ヘラン号による韓国一周乗り鉄旅

韓国の鉄道について全く関心も知識もなかったのですが、韓国版「トワイライトエキスプレス」とでも言うべき「ヘラン号」なる列車があることを知り、この列車で旅をしたくなり チケットが入手できたのでこの度 韓国内一周の旅を楽しんできました。ぶんしゅう様のような「戦闘的」な旅にはほど遠い安楽旅ではありますが、簡単にご紹介することにしましょう。

1.ヘラン号について                                     6年前の2007年春 北京オリンピックの際に南北合同応援団のためにソウルーピョンヤンー北京間の国際寝台列車が企画され 専用の新型車両が検討されました。しかし予算面から新造車を断念し、比較的車令の若い客車を豪華客車に改造することになりました。この改造が進む一方で韓国と北朝鮮の関係改善が叶わず、この国際列車計画は頓挫してしまいます。そこで韓国内の富裕層をターゲットにして、有名観光地を巡るツアーの専用豪華客車として 2008年11月にヘラン号がデビューしました。ヘランとは韓国語で「太陽と共に旅をする」という意味の造語だそうです。ヘラン号の日本語版パンフレットの一部を示します。

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現在ヘラン号は2編成あり、第1編成は一般募集のツアー用、第2編成は企業や外国人など団体専用に企画される特別列車用です。私が乗ったのは第1編成です。パンフレットにもあるように客車8両+電源車+機関車で構成されています。スイートは2名用個室が3室 即ち1両の定員が6名の最上級クラスで編成に1両です。次にデラックスは2名用個室が4室のもので編成に3両あります。スイートとの違いはスイートにはソファーがありますが、デラックスには椅子がなくベッドに座ることになります。ファミリーは1室3名(セミダブルと2段ベッド)が4室、編成に2両です。全車室にはトイレとシャワーがあり、ファミリー車にはデッキにもシャワー室がありました。以上6両の寝台車全車満室でも 2×3×1+2×4×3+3×4×2=54名/23室というゆったりスペースです。乗務員が7~8名乗っていて何人かが客室を使っていたようですから、実質の最大乗客は50名以下かもしれません。そのほかにラウンジカーと食堂車があります。また韓国の客車列車には必ず電源車が1両連結され、このヘラン号にも電源車が1両連結されています。寝台車の各室に電気温水器を装備するなど 通常の客車と違って消費電力量が非常に多いので通常の2倍の供給能力を持った電源車だそうです。機関車は非電化区間も走るため客車と同じ塗装色の専用ディーゼル機関車が牽引します。韓国のDLはすべて電気式です。申し遅れましたが 軌間は標準軌の1435mmです。

2.ヘラン号の旅について                                通常運行されているのは2泊3日の「アウラ コース」、1泊2日で韓国西南部を回る「シミレ コース」、同じく1泊2日で南西部を回る「ヘオルム コース」の3コースがあるようです。リピーターのために同じコースでも季節ごとに違う観光地に行くようです。いずれもソウル発ソウル着です。私は「アウラ コース」に乗ってきました。過去には近畿日本ツーリストやJALが日本人を対象にしたツアーを運行したようですが、今は個人で乗車券を予約、購入し、勿論日本ー韓国間の航空券やホテルなども自前で準備しなければなりません。2泊3日の旅とは言え、入出国のために前後各1日は必要ですから、最低4泊5日となります。ヘラン号の旅の中身ですが、長距離移動と宿泊が車内、食事は食堂車ではなく観光で立ち寄った各地の市中のレストラン、料理屋となります。トワイライトエキスプレスは食堂車での豪華ディナーをウリにしているのに比べて ヘランでは食事がありません。2003年に大邱(テグ)の地下鉄で放火事件があり、それ以降鉄道車両内での火気使用が法律で禁止されたため 食堂車の厨房も例外ではなく 本格的な調理ができなくなったようです。ただヘランの食堂車ではコーヒーやワイン、ビールそれにケーキ、フルーツ、おやつ類は無料で自由に飲食できました。考えようですが 毎回食堂車で食べるより、港町では刺身などの海鮮料理、次は焼肉、次は豆腐料理などと行った先々での特徴ある料理を食べられたのは良かったと思いました。さて基本的には各地の観光地を巡る観光ツアーですので、途中下車駅には観光バスが待っていて、バスに乗り換えて名所旧跡を巡り、食事会場に立ち寄り 駅に戻るというスタイルです。従って完全に「乗り鉄」旅行です。途中下車する駅構内を歩き回ったり、写真を撮る時間的な余裕もなく 殆ど車窓からの撮影になりました。とは言え 初めての韓国鉄道旅行でもあり 充分楽しめました。なお乗務員は若い男女のスタッフで日本語も通じるので 困ることはありませんでした。

