飯田線 乗って 降りて 歩いて  ③

廃線トンネルのある駅へ

中部天竜の20分停車を利用して周囲の散策を終え、同じ列車に再乗車。乗ること30分、長いトンネネルを抜けると、そこが次の目的の駅でした。トンネルとトンネルに挟まれたところに駅はあった。狭隘地のため、両側のトンネルは、内部でポイント分岐していて、ポータルは複線サイズになっている。ほんの数人しか乗っていない列車から途中下車すると、自分ひとりだけと思っていたら、なんとオバちゃんが一人下車、迎えのクルマに乗り込んで行った。

その駅は「大嵐」、駅は昭和11年、三信鉄道により開業しているが、佐久間ダム建設に伴う大規模な路線変更が行われ、天竜川に沿う、中部天竜-佐久間-豊根口-天龍山室-白神-大嵐の約13km区間が水没し、東側へ大きく迂回する新線を建設、相月、城西、向市場、水窪の4駅を新設し、昭和30年に切り替えられた。付近には、旧線のトンネルや、ホーム跡も残り、天竜川の景観とともに秘境感満載の駅だった。

大嵐駅 周囲に全く民家はない。集落があるのは天竜川の対岸で、駅は静岡県、集落は愛知県となり、東京駅を模したと言う駅舎も「大嵐休憩所」のプレートがあり、愛知県側によって造られた施設となる。

大嵐駅の由来や付近のマップも内部に置かれている。バスも対岸の集落に向けて一日数便が出ていて、一日乗降数は36人、高校生の通学もあると言う。レンタサイクルもあって、まっさらの自転車が10台以上置かれていた。

両側のトンネル、左は下り方、第一大嵐トンネルで長さ602m、右は上り方の大原トンネルで、長さ5063m、線路付け替えの際に新しく掘削され、当時は全国第4位の長さだった。

大原トンネルを抜けて、通過して行った飯田行き特急「伊那路1号」

駅の横から、いい雰囲気の廃線跡が続いている。さっそく右手に昭和30年までの旧大嵐駅のホーム跡が見えて来る。周囲の空き用地から見て、一面だけの棒線駅だったようだ。

すぐに夏焼第一トンネルのポータルが見えて来る。昭和11年、三信鉄道によって開通した。

続いて、長さ1233mの夏焼第二トンネルのポータルが見えて来る。

第二トンネルにも入ってみた。振り返ると第一トンネルが見え(左)、向かう先は(右)出口が見えないほど遠い。直線のはずだが、内部は勾配があり、さらに道路化の際に盤下げが行われため見通せない。抜けた先には、トンネル名の由来となった夏焼という集落があったが、廃村になってしまい、しかも抜けた先は土砂崩れのため、先へは行けない。心臓の小さい老人には、これ以上は無理と、駅に引き返した。

つぎは天竜川に架かる吊り橋を渡って対岸へ行ってみる。手前は静岡県浜松市の水窪、橋を渡ると、愛知県の豊根村、人口は900人の村で、合併前は富山村であり、人口100人ほど、全国でいちばん小さな村として知られていたところだ。

15分ほど歩くと、中心街に近づいて来た。眼を転じると、佐久間ダムにせき止められてダム湖になった天竜川が見える。

中心街にある富山郵便局に飛び込み、待望の風景印をゲット。局長から話が聞けた。もとの富山村地域は、現在、40世帯数で、人口は80人ほど。興味深いのは、愛知県のほかの地域とは隔絶されているため、郵便物は、すべて静岡県の水窪郵便局で集配し、局員が飯田線に乗って大嵐まで行き、バイクで配達していると言う。郵便番号も、浜松市と同じ番号になっている。鉄道による郵便の集配がまだ生きているのだった。2時間余りの滞在を終えて、大雨のなか、急ぎ足で大嵐へ戻り、つぎの目的地へ向かった。

 飯田線 乗って 降りて 歩いて  ③」への3件のフィードバック

  1. 私、飯田線は未だに乗ったことがなく、雑誌やネットで知るのみです。
    車窓からの風景は素晴らしく、乗り鉄だけでも楽しめそうですね。
    大嵐駅は難読駅名で、昔から名前だけは知っております。しかし、すぐ近くの廃線跡も、ましてや対岸の集落など、全く知りませんでした。富山は豊根村の一部とのことで、さっそく調べたところ中心はずいぶん離れた山の中にあり、都会との違いを思い知らされます。また、このような住人の少ない地域の郵便事情も興味深く拝見しました。
    文章だけではなく、写真も添えられてよく理解できました。デジタルカメラの威力かもしれませんが、鉄道以外のいろいろなものを撮影される総本家様の撮影姿勢は、私もぜひ見習いたいと思いました。

    • 紫の1863様
      いつも暖かいコメント、ありがとうございます。「大嵐」という地名は、「大崩れ」が転化したものと言われていましたが、付近に大崩れの記録は無いそうです。「ぞれ」は焼き畑を指す言葉で、それが大きく行われていた地で「大嵐」になったと待合室の説明には書いてありました。
      すっかり遠隔地へ行く機会も少なくなりましたが、それだからこそ、逆に、鉄道を取り巻く周囲の様子は、すべて記録しておきたい気持ちが強くなりました。飯田線は、ほかとは隔絶された、小和田のような“超秘境駅”が有名ですが、私は少しだけ生活感のある“準秘境駅”のほうが好きです。飯田線、エエですよ。紫の1863さんのテイストに合います。ぜひ行ってください。

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