全盛時代の京都市電600形を撮る (2)
ちょっと留守にしている間にも、宮崎様や米手さんから、京都市電の貴重な写真がアップされ、楽しんでいます。これに乗じて、た~ちゃん撮影の昭和30年代の600形をもう一度載せました。
95両が製造された600形ですが、更新・改造が多く行われ、600形のまま残ったのは僅かでした。これも、ある意味600形の特徴とも言えるでしょう。一次車601~685は、終戦後の酷使や、軽量車体による車体歪みなどが発生し車体更新が行われます。先欄のコメントでも話題になった、側面中央部の垂れ下がりの有無が、更新前後の見分けポイントです。
そのあとは、未更新車のなかから、2600形ワンマンカーへの徹底した改造に移ることになります。昭和39年から18両が改造され、新製された2000形とともに、京都初の連結市電として活躍することになります。その後は、1600形ワンマンカーの簡易改造へと移り、昭和41年から63両が改造されました。結局、600形のまま残った一次車は4両のみでした。なお、戦後製の二次車686~695は、大きな改造を受けることなく、最後までツーマン車として使用されました。
▲600形を先頭に、烏丸車庫前でズラリと発車を待つ市電群、すべて形式が異なる、市電全盛時代のシーン。
▲烏丸車庫前で最新の700形と顔を並べる。700形は昭和33年から製造が始まった。さすがに、その差は歴然としていて、600形も昭和31年から順次、更新が始まる。
600形の車体更新は、局内では「20年締替え」と呼ばれ、昭和31年から施工が始まり、昭和37年まで、一次車601~685のうち、63両が更新された。おもな施工箇所は
・車体・台車・台枠の補強
・検修の便のため側面中央部の垂れ下がりを撤去
・方向幕横に通風器を増設、尾灯の形状も変更
・車内照明の蛍光灯化
正面幕板部の通風器の配置については、宮崎様の戦前写真を見てもわかるように、新製時は、正面左に通風器、右は行先表示窓、のちに変更され通風器は右に、左は埋められた。そして、20年締替えで再度変更されて、左に通風器が復活し、左右両側となった。
▲更新未施工の654号、その後、更新され、さらに1600形(1649号)へ改造を受けた。▲上総町で広い紫明通を横断する。左手、ボンネットバス(京都バス)、ダイハツミゼット、そして600形と、昭和30年代の代表的な乗り物が見事に揃った。
▲まだ歩道のない、栄光館前の今出川通を行く。側面中央の垂れ下がりがなくなり、更新を受けたことが分かる。▲河原町今出川西入る付近を行く1号系統。中央に「市電・市バス乗客調査」の木製看板を取り付けている。▲こちらも更新を受け、車体を輝かせ、東福寺の電停を出て、九条の陸橋に掛かる602号。背後の第一日赤病院の建物も、近年、新しくなった。