3.旅日記 (車窓から感じたことなど)                                         広島空港からソウル(仁川)には毎日 アシアナ航空が1往復飛んでいるので 羽田に行くのと同じ1時間余で韓国入りできます。韓流ブームもあって、当地をはじめ西日本では韓国にショッピングや遊びにゆくのは 国内旅行感覚です。ヘラン号「アウラ コース」は毎週火曜日 ソウル発8:37となっていますので、前日にソウル入りし 当日8:00にソウル駅の集合場所へ行きました。外国人は我々夫婦のみで あとは全員韓国人でした。乗務員から説明を受け、車室のキーをもらって乗車です。我々の車室は機関車の次位 8号車でした。

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ソウル駅で発車を待つヘラン号。機関車は電気式DL 7383号機。

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8号車の通路。かつてのブルートレインにあったような折りたたみ椅子が通路にないので車室の扉を開け放しで両側の車窓風景を見ることになった。

 今回のコースは 地図に示すように反時計回りで、1日目は京釜線を南下し、大田から湖南線に入り、全羅線の順天まで。2日目は順天から慶全線、京釜線で釜山をかすめて東海南部線で古都慶州まで。3日目は中央線、嶺東線を深夜に北上して早朝正東津駅で日の出を拝み、Uターンして太白線、中央線を経由してソウルに戻るという経路です。勿論各日とも途中下車して観光や食事があります。

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 ソウルを発車してすぐに ラウンジカーに全員が集まって乗務員や乗客の自己紹介イベントがありました。子、孫が老父老母を招待しての家族が多く 孝養を尽くすお国柄を感じました。現役リタイヤーの中高年夫婦が多いのは日本と同じです。乗客総数 子供も含んで39名でしたから乗車率80%ぐらいという感じです。ラウンジカーでこの種イベントが何度か催され、夜はカラオケや乗務員によるミニライブもあり 韓国の人たちの優しさ、気配りを垣間見ることができました。ただ私自身は車窓風景のほうが気になって落ち着きませんでした。またこの若い乗務員さんたちは観光バスでの移動時のガイドさんも兼ねていて 外国語も堪能で優秀な人たちでした。

沿線風景ですが 都市部は超高層アパートが林立し、また建設ラッシュでした。郊外に出ると水田が広がり、日本と同じく田植え機で田植えをする光景が見れるのですが、その中を高架の高速道路があちこちで建設中で かつての高度成長期の日本を彷彿させられました。鉄道も例外ではなく、複線高架化、ショートカット化、軌道の強化が精力的に進められていて国をあげて公共投資が半端ではない現実を目の当たりにしました。さぞ土木・建築業界は潤っていることだろうと思われます。一方で山間部に入ると耕作放棄地や古民家の廃屋が散見され、都市部への人口集中が起きているようです。

貨物列車に注目すると、地方の小駅での貨物扱いは殆ど行われておらず、日本と同様拠点間のコンテナ輸送が主流です。石油類や薬品類のタンク車も廃車体を見ただけで殆ど無かったようです。そんな中で目をひくのはセメント用のホッパー車の多さです。全土が建設ラッシュですから セメントの消費量も膨大なのでしょう。

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ヤードに並ぶホキ群。各地で見られた。

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8091号機牽くセメント列車。中央線 堤川駅にて。

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都市部の駅にもセメントサイロがある。ホッパー車左手は景観を損ねないよううまく囲われているが 大きなセメントサイロ。

 次いで目立ったのは石炭輸送用のセキです。朝鮮半島の地下資源は北朝鮮側に偏っているそうですが、韓国内でもまだ炭鉱が操業していて 東北部の江原道太白地区で5つの炭鉱が稼働しているようです。石炭の用途はよくわかりませんが、かなり粒度の細かい状態で運ばれていました。焼肉屋ではなつかしい練炭が活躍していましたが、まさか練炭用ではないでしょうが。

