2013年 はにかみの国、ミャンマーSL撮影の旅 Part3 ナムツ鉱山鉄道(Namtu) その1 概要と車両

01_はにかむ少女

▲ ナムツ駅のロケハンに向かう道でお会いしました露天の八百屋さんの店開きをお手伝いしていた少女。カメラを向けると、はにかみながら返してくれた素朴な笑顔がとっても素敵でした。

第3日目 3月25日 その1

日本からはるばる2日間をかけてやってきましたミャンマーのナムツ鉱山鉄道の蒸気機関車撮影は、じっくりと3日間をかけて行います。今日は13号機をチャーターして選鉱所のある山のタイガーキャンプまでをフォトランしながら向かいます。

【 ナムツ鉱山鉄道 】

ナムツ鉱山は、銀を産出する鉱山として数100年前から採掘が始まりました。当時から世界的にも有名だったそうです。
1883年、英国植民地時代に入り1903年にマンダレーからの鉄道建設がラショーまで開通しました。これに伴いナムツ鉱山への鉄道建設は、1907年に610㎜(2フィート)ナローゲージにより始まりました。難工事の末1914年に国鉄線ナンヨー(Namyao)~バドウィン(Bawdwin)の全線43.7㎞が完成しています。鉄道ができたおかげで、大規模な採掘と輸送が可能となりました。鉱山鉄道はタイガーキャンプで一次選鉱された鉱石を製錬所のあるナムツへ運びます。ナムツで精錬された各金属はナンヨーへと運搬され、ここで積み替えられて国鉄線で西海岸の港町に向かい、その後は英国本土へと海上輸送されていったと思われます。優れた精錬技術により採取される金属は鉛、銀、亜鉛や銅と増えていきました。
00_ナムツ鉱山鉄道全盛期路線図00_標高表_ナムツ~タイガーキャンプ▲ ナムツ鉱山鉄道の路線図と路線の標高図です。黄色線は現在運行されている区間です。
00_ダイヤグラム_edited-1▲ 厚かましくも指令所でいただきました白紙のダイヤグラムです。表面が7時~19時と裏面が19時~7時までの両面仕様になっています。今回のチャーター列車が運行された時はきちんと線引きがありました。

蒸気機関車時代は1980年代で終わりましたが、FarRailからの要望で13号機と42号機が現役復活されました。鉱山は約3年前に坑道水没により閉鎖されています。殆どの鉱山は湧水との戦いです。鉱山で湧き出る水をいかに効率よく排出できるかが、鉱山運営のポイントの1つで何もしなければほとんどの鉱山は水没します。水がいくら湧き出ても、それを上回る排出能力を持てば鉱山は採掘を続けられますが、ナムツ鉱山の採掘現場は、海面以下になって効率的な水の排出が困難になって休止せざるを得なくなったそうです。

現在、新たな鉱脈発見作業が続いており、鉱山の従業員は解雇されず自宅待機で再開を待っておられます。その間の給料は支払われていますのは、国営なのと解雇してしまうと熟練の従業員が山を去って町に行きますので、辺ぴな山には2度と戻ってこない心配があるからなのだそうです。鉄道も同様で、再開までの保守点検が行われています。そして鉱山労働者家族が住まれる地域までは道路のインフラはないので、1週間に3回ほどの生活物資の運搬運行がレールバスにより続けられています。

ただ数年前にバドウィン手前の路線でがけ崩れがあって線路が流出したままで放置されています。今回も近くまでしか行けませんでした。鉱山再開の見通しが立った頃には修復されると思われますが、従業員の生活を守り、鉄路を維持管理するには莫大な費用が必要でしょうから大変ですね。

02_迎賓館03_迎賓館の門▲ 昨夜から宿泊しているナムツ鉱山の迎賓館です。鉱山を視察に来られるえらいさんがお泊りになる宿舎で10名程度しか泊まれませんが、専任の料理人もおられていて立派なものです。鉱山を見下ろす山の中腹にありました。
7時が始業開始時間のようで、起床後直ちに鉱山のナムツ駅に下りて始業前からの撮影を開始しました。
04_同乗者▲ 6:27、駅に参りますと既に先客がお待ちでした。今日我々がフォトランする列車があるのを聞きつけた住民の皆さんが同乗するためにたくさんの荷物をもって用意されていました。これだけの荷物を持って歩いて行くのは大変ですね。不定期列車が走る際は日常的に行われているようです。

05_グース▲ 真っ先に見えたのは日野トラックを改造したグース(1988年製)です。運転席に乗っかっているにはエンジンの冷却用水タンクです。
06_13号機_機関区06_13号機06_13号機_プレート▲ 今日のフォトランは小型タンク式の13号機です。
車体側面のプレートには、イギリスロンドンのカースチュアート・アンド・カンパニー(KERR STYART&COLTD)社で1914年に製造されたと記載されていました。
ナムツ鉱山鉄道開業当時に活躍したSLと思われます。
既に99歳です。山間路線で酷使されていたと思いますが、よくぞ朽ち果てずに元気に復活、活躍しているものですね。
変わっているのはロッドです。今まで見てきたのは断面が長方形でしたが、この機は丸形の棒でした。
06_13号機_動輪

06_13号機サイドビュー▲ 13号機のサイドビューです。今回稼働するのは、2012年11月にFarRail一行が訪問されてからで、1年4ケ月ぶりだそうです。
06_13号機_撮影▲ 7:18、丁度朝日があたってきました。熱心なM2さんは地面に伏しての激写です。

06_13号機点検206_13号機点検306_13号機点検4▲ 運転前の点検が佳境を迎えています。
ボルトを締めなおす、油をさす、何かしらバルブを閉める作業が念入りに続きました。

じっと側で先輩たちの作業を見守る若者は見ながら勉強しているのでしょうね。

▼ 機関区ヤードには廃車になったSLが展示されていました。
下はその説明板です。
FarRaikの資料によると、13号車以前に1907年~1913製の蒸気機関車12両、以降を入れると総数47両があったと記録されています。ナムツ鉱山の最盛期には、数10本もの煙が立っていたのですね。
07_展示SL説明板07_展示SL07_42号機▲ 車庫内には明日チャーターする42号機が置いてありました。今日整備点検をするそうです。

【 ディーゼル機関車 】
1979年製の10両が最初で1996年までに総数13両のディーゼル機関車が投入されています。
08_DL205号機08_DL205号機銘板▲ 1979年、O&K社製の205号機です。
この時期に投入されたディーゼル機関車は、全てO&K社製です。その後1992年Diema製が2両、1996年C&L社製が1両投入されています。ほぼ全車両が揃っていました。

しかし車両塗装が各車両とも違っているのは何か特別な意味があるのでしょうかね。
08_ディーゼル機関車
【 グースとレールカーたち 】
05_グース_左サイド09_グースエンブレム▲ 左サイドから見た日野トラック改造のグースです。駆動後輪のベルトは日本製でした。運転席前方は曲面ガラスを使ってあるところを見ると比較的新しいボンネットトラックだったようです。
製造された後、どういう経路を経てこんな山奥に来たのでしょうかね。
朝日に輝くエンブレムはとっても綺麗でした。
09_グース2▲ 車内にはもう1両のトラック改造のグースが眠っていました。「Bawmech」とのエンブレムがありました。実はもう1両、計3両があるはずなのですが、見損ないました。

10_レイルバス▲ レールカーは小型が2両ありましtが、これももう2両、計4両が在籍しているはずです。グースと合わせて次回の宿題となりました。

【 客車、貨車たち 】
11_客車111_客車2▲ 鉱山鉄道ですので客車は少なく、お偉いさんの視察や来賓客がある時に使用されたようです。
今回も3日目に連結していただきました。
その他の客車は資料を探しましたが、ありません。実際に見たのは1両だけで、あとはロングシートを取り付けた作業木造車2両だけでしたが廃車扱いされていました。
12_貨車0112_貨車02▲ 貨車は鉱石運搬車が99%を占めていますが、特殊車がありました。上にド派手な車はタンク車です。工場で使用する何かの薬品を運んだと推測します。下は大きな石を砕く砕石機を乗せた車です。道床のバラスを作ったのでしょうね。

13_朝食▲ 7:29、迎賓館からトレイにのせた朝食が届きました。
目玉焼きを上に乗せた焼き飯、甘いコーヒーとお茶にペーパーまで付いていました。
フォトラン開始までに時間は余りありません。大急ぎで食べました。

食後、進行方向の反対側方向にチャーター列車を移動させて撮影を開始しました。
その2で第1日目の撮影記を掲載させていただきます。    Part4へ続く

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