選挙と広電

第24回参院選が公示され選挙戦が始まりました。すると広電恒例の啓発花電車が走ります。22日の中国新聞記事をご紹介します。

平成28年6月22日 中国新聞

平成28年6月22日 中国新聞

この写真では判りにくいのですが、使用される電車は元神戸市電の582号の筈です。かつて570型は17両もいたのですが 今ではこの582号1両だけとなっています。3年前の第23回参院選のときに I氏と一緒に撮影したショットを添付します。もうあれから3年経ったのだと 暑い夏の日を思い出しました。次回平成31年の参院選のとき この582号が元気でいるかどうかも気になりますが それよりも自分自身が元気でカメラ片手に広島の街を歩いているかを心配した方がよいのかも。まずは今回 7月10日までに一度出かけないといけません。昨夜来の大雨が上がり、晴れ間も見えてきたので 善は急げと出かけようと思ったら、瀬野付近での土砂崩れで115系4連が脱線して不通になっているそうで、出鼻をくじかれました。日を改めて出かけることにします。

平成25年7月17日 福島町にて

平成25年7月17日 福島町にて

43年前の越美北線

ぶんしゅう殿の越前路の旅が連載され、なつかしく拝見しています。1973年(昭和48年)3月に越美北線を訪ねた際に追いかけたカマ28651が九頭竜湖に保存されていることを初めて知りました。以下は白山の山なみがまだ真っ白な3月15日の撮影です。

市波-小和清水間 足羽川鉄橋を行く 8153レ

市波-小和清水間 足羽川鉄橋を行く 8151レ

水害で橋が流され、長く不通となって廃線も話題になったのは確かこの橋だったように思いますが、ウロ覚えです。

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「兵庫・鷹取工・高砂工・姫路5」に寄せて

久方ぶりに湯口大先輩のお宝画像が登場し、じっくりと拝見しています。その中で控車ヒ104が紹介されました。釈迦に説法のようで恐縮ながら、控車には航送用と構内用がありました。このヒ104は構内用だと思います。大きな駅や操車場で入換機関車とセットで使われていました。さすがに私はヒ100を見たことはありませんが、ヒ600は写していました。

昭和44年7月28日 津山駅 C58236+ヒ628

昭和44年7月28日 津山駅 C58236+ヒ628

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広電ビール電車

よく冷えたビールが恋しい季節になってきましたが、こんな記事が載りました。詳しくは6月20日に広電ホームページにお知らせが載るそうです。

平成28年6月14日 中国新聞朝刊

平成28年6月14日 中国新聞朝刊

車両は768号のようです。768号は昭和40年代に大阪市交から広島にやってきた古老ですが、窓回りなどはかなり改造され、台車まで赤く塗られているようです。ところで 定員26名、広島・西広島間往復1時間40分で129800円だそうです。定員一杯の26人の団体として ひとり約5000円です。ビール飲み放題でお弁当付きだそうですが 決して安くはないように思います。そう思うと昨年の広島ツアーでの貸切電車は もちろんビールも弁当もありませんが 28名 約1時間で15000円 おひとり535円はお得感一杯でした。

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がんばる井原鉄道

運行管理収支、旅客数が右上がりの井原鉄道です。第三セクター鉄道ですから自治体負担分を含めた会社全体の収支でも評価すべきでしょうが、少なくとも旅客数の増加は営業努力の成果として拍手を送るべきでしょう。通勤、通学の定期券収入の多寡が命運を分けることも確かなようです。なお旅客数の増加、収支改善には 昨年米手作市様ご夫妻も貢献されております。

平成28年5月27日 中国新聞朝刊

平成28年5月27日 中国新聞朝刊 井笠 おかやま面

同紙 中国総合面

同紙 中国総合面

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吉備線LRT化の動き

中国新聞に小さな記事が載りました。

平成28年5月25日 中国新聞朝刊

平成28年5月25日 中国新聞朝刊

今年度中に何らかの方向付けがなされるようです。岡山のベッドタウン的なエリアであり 大学や吉備路の観光スポットもあり、平坦地のためLRT化には好条件がそろっているように思えます。山陽本線をまたいで1067mmの岡山電気軌道とつなげば、更なるメリットも期待できるのではと思います。吉備線はかつての中国鉄道ですから、駅間も短く、福塩南線のように買収私鉄の雰囲気が残る路線です。沿線には中国鉄道時代の橋台や橋脚がいくつも残っています。いまのうちに記録しておかねばと思っています。やや古いスナップですが備中高松駅の交換風景を添付しておきます。ついでに稲荷山支線も復活してもらえば言うことないのですかが・・・。

