中国の蒸気機関車について(追補)

藤本氏の記事と関連コメントを見て、相生市で撮影していたことを思い出しました。写真をご紹介します。場所は赤穂ではなく 相生市の中心部にある中央公園です。藤本氏のコメントによると 平成9年に解体されたとのことですが、撮影月日が平成9年7月24日ですから、解体直前の姿ということになります。

寄贈した㈱美乃美は京都市左京区で盛業中の中国関連図書を扱う会社のようです。

↑ 1E1 貨物用 前進形 QJ6200

↑ 2C1 旅客用 人民形 RM1163

 ペーロンがとりもつ縁とはいえ 何でここに中国の蒸機なの?と思い 狭い場所でかつ逆光だったので早々に退散した記憶があります。今はモニュメントだけになっているようです。

中国の蒸気機関車について(追補)」への2件のフィードバック

  1. 西村雅幸 様
    フライアッシュを撮りたくて、阜新に来ております。今日は2本来ましたが、どうしたわけか水をかけられていて、粉塵舞い上がる光景を見ることができず、残念に思っております
    前進型、人民型と、中国蒸気機関車の貴重な写真を見せていただきまして、ありがとうございます。折角の展示でしたのに解体されたとは、残念ですね。この人民型はすでに現役を退き、前進型もわずかな台数が、工場の入替と集通線の観光用に使用されているだけです。
    帰国しましたら、モニュメントを見に訪問してみます。

  2. 西村雅幸様
    ぶんしゅう様
    こんな所にいたのですか。横浜での運転は見ました。小さなタンク機関車とともに前進型と人民型を動かしていました。前進型はソ連の機関車が原型であるようですが、随分と大きな機関車です。旧満鉄線はじめ中国各地にいくらでも走っていましたが、ぶんしゅうさんの報告のように今や風前の灯です。人民型は旅客用パシフィック機関車で、中国撮影が始まった頃の1990年前後にはよく撮影されていましたが、私の中国蒸機撮影開始時期には前進、建設、上遊のD型3形式が中心で上記人民型や満鉄からの解放型には間に合いませんでした。ところで上遊の遊ぶのしんにゅうはさんずいが正しいようですが、そもそも上遊というのはどういう意味なのでしょうか?

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