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8044号機重連で到着した石炭列車。嶺東線東海駅にて。

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韓国内で最も標高の高い太白線 チュジョン駅。旅客列車は停まらない石炭積み出し駅。江原炭鉱からこの駅まではトラックで輸送されているそうだ。ヘラン号はここで停車し、標高855mと彫られた石碑前で全員の記念写真を撮るのが定番のようだ。

 3日目の4:47嶺東線正東津(チョンドンジン)駅に到着しました。この駅は日本海(韓国では東海と言う)の砂浜に隣接し、正東津日の出公園があり 日の出を拝む有名観光地です。丁度ソウルから真東にある港町なので正東津と言うのだそうです。リゾートホテルもたくさんあって、早朝の浜辺は若いカップルで大変なにぎわいでした。この朝は快晴とはゆかず、5:09に低い雲間から太陽が頭を出したのを見て 列車に戻りました。この駅で機回しが行われて、私の8号車は最後尾となり、貫通扉からの眺めを楽しめるようになりました。

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嶺東線江陵発清涼里行き始発列車が正東津駅に到着。

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正東津駅で機回しを終えて発車を待つヘラン号。在来線のプラットホームは低い。

もうひとつ車窓風景で印象に残ったのは 韓国には徴兵制度があり、市中では休暇中の若い兵士の姿があり そして今も臨戦態勢にあるということです。実はここの浜辺で銃を持った兵士の小隊とすれ違いました。そしてあとで貫通扉から浜辺をよく見ると 有刺鉄線と監視塔があり 銃を持った監視兵の姿に気付きました。

 

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嶺東線 正東津駅。単線のローカル駅だが日の出を見る駅として有名。よく見ると海岸には有刺鉄線が延々と続き、監視小屋には立哨兵士の姿もあった。

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トンネルの上にある監視小屋。長大鉄橋や長大トンネルには必ず監視小屋があった。

この旅行に出発する前にもっと下調べをしておけばよかったのですが、JTB CanBooksの「韓国の鉄道」に出ていた鉄道路線図を拡大コピーして持参していました。但しこれは1997年4月現在のもので、15年も前のものなので、勿論KTXの新幹線は出ていない代わりに、すでに廃線になった支線も記載されているので、廃線跡の築堤が近づいてくる光景などを楽しむにはもってこいでした。韓国の主要分岐駅の多くにはデルタ線があり、機回し、スイッチバックという楽しみが無いのは残念でした。下の写真は嶺東線から太白線に入る東栢駅のデルタ線の様子です。

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各地にあったデルタ線。正面に左右に走る嶺東線が見える。太白線に入ったところ。

どの写真を見てもお気づきのように、単線のローカル線でも道床は厚く、コンクリート枕木化され、ロングレール化も進んでいて日本のローカル線で見られるようなペンペン草が生えたヘロヘロした線路はついぞ見かけませんでした。嶺東線桶里ー深浦里間にはつい最近までループ線、スイッチバックで山越えする羅漢亭越えという難所があって 「韓国の鉄道」誌にもトップクラスの撮影場所として紹介されていました。残念ながらこの名所は全長16.7Kmのトンネルで抜けてしまいました。かつての杉津越えと北陸トンネルのような関係です。このトンネルの中間地点には交換設備があるとともに、複線化対応の準備もされ、また緊急時および点検用も兼ねているのでしょうが、歩道がしっかりと作られていました。

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かつての難所を長大トンネルで抜けて 新しい桶里駅を通過したところ。右手に登ってゆく線路が旧線だったようだ。

この新しい長いトンネルもそうですが、各地の長いトンネルやカーブしていて出口が見えないトンネル内には1Kmおきに両出口までの距離が大きく明るくLED表示されているのにも感心しました。日本でも高速道路ではよく見かけるようになりましたが、鉄道トンネル内であのような表示を見たことがありません。軍事的な緊張感も影響しているのかもしれませんが、韓国鉄道の優れた一面を見た気がしました。

この山越えのショートカットと同様に 中央線の砥平あたりでも川に沿ってくねくねと走る単線を一気にまっすぐな複線トンネルと複線高架でショートカットする区間もありました。保津峡のような感じです。

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複線高架の新線から旧線を望む。旧線も使われているのかレールが錆びていない。

標準軌であり、軌道の保守状態も良く、牽引するDL7300型が最高時速150Kmの高速性能を有することから 平坦な直線区間では100Km以上で驀走するので、最後尾の貫通扉からのスピード感は相当なものでした。

