またしても中国新聞です。まずは広電の話題から。
5月3日から5日まで広島市の最大のお祭りとなったフラワーフェスティバルが開催されます。一昨年までは貨物電車51号を生花で飾った本当の花電車を走らせていたのですが、昨年からはラッピングになってしまいました。1002号がラッピングされているようです。
またしても中国新聞です。まずは広電の話題から。
5月3日から5日まで広島市の最大のお祭りとなったフラワーフェスティバルが開催されます。一昨年までは貨物電車51号を生花で飾った本当の花電車を走らせていたのですが、昨年からはラッピングになってしまいました。1002号がラッピングされているようです。
今朝の中国新聞朝刊に載った記事です。
5月11日(水)、19日(木)、6月3日(金)、26日(日)、7月10日(日)の5回開催だそうです。臨時列車が走るのかと思いましたが 三次発が9:57ですから 定期列車424D利用です。三江線のキハ120 300番台の定員は49席+63立席=定員112名です。このツアーの定員はmax40名だそうですから もし人気があって定員一杯になれば 定期列車424Dは席の取り合いになるかもしれませんね。多分増結はしないでしょうから 式敷までのコースなら30分弱ですから良いかもしれませんが、石見川本まで乗るコースでは2時間余りですから大変です。一方帰路は18:00に三次へ帰着ということは 18:00頃に三次に着く三江線列車はありませんので、列車利用は往路の定期列車利用だけです。三次市の補助金を使うために三次市内在住、在勤、在学者に限定なのでしょうが、三次市民以外にも門戸を広げて 但し割引はありませんとしても良いのではと思うのですが。人数が増えると増結やバスの増車なども考慮せねばならず面倒なので、定期列車の座席定員未満での募集なのかもしれません。いずれにせよこの5日間に三江線乗車をお考えの方がありましたら、424Dが混み合うことが予想されますのでご注意を。
70408「三江線余話」で4月21日に期成同盟会の中間報告が予定されているとの新聞記事を紹介しましたが、21日に開催された会議での報告内容が今朝の中国新聞に載りました。
手を引きたがっているJRと高額な負担には耐えられない地元自治体とのあいだでいくら議論を重ねても 前向きな結論が出てくるとは残念ながら思えません。特段の観光スポットもなく、通学生からも見限られた現状では、鉄道存続にこだわらず 沿線の高齢者の生活をどのように支えてゆくかという視点で現実的な手段を議論するしかないように思えます。
さてこの記事に並んでもう一つ鉄道関連記事がありました。伯備線のフリーゲージ化の話です。
鳥取県の思いは判らなくはないし、乗り換えなしで直行できる便利さは否定しないものの、巨額な投資をしてまで利便性を追求する時代とはそろそろさよならすべきだと思うのですが・・・。
なお以上とは全く関係ありませんが、福塩北線の昼間の臨時列車は沿線の高校が午前中で授業を終える日に走ることが判ったのですが、20日発売の時刻表5月号をチェックしたところ、5月は予想以上に多くの日に運転されることが判りました。8726D,8727Dの5月の運転日は5/7、8、14、15、17~20、24~28です。また同様に芸備線の8354D,8357Dは5/7、14、21、22、24~27に運転されます。福塩北線、芸備線三次・備後落合間はまだ通学列車のニーズがあることの証左でしょうか。先般の福塩線訪問でわかったのですが 高校生だけではなく中学生も通学に利用しているから こうなるのでしょう。福塩線に乗ってみようと計画されている方は 昼間に通り抜けられる日がありますのでご参考まで。
ぶんしゅう殿による三江線ツアーレポートはPart6まで済んで まだ続編があるようです。マイカーで参加した私は潮で皆さんを見送ってまた三次方面に戻りました。まずは皆さんを見送った始発422Dから。
ぶんしゅう殿の三江線旅日記も佳境に入ってきました。今朝もまずデジ青を開いてPart5を拝見したあと やおら中国新聞の朝刊を開いてビックリ! 第13面が全面三江線特集になっていて 潮のお立ち台からのカットなどが載っているではありませんか。全面記事をいくつかに分割してご紹介します。A4サイズに入りきらない大きな写真をつなぎ合わせる画像処理がヘタクソで恐縮ですが、ご容赦を。まずは潮から。
先の三江線ツアーの行きがけのついでに立ち寄った福塩線だったのですが、三江線と同様 数少ない列車ゆえにかえって写欲をそそられ 桜は済んだのですが あれ以来早起きして出かけています。
朝7:20頃の備後矢野駅です。左手に停車中の列車は1723D三次行きキハ120320です。入線してくるのが1722D府中行きキハ120324です。少し早く7時過ぎに駅に着いたので缶コーヒーを飲みながら待っていると親がマイカーで次々と中学生、高校生を駅へ送って来ます。自転車でやってくる子もいます。1723Dは早く着いて10分ほど交換待ちです。新学期が始まってすぐなので、列車通学に慣れていない中1生もいて寒いので半開きにしてあるキハの折り戸をどうして開ければ良いのか勝手のわからない子もいます。1723Dには三々五々乗り込んでいて満席です。1723Dに乗り込む子は上下、塩町、三次に通学するのでしょう。ホームで待っている子は1722Dで府中へ向かうのでしょう。通学区域も分水嶺のようです。下校時用に変則的な臨時列車が走るのもうなずける風景でした。
