京都市電 余話 その2

稲荷線の開業年の謎
前回(その1)で、新聞社とのやり取りで議論になったことがある。市電稲荷線(勧進橋~稲荷)の開業年が二通りあると言う。鉄道線の開業年は、創設年や廃止年は、明確に記されており、原稿作成に当たっても複数の資料から裏付けを取るようにしているが、その後の新規開業や短区間の開業などについては、私自身もあまり意識せずに、原稿作成でも漫然と書籍・雑誌から転載しているだけだった。とくに稲荷線は、京都電鉄から市営に継承された路線だけに、京都電鉄時代の原資料はほとんどなく、勢い二次資料、三次資料を頼らざるを得ない。
IMG_20160115_0003記事掲載に当たって、新聞社も手持ち資料を当たってみたが、開業年に答えが見出せず、試しに、私も手持ちの資料を調べて見たが、確かに違う。 ひとつは明治37(1904)年8月4日
さらに、明治38(1905)年8月4日もある。
月日は合致している。年だけが、一年だけ違うが、気にはなってくる。

 

伏見・稲荷線の廃止に当たって、交通局では廃止パンフを大量に配布した。当局が廃止のパンフ゜を作成したのも、これが最後だった。これには、明治38年と記載されているが


IMG_20160115_0004大きく分けて、趣味者向けの書籍・雑誌は前者、交通局の資料・文書は後者を採っている。私も原稿作成では趣味者向けの書籍・雑誌にならって明治37年を採用していた。
さらに調べると、別記のように、免許、着工年も載った記事を趣味誌から見つけた。この着工年が正しければ、わずか一ヵ月間で、開業を迎えたことになる。わずか0.9キロ、当時は工事を阻むものは何もなかった(京阪との交差は、明治43年のこと)はずで、不可能ではないかも知れないが、さすがに一ヵ月では無理だと判断して、今回は、交通局説の明治38年を採ることにした。当局の資料から趣味者が転載する際、どこかの段階で、誤認が生じ、趣味誌に連綿と継承されていったのではとも想像できる。“たかが一年、されど一年”である。

1 thought on “ 京都市電 余話 その2

  1. 総本家さん、京都新聞の方に「日の出新聞」で確認されましたか?と言ってみたら如何でしょうか?私は府立資料館で京阪、京津の事を調べていた時は、京都新聞の前身である「日の出新聞」を見ていました。初発行が明治28年以前であったようですから記事掲載の可能性があります。私はフィルムで保存されていたものを拡大して見ていました。今は一般には見せていないとかですが、京都新聞なら保存していないでしょうか。京電の事故など掲載されていました。当時コピィ1枚50円でしたので京阪関係のものしかありません。

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