各地の機関区にはターンテーブルがあり、しっかり活用されているように感じました。DLはすべてがアメリカタイプのセミセンターキャブで逆行時には相当視界が悪いように思います。牽引機の7300型の最大長は19.6mです。そしてあちこちにデルタ線があるため戻ってくると逆向きになることが多いので 運転しやすい向きに転向させるのでしょうか。

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各地で目にしたターンテーブル。東海南部線釜田駅にて。

以上 主に車窓から感じたことを中心に韓国の鉄道をご紹介しましたが、何しろハングルは読めず 誤解していることもあろうかと思います。ソウルー仁川空港間の空港電鉄やソウル近郊電車線にも乗り、また水原近くの鉄道博物館にも行きましたが、これらはネットで検索するほうが情報が豊富なので割愛します。

4.日本版ヘラン号はできないか                              国鉄民営化でJR各社に分割され、長距離列車や夜行列車が姿を消し急ぐ人には便利にはなった反面 我々には魅力の乏しい昨今ですが、JR各社の垣根を越えて 日本全国を周遊する日本版ヘラン号はできないかと夢を描いてしまいます。青函トンネルや瀬戸大橋もあるので、少なくなったとは言え、現存路線だけでも数多くのコースが設定できます。ヘラン号のように食事は車外として、移動と宿泊を車内とすれば良いのです。客車は今なら改造に耐える種車は残っているでしょう。機関車はDD51で もし非力なら重連で電化区間、非電化区間も気にせずに走り、夜になればどこかの駅の待避線で夜明かしする。各JRの運転士がバトンタッチすれば、できない話ではないと思うのですが。外国人観光客にも喜ばれるでしょうし、フルムーン旅行にも最適でしょう。クローバー会ご一行様の「京都発稚内往復1週間の旅」も夢ではなくなります。こんなことをどこが音頭をとってやるのかが問題でしょうが、全国をマタにかける意味ではJR貨物と旅行社が組んで新会社を興すのも良いか・・・・などと考え出すと 空想はふくらみます。

5.その他                                            「韓国の鉄道」記載の鉄道路線図が古いので ソウルの大きな書店に行って 最新版の路線図や時刻表がないかと探しましたが、店員さんに聞いても そんなものはないと言われました。帰国後ネットでわかったのですが、時刻表も廃刊となったらしく やはりバス中心の国なのだと思いました。

また一度も鉄ちゃんの姿を見ませんでした。鉄道模型メーカーはあっても、国内では鉄道そのものが趣味の対象ではないのでしょう。鉄道博物館も幼児を連れた家族連れが少しいましたが、閑散としていて 鉄道歴史博物館の様相でした。

今回ヘラン号の乗り鉄で 当たり前に思っていた日本の鉄道風景を考えるきっかけになりました。例えば なぜあんなに日本の駅はうるさいぐらい放送するのかです。韓国の駅には改札口もなく 放送も殆どなくそれでも整然と乗り降りしています。発車のベルも鳴りません。ソウルではホームドアがかなり整備され 駅員の姿は殆どありませんでした。やれ黄色い線まで下がれだの、空いた扉に分かれて乗れだの、聞こえよがしに「安全よし!」だのと もっと静かな駅にできないのか。自分の身は自分で守ることを忘れてしまい、責任を問われることを恐れ、一体いつから日本は民度が下がったのかと思わずにはおられません。外国人から見れば奇異に見えることでしょう。世界一の鉄道とは時間が正確なだけではないはずと思い知った旅でした。

3日目の17:00無事ソウル駅に到着しました。乗務員から 道中あちこちで写してくれたスナップや記念写真をお土産としてしゃれたUSBメモリーのかたちでもらって解散しました。

最後に参考までにヘラン号の費用ですが、デラックスクラスで2人で  1,950,000ウオン(約185,000円)でした。2泊3日の乗車券特急寝台券はもとより、各地でのバス移動、見学先の入場料、計7食の食事代(アルコールは飲み放題)、おやつ類や記念写真代などすべてを含んで2人で185千円ですから、決して高くないと感じました。3日間全く現金不要でした。勿論韓国往復費は別ですが。なお おひとり様での旅では1,950,000ウオンから330,000ウオンが割り引かれて1,620,000ウオン(約154,000円)だそうですが当然ながら割高です。なおヘラン号の予約は東京にある韓国専門旅行社 三進トラベルサービスが扱っています。

