昭和46年 46年前の飯田線合宿(2)

温田ユースで泊まった翌日7月27日は雨もあがってまずまずの天候だったようです。

昭和46年7月27日 温田にて 上り貨物EF10

朝の温田駅風景。この日は平日で通勤、通学客でにぎわっている。

各自思い思いの場所へ向かいましたが、私は天竜峡、飯田を過ぎて市田まで行ったようです。なぜ市田で下車したのか覚えがありません。

市田・下平間で上り電車。夏草が生い茂り、見通しが悪い。

ほぼ同じ場所で上り貨物ED196

ED19がデッキの扉を開けたままで走行しているのは、乗務員の暑さ対策なのか、機械室内の通風のためなのかよくわかりません。他の列車でもED19が扉を開けて走行しているのを見ました。

伊那大島・上片桐間 下り貨物ED195 これも扉開放。

上片桐駅の側線に退避中のED195 側面の機械室の窓も開けてある。

上片桐駅に扉の多いクハユニ56を先頭に下り電車が到着

このあと、上片桐から折り返して金野へ戻ったようです。

金野にて 上り急行「伊那」80系 基本4連にクハ+モハ増結の6連

上り貨物EF10

クモハ52を含む下り電車

前報で温田1泊と書いてしまいましたが、温田で2泊したようです。そのためにこの日は上片桐から引き返したことが「青信号」の記事で判明しました。またこの記事には温田で1900生殿が合流されたとありますが、覚えておいででしょうか?(続く)

2 thoughts on “昭和46年 46年前の飯田線合宿(2)

  1. 「記事の続きを読む」が挿入されていなかったので勝手ながら修正しました。
    写真の挿入ですが位置は中央に、サイズはフルサイズにされた方が見やすくなります。
    よろしくお願い申し上げます。

  2. 1枚目の写真と同じものが私も撮っているところから、2日目の朝に西村さんと一緒に撮ったものだったのですね。私は金野へ行って、それから写真の順番から天竜峡へ行っています。天竜峡でだれかさんと会ったようで・・・ところで、伊那大島-上片桐間のED19の撮影場所はひょっとしたら「イメージは木枯し紋次郎」と一緒かもしれませんね。あいまいな記憶がよみがえってきました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

wp-puzzle.com logo

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください