道線を押し付けがましく、しつこく。

筑摩電気鉄道の軌道線として、1922年3月9日特許、軌間1067mm、5.2km。開業時は鉄道線の2軸単車デハ1~3を路面乗降改造して投入したが、2年で布引電気鉄道(小諸-島川原、7.5km)に売り飛ばす。後しばらく鉄道線の2軸車デハ11がはいったこともあるが、最後まで木製ボギー車で終始した。なお布引電気鉄道は経営不振で、ガソリンカーに変更を申請しながら、無手続でレールも撤去し、1936年認可当局が現認したら、橋桁も売り飛ばし、車両は影も形もなかったとある。1936年10月28日免許取消処分された。

本題の筑摩電気鉄道は1932年12月2日松本電気鉄道に改称したが、浅間軌道線は同年起点を約100m延伸して松本駅に近くなった。さらに敗戦後の1949年駅前北側に隣接した停留場を設け、我々が知っている起点の「松本」がこれである。ついでながら、「日本鉄道旅行地図帳6号」(新潮社)では「松本駅前」とするが、「地方鉄道軌道一覧」や「鉄道停車場一覧」、「帝国鉄道年鑑」等はことごとく「松本」だけである。電車の方向幕、サイドの行先札、乗車券も同様だから、「松本」が正しいのであろう。


恐ろしく素朴な「松本」出札口と出入口

その「松本」だが、実に素朴なものだったのは、写真をご覧頂ければ納得されよう。ちゃんと出札所があるが、改札口はなく、集札時の柵だけ。切符は半硬券だが、出札時パンチを入れて発売。車内で車掌から買うとパンチなしだったと記憶する。


本通から急カーブを2回繰り返して松本駅前(画面左)の「松本」へ

一応舗装されてはいるようだがご覧の有様

松本駅前で2回90度曲がって市内の目抜き?通りをゴロゴロと約1.4km行くと最初の離合地点である「学校前」。朝夕20分毎、日中10分毎の頻発だから、撮影するのに退屈することはなかった。運転席にはちゃんとタブレット(もどき)を積んでいるが、閉塞はこれ以上簡単にできないスタフ式だから、単に「通票」を交換するだけで、玉、キャリア共タブレット式と同じものを使っている。


流石に花巻軌道線などとは違って車内は充分広く膝が当ることはない

路面からは踏み段を2段上がって運転台 それからもう1段上がって客室となる 運転席には通票が

こっちは後部 いわゆるH棒はこんな狭い代物だが運転手の「もたれ」にはなる


松本駅前から約1.4kmの「学校前」に最初の離合設備がある このすぐ先に思わずエッという急カーブが待ち構えているが 次回のお楽しみに

布引電気鉄道デハ1~3竣功図 浅間線のデハ1~3を再び鉄道線用に改造している

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