ヘラン号による韓国一周乗り鉄旅」への3件のフィードバック

  1. 西村雅幸様
    ソウル駅のヘラン号牽引のDL7383号を見て、「ちょっと待てよ!」と思い1970年に東大邱(ドンデグ)からソウルまで乗った特急列車の機関車の写真を探しましたら顔がよく似ています。この特急は観光号かセマウル号かハングルなのでよくわかりませんが、観光号であったような記憶があります。その時撮影したのは7002と7003なので7300型とは年代が異なると思いますが顔はそっくりです。GMの機関車はいろんな国で見かけますが、多分スタイルが統一されているのかもしれませんね。韓国は全体に赤茶けた山肌が多いように感じましたが列車から見てどうでしたか。
    ところでヘラン的発想の列車は日本でも計画されているやに聞いております。日本は細長く狭い国で幅がありませんが、距離はそこそこあるようです。それに地域によっていろいろな文化や歴史があり風景や気候も変わるので変化に富んでいます。ヘラン号は豪華列車ですが、のんびりした鉄旅のニーズはあると思います。難を言いますと日本はちょっと乗り物、宿泊、飲食等旅行費用が高く、治安がいい割には諸外国の人にはまだ敬遠されているように感じます。私は金なし暇ありの人間ですので高い駅弁よりも駅前の店によく飛び込みます。甲府や名古屋駅太閤口の牛丼屋、盛岡、奈良のラーメン屋、鶴橋の中国料理屋等列車待ちでよく使います。
    現在、韓国と日本との関係がぎくしゃくしておりますが、話をしてみると欧米人と異なり同じアジア人であるため非常に親近感を感じます。またのご報告をお待ちしております。

  2. 順特急様
    コメントありがとうございます。台湾の比較写真 楽しく拝見しています。撮影された1968年3月と言えば私がDRFCに入会する直前、高校を卒業して東北夜行旅をしていた頃です。入会すると準特急様はじめキハ82大好きのM氏など4回生の皆様は雲の上の存在だったことを思い出します。例会やBOXで台湾旅行が話題になった記憶がありませんが、阪急京阪論争の陰に隠れていたのか・・・。さて韓国7002,7003号機ですが GM製で京釜線の花形として君臨したようですが、後継機の登場で1986年に6300型に改番、そして97年には全車廃車されたようです。ヘランの7300型は現代精工製の国産機ですがスタイルは踏襲していますね。車窓から見る山河ですが、赤茶けた山肌も少しは見ましたが、松や広葉樹が多く荒れた印象は受けませんでした。40年の歳月が山を再生したのでしょう。里山はむしろ良く手入れされている感じでした。日本版ヘランですが確かに日本は乗り物、宿泊、食事が高いですね。ただ低コストのツアーのためには知恵を出せばまだまだ工夫の余地はありそうに思います。日韓関係はぎくしゃくしており、行く前は少々心配したのですが、旅行中不快な思いは一度もせず、むしろ困っていたときに若い人が声をかけてくれて随分親切にしてもらったことが多く、見方が変わりました。そう言えば東京のどこかの駅で転落した人を助けて落命したのは若い韓国人だったことを思い出しました。ヘイトスピーチなる罵詈雑言を吐く輩が話題になっていますが、恥ずかしい限りです。話がそれましたが、日本版ヘランが実現するのを楽しみにしましょう。 

  3. 西村雅幸様
    ご指摘有難うございます。DL7383号機は韓国製の機関車なのですね。スタイルはGMそのものに見えます。そういえばタイでも韓国現代製の寝台車に乗りましたし、台湾で乗った区間電車にもかなり大宇製が入っていました。
    学生時代の思い出も有難うございます。
    今、NHK大河ドラマ「八重の桜」ではハンサムウーマンという言葉がよく紹介されていますが、貴兄など正しくハンサムボーイでした。大河ドラマでは男前とかかっこいいというよりも頭がいいとかりりしいという様な意味で使われていたものと思います。スマートと同義語にとらえています。M氏もちょっと細身のハンサムボーイでしたが、今はどんな感じになられたのでしょうか。M氏からはキハ82のデザインは完璧であること、客車はスハ43系が一番であることなど聞かされました。私は新入生が入会してきた例会などで野次を飛ばしていたと総本家さんに言われたことがあります。いつも雲の下にいる気でいましたがそうでもなかったのかもしれません。

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