少し昔の三原、糸崎駅界隈

山陽鉄道の遺構や広島地区の情報で大活躍の西村雅幸さんのお住まいの三原駅付近で撮影したものが少々ありましたので御笑覧下さい。

まず、最初は糸崎区のC59161が牽引して三原駅に進入する東京発寝台急行23列車呉線経由広島行き「安芸」。1965年4月4日の撮影。先頭は座席指定の2等でオハニ36、2両目はマロネ41、3両目の大柄な車体はオロネ10、6両目は遠くて分かり難いがマシ38と思われる。客車の大家に判定をいただきたいが要するにこういう列車が最も輝いて見えたように私には思われた。「安芸」は三原を出ると車窓左手に瀬戸内海を見て広島までの2時間近くを走る。ワイドビューとかオーシャンビューとか言われる特急列車よりも豪快な汽笛を聞きながらの蒸機急行の旅の方がずっとよかったと思うのは私だけか。なお。このC59161は広島市内に保存されている。▼

 

多分三原駅と思うが4月1日の糸崎発呉線613列車広島行き牽引の糸崎区D51761。この日同機は早朝の準急「ななうら」で広島に行き、徳山発の614列車で糸崎に戻り、夕方この613列車で再度広島に向かっている。呉線でD51が貨物以外に旅客列車に投入されると本命のC59、C62の撮影機会が減るのでこの日はがっかりしたことを覚えている。自転車の人が踏切で列車の通過待ちをしているが何となくのんびりした感じがする。この日はこの列車の撮影後に因島に向かっている。▼

 

三原駅を出た呉線は沼田川の橋梁を渡り景勝地のひとつ須波に向かうが、写真は同じく糸崎区のD51818牽引の上り貨物。この場所は西村邸から近いのではないか。4月1日撮影。この橋梁は昭和4年汽車製造株式会社製作である。▼

 

次に機関区のあった糸崎駅であるが、情報によると寂れた感じとのことで長万部もそうであるが、昔を知る人間は唖然とすることが多い。この電車の撮影は4月3日でメモによると三原発954M姫路行きでクハ86001岡オカと書かれている。場所の記入がないが左は呉線637D気動車で恐らく糸崎駅と思われる。▼

 

上の写真撮影の丁度1年前で東京オリンピックのあった1964年の4月3日に糸崎駅を出発する下り本線貨物列車で牽引機は広島区のD52348である。本線電化後も貨物には蒸機が多く残っていた。▼

 

最後に三原から糸崎に向かう気動車から撮影した廃車体のC59116と新製交流電機で三菱重工業の敷地と思われる。なお、C59116は1962年10月に広島で撮影している。▼

3 thoughts on “少し昔の三原、糸崎駅界隈

  1. 準特急様、
    西村氏もそうですが貴兄も大活躍のご様子、嬉しく読ませて頂きました。
    マシ38は窓が大きく、旧型の食堂車の中では近代的な風貌でした。たしか最も早く冷房装置を搭載した食堂車だったと思います。中ヒロで写真を撮っています。
    なつかしい写真をまた見せて下さい。

  2. 米手作市様
    客車の大家より即返を頂き有難うございます。冷房と言えばマシ38と南海電車の2000でしたね。食堂車、寝台車などを連ねた定期急行列車は撮影していても面白く、デコボコ編成でしたがそれがかえって貫録ある長距離急行列車に見えました。名古屋から大阪に向かう時にいつも利用するスマートで速い153系準急「比叡」をやめて客車急行「雲仙」を利用し、食堂車マシ29で一番安いチキンライスを食べた思い出があります。

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