平成23年9月10日 備中高松駅にて キハ403001と交換

平成23年9月10日 備中高松駅にてキハ403001他 プラットホームが中国鉄道時代の低いまま。

福塩線の通学列車を追って

また福塩線か、また中国地方かとブーイングが聞こえてきそうですがご容赦を。「中間考査」なるものに縁がなくなって50年近くが経ちます。徹夜で丸暗記とか、ヤマをかけてマル外れとか、一旦昼寝してから夜に勉強するつもりが熟睡してしまって赤点とか そんな思い出多いのが私のテスト期間です。今どきの高校生たちのテスト期間中の様子や通学列車の雰囲気を見たくなり、丁度どですかでん氏が日帰りで福塩線の乗り鉄に来られるのに合わせて出かけました。列車本数も乗客も多い都会の鉄道では通学生はそれほど目立たないでしょうが、通学生が頼みの綱の地方線区では学校行事と列車運行が連動している状況を今まで考えたこともありませんでした。今回は撮り鉄ではなく、乗り鉄なのでマイカーを使わず JRに貢献することにしました。

福山発11:15の府中行き243Mに乗ります。福山市内の高校も中間試験中なのでしょう。こんな時間帯に いろいろな制服の高校生が大勢乗っています。沿線には大学もあるので大学生も乗っています。

平成28年5月19日 福塩線243Mの車内

平成28年5月19日 福塩線243Mの車内

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出雲坂根今昔

71661で湯口大先輩が見事に察知されたように、ここのところ木次線で盛り上がっています。湯口氏、東ウラ氏、どですかでん氏から貴重な俯瞰写真や新旧の案内図が次々と紹介され デジ青らしい盛り上がりを楽しませて頂いております。米手作市氏からは貸切列車で煽られておりますが、それは宿題にさせて頂くとして、もう少し火に油を注いでみたいと思います。手元にあります 昭和53年3月発行の「日本鉄道請負業史 大正・昭和(前期)篇」の木次線の項を開いてみました。すると開通直後と思われる スイッチバックの俯瞰写真が載っていました。

開通当時の出雲坂根

開通当時の出雲坂根

出雲坂根駅で交換したと思われる上下2列車がとらえられています。

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三井野原今昔

湯口先輩から木次線の貴重な写真が多数紹介されました。国鉄が唯一の交通手段だったことを如実に物語る写真の数々です。その中に三井野原駅に停車中のキハ024の写真があります。撮影日が昭和38年8月12日のようですが、それから47年後に偶然同じようなアングルで撮っていたカットがありました。

2010年5月3日 三井野原駅にて 1450D キハ120206

2010年5月3日 三井野原駅にて 1450D キハ120206

よく見ると ステホされたという右側の待合室の壁や屋根や縦樋は当時のままのように見えます。約半世紀前は出力60馬力のキハ02、そして現在は250馬力のキハ120です。レールバスがいかに非力だったのかを再認識しました。ひと駅走ってオーバーヒートはさもありなんです。ところで私の写真で 三井野原駅のホームに行列ができているのは団体客です。団体客と言ってもバスツアー客で 三井野原駅から出雲坂根駅間のひと駅だけ木次線に乗車し、スイッチバックを体験するという団体客です。開拓農家の方が乗り降りされ、冬だけはスキー客でにぎわった駅に 半世紀後には観光バスが横付けされてガヤガヤと多くの中高年が乗り込むことになろうとは地元の方は思いもよらなかったことでしょう。またこの待合室で寝泊まりした若者がいたことも。湯口先輩 貴重な写真をありがとうございました。続報を楽しみにしております。

中国新聞小ネタ2題

三江線と芸備線関連の記事2件です。

平成28年5月14日 中国新聞朝刊 

平成28年5月14日 中国新聞朝刊

この会場となっている広島県立歴史民俗資料館ですが 三次駅からは遠い「みよし風土記の丘公園」内にある施設で、旧三次宿の街歩きルート内にある市立歴史民俗資料館ではありませんので ご注意を。 続きを読む

新緑の福塩北線

4月11日に70299で福塩線訪問記を載せましたが、あれから1ケ月が過ぎ、先般のぶんしゅう殿との旅で新緑の美しさを再認識させられたこともあって 少し遅いかと思いつつ 新緑や田植え風景を求めて福塩北線沿線を走ってみました。何しろ府中・三次間の午前の部は5:00から10:00までの上下6本が勝負です。一方 午後の部で撮影できるのは15:00から日没までの4本です。昼過ぎの通学用臨時列車が走れば2本増えます。昼間の 列車の走らない時間帯を芸備線や三江線に場所を変えてもやはり列車がありません。従って5時間の空き時間を持て余すので たいていは午前の部狙いで早朝の出撃となります。今回は前夜の準備がまずく 早く起きたものの出発でもたつき、下り1番列車1721D三次行きには間に合いそうになく、上り1番列車1720Dからの撮影となりました。今回は今までに撮っていない場所に行くことにして まずは備後三川に向かいました。