三江線の江の川春景色に触発されて 今朝は福塩線芦田川を訪ねることにしました。実は昨日が どですかでん殿に謎解きをして頂いた昼間の臨時列車が走る日だったので 出かけるつもりだったのですが 生憎の春の嵐になってしまい断念しました。今日はその高校生の帰宅用臨時列車は走らないので 数をかせぐにはやむなく暁の出撃となりました。
江の川もそうでしたが、芦田川上流にもいくつかの吊り橋があります。6:30頃ゆっくりと1723Dが走り去りました。1番列車である府中発5:28 1721Dに乗るには府中で前泊しなければなりませんが、この1723Dは福山に前泊すれば 福山発5:51の始発電車に接続しているので乗り継げます。
各地から12名が集まった三江線の旅ですが、その中で地元民である私だけは JRには全く貢献せずマイカーで参加しました。実は私は地元でありながら 三江線を訪れていないばかりか、福塩北線や芸備線も殆んど撮影していないのです。三江線と同様 早朝と夕方中心のダイヤである福塩線府中・塩町間を撮るチャンスと考え、早起きして5時にマイカーで自宅を出発しました。
三次盆地は馬洗川、西城川、可愛川が合流して江の川となる水の豊かな地であるとともに霧に包まれる地として有名です。ようやく明るさを増してきた6:40頃 馬洗川に面した吉舎には霧がたちこめ、霧の向こうから1722Dが姿を現わしました。乗客は1人だけでした。実はこれは1番列車ではなく、府中行きの2番列車です。1番列車は三次発5:15の1720Dで 誰が乗るのだろうと不思議です。この時期は暗すぎて撮影不可能です。
旧塗装に生まれ変わった653号が 今年も広電とRCC中国放送のジョイント企画「被爆電車特別運行プロジェクト」として4月、8月、11月に広島市内を走ることになっています。まず4月分の乗車申し込み受付が始まっています。運行日は4月23、24、29、30日の4日間 日に2便です。経路は 広電前→皆実町6丁目→比治山線→広島駅と回送され、広島駅前発10:30→西広島折り返し→原爆ドーム前(乗客下車)→紙屋町→広電前へ回送。午後 同様に広島駅へ回送後広島駅前発14:00で1往復の予定です。なお回送ルートは私の予想です。8月、11月の運行日はまだ発表されていません。653号は普段は千田車庫で昼寝の毎日ですから、広島の街を走る姿はこれらの日だけに限られますので お知らせしておきます。詳しくは広電やRCCのホームページをご覧下さい。なお昨年8月22日の写真を添付しておきます。比治山線の回送電車です。
NEKO PUBLISHINGから毎月出版されている「RM LIBRARY」を1巻から欠かさず定期購読していますが、この度200巻記念号として「日本の展望客車(上)」が手元に届きました。本誌には今までにもクローバー会先輩諸氏がすばらしい記事、写真を何度も上梓され 各号とも質の高い専門誌として愛読者も多いことと思います。また今回の200号をすでに手にされた方もあろうかと思います。
3月に入り 陽気に誘われて久しぶりに山に登ってみました。すると眼下に2両のマルーンが見えました。場所はMIHARA試験センターです。
双眼鏡で確かめると左のMC車が1504、右のTC車が1554です。元阪急の2110と2159のようです。側面には大きく「MIHARA Liner」と書かれています。多分「MIHARA」は 単に三原の意味ではなく、「Multipurpose Integrated Highly-Advanced Railway Applications」 即ち「総合交通システム検証施設」を意味していると思われます。(苦しいこじつけの英語名ですが・・・)
それにしても どういう目的で能勢からここにやってきたのか よくわかりません。マルーンさん 教えて下さい。
ぶんしゅう様 「倉吉線を偲ぶ会」にご入会ありがとうございます。打吹駅前のラジオ体操の風景に感動です。7月21日なら多分夏休み初日なので これだけの子供たちが早起きして集まったのでしょう。6:13に442D倉吉行きが出るころに集まり始め 6:30から体操。6:39に443D山守行きが着く頃には体操が終わって、カードにハンコを押してもらって解散。・・・・・昭和の夏休み風景ですね。
ところで ジパングクラブのPR誌「おとなび」を見ていましたら、倉吉線廃線跡ツアーがあるのでびっくり。ぶんしゅう様は「白兎51号」での現地入りだったようですが、今は「スーパーはくと1号」で倉吉入りです。倉吉線鉄道記念館となっている打吹駅も訪ねるようです。最後は須磨の大人が入浴されたという効能あらたかな関金温泉で背中を流してもらって旅をしめくくるようです。いつのまにか「昭和の名ローカル線」になっているのも驚きです。それにしても ラジオ体操の写真は記念館に飾るにふさわしい名カットだと思います。
2015-7-24 wakuhiro氏の62142「代走鮮魚列車」を見るまでは近鉄にこのような専用列車が走っていることを知りませんでした。つい最近になって山本志乃著「行商列車 カンカン部隊を追いかけて」という本に出くわし、一気に読みました。