平成28年5月13日 6:45 備後三川駅

平成28年5月13日 6:45 備後三川駅に到着する1720D府中行き

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三江線 住民説明会始まる

ローカルな話題でこの掲示板を賑わして恐縮ですが、ひとつの鉄路の消長のあゆみを後世にとどめてゆくのも「青信号」の特技と思って投稿しています。本日の中国新聞朝刊です。

平成28年5月13日 中国新聞朝刊

平成28年5月13日 中国新聞朝刊

明日から沿線各地で住民説明会が開かれます。その結果がまた紙面に紹介されると思います。引き続き転載してゆきます。

凝りもせず三江線ネタ

ぶんしゅう殿から新緑を訪ねる中国山地旅のレポートPart1がアップされましたが、Part3で三江線が少し登場すると思います。その三江線について またしても中国新聞に記事が載りましたので 凝りもせずご紹介します。

平成28年5月12日 中国新聞朝刊

平成28年5月12日 中国新聞朝刊

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三江線関連の小ネタ 1題

オバマ大統領の広島訪問決定が大きく報じられている今朝の中国新聞の片隅に載っていた記事のご紹介です。

平成28年5月11日 中国新聞朝刊

平成28年5月11日 中国新聞朝刊

三次のターンテーブル復活

今朝の中国新聞朝刊に三次のターンテーブルが東武鉄道で再活用されるとの記事が載りました。

平成28年5月10日 中国新聞朝刊

平成28年5月10日 中国新聞朝刊

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ゴールデンウイークの三江線

廃止が取り沙汰されると行ってみよう、乗ってみようという人が増えるのが常ですが 三江線もにぎわっているようです。

平成28年5月4日 中国新聞朝刊

平成28年5月4日 中国新聞朝刊

神高(じんこう)鉄道について

中国新聞に福山市市政施行100周年にちなんだ記事が連載されているのですが、ようやく鉄道関連の記事が載りました。

平成28年5月1日 中国新聞朝刊

平成28年5月1日 中国新聞朝刊

昨年の広島ツアーや先般の三江線ツアーの行き帰りに福塩線や井原鉄道を楽しまれた方もあったかと思います。記事にもあるように神辺・高屋間は すでに福山・府中間で開業していた両備軽便鉄道が大正11年に支線として開業しました。備後の国から備中の国に足を踏み入れてまさに両備となりました。昭和3年2月大日本帝国陸地測量部発行の1/25000地図「神邊」を見てみますと 「りようびこくぶんじ」駅が田んぼの中にあり、「両備輕便鉄道」と記載されています。 続きを読む

クモルがあるのにキルがない!?

事業用車両のひとつに配給車があります。形式名に「配る」の「ル」がつきます。国鉄時代には各地にあった用品庫から管内の機関区や駅などに部品や物品を配送するために使われていました。客車なら荷物車などを改造したオルなど、電車ならクモル、クルをよく見かけました。今でも現役のクモルは電車区などで見ることができます。貨車にも「配給車代用」貨車がありました。「配給」という言葉も昭和の言葉ですね。救援車も同様に客車ならオエ、スエなど、電車ならクモエ、クエ、貨車にもエがありました。そう考えると なぜ気動車改造の配給車がなかったのだろうと 素朴な疑問がわいてきました。

一方手元にある模型車両や部品の整理をしていたところ、大破したディーゼルカーの車体が出てきました。これは修理が難しそうなので不燃物として捨てようと思ったのですが、そこでひらめいたのが気動配給車の製作です。そしてでっちあげたのが「キル」です。

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なつかしい丹波橋

京阪と近鉄の相互乗入で盛り上がっていますが、元墨染の住人として興味深く拝見しています。諸先輩方も数多く記録されていると思いますが、私も相互乗入の晩年を少しだけ撮影していますので恥ずかしながらご披露致します。まずは1900生さんのコメントにある三条駅4番線の「チョコンと」から。

昭和43年9月 三条駅 準急奈良行き 723+823

昭和43年9月 三条駅 準急奈良行き 723+823

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三江線2題

またかと思われるのを覚悟でご紹介します。今朝の中国新聞です。

平成28年4月29日 中国新聞朝刊

平成28年4月29日 中国新聞朝刊

三江線は路線の3割が広島県、7割が島根県ですので島根県の方が関心が高いようにも思えます。これとは別の紙面にも小さい記事がありました。

同紙

同紙

次回の検討会は5月13日、5月中には住民説明会と進んでゆくようです。JR西は梅小路でがっぽり稼いで地方に還元する・・・という気はないでしょうね。私としては これらの動きも気にしつつ、新緑、こいのぼり、田植えの風景を求めて三江、芸備、福塩各線沿線をうろつくことにしています。