福塩線の通学列車を追って

また福塩線か、また中国地方かとブーイングが聞こえてきそうですがご容赦を。「中間考査」なるものに縁がなくなって50年近くが経ちます。徹夜で丸暗記とか、ヤマをかけてマル外れとか、一旦昼寝してから夜に勉強するつもりが熟睡してしまって赤点とか そんな思い出多いのが私のテスト期間です。今どきの高校生たちのテスト期間中の様子や通学列車の雰囲気を見たくなり、丁度どですかでん氏が日帰りで福塩線の乗り鉄に来られるのに合わせて出かけました。列車本数も乗客も多い都会の鉄道では通学生はそれほど目立たないでしょうが、通学生が頼みの綱の地方線区では学校行事と列車運行が連動している状況を今まで考えたこともありませんでした。今回は撮り鉄ではなく、乗り鉄なのでマイカーを使わず JRに貢献することにしました。

福山発11:15の府中行き243Mに乗ります。福山市内の高校も中間試験中なのでしょう。こんな時間帯に いろいろな制服の高校生が大勢乗っています。沿線には大学もあるので大学生も乗っています。

平成28年5月19日 福塩線243Mの車内

平成28年5月19日 福塩線243Mの車内

クモハ105+クハ104 2連は普段ならこの時間は空席もあるのでしょうが、混み合っています。神辺、湯田村、上戸手と高校のある駅では学生が入れ替わってゆきます。11:57に府中駅1番線に到着です。福山・府中間23.6Km、途中駅13駅、その殆どが無人駅。所要時間42分です。2連のこの電車はワンマン運転です。降車は一番前の扉だけですから、降りる客が多いと時間がかかります。おまけにホームと電車に段差があるのでお年寄りのキャリーバッグを運転士がホームに下してあげたり、都会から来たビジネス客が使えないイコカ?か何かで降りようとするので 使えない理由を説明し ナントカ証明書を書いて渡したり、一番前から降りずにうしろの扉から下車した高校生に注意もしないといけないし 運転士も大変です。24Kmに42分を要するのも仕方ないし、両備軽便鉄道時代と大差ないかも?

今日はこの時間に府中発三次行きの臨8727Dが走ります。向かい側のホーム3番線にキハ120が止まっているので てっきり3番線から発車するのだろうと跨線橋を渡って3番線に行くと 2番線で待って下さいとのこと。その2番線には12:10発福山行きの250Mが停車中です。見ると黄色い車体に青い帯を巻いたF1編成です。国鉄時代にデビューした105系ですが、今ではこのF1編成 クモハ105-1+クハ104-1だけがデビュー当時の塗色で残っていて、あとはすべてタクアンになってしまっています。このF1だけを追っかけている鉄ちゃんにも出会いました。

府中駅を発車した250M

府中駅2番線を発車した250M オカF1 福山行き

この250Mにも府中市内の高校生が大勢乗っていました。12:10に2番線から250Mが発車したので 3番線のキハ120が2番線に転線して 12:32の発車を待ちます。

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臨8727Dに乗り込む高校生たち

府中駅で発車を待つ臨8727D キハ120 6の車内

府中駅で発車を待つ臨8727D キハ120 6の車内

ロングシートのキハ120 6はほぼ満席です。一般客は数人でした。気の弱い私は女子高生の間に割り込む勇気もなく 運転席横で立ってゆくことにします。定刻12:32に発車。明日のテストに備えて参考書を見る子はいるもののスマホをいじる子はいません。文庫本を読む高校生を久しぶりに見ました。近くに立っていた男子高校生に声をかけてみました。府中高校生で上下まで帰るそうです。今では上下も合併によって府中市となっているせいもあるのか 地元上下高校に行かずに府中まで通学する子は多いそうです。臨時列車の運転日は自分でチェックするのか、学校にお知らせ掲示があるのかと尋ねたところ 校内に臨時列車運行日が掲示されているとのことでした。部活で遅くなったりして列車が無いときはどうするのと聞くと上下から親にマイカーで迎えに来てもらうとのこと。約30Kmもありますから親も大変でしょう。

下川辺、中畑とも乗降なし。河佐で下車6、乗車0。八田原トンネルを抜けて備後三川は下車6、乗車0。備後矢野は下車2、乗車0。上下で下車19、高校生が3人乗車で残りは10人程度になったので ようやく座ることができました。上下で臨8726Dと交換です。向こうにも高校生が待っています。

上下駅で臨8726Dと交換

13:20 上下駅で臨8726Dと交換

ようやく座れたのはいいのですが、ロングシートで弁当を食べるのはなんとも落ち着きません。甲奴で下車2、乗車0。梶田で下車2、乗車0。備後安田で下車1、乗車0。そしてどですかでん氏と落ち合うことにしている吉舎に13:51に到着しました。吉舎からはまた高校生が乗りこんでゆきます。

吉舎駅で乗り込む高校生たち

吉舎駅で乗り込む高校生たち  ホームが低くお年寄りは大変。

塩町にある県立三次青陵高校のホームページの年間行事計画を見ると年に6回も「列車添乗指導」というものがあります。何を指導するのか興味がわきますが、高校生が大半を占めるこの列車内でも大声を上げたりするグループもありません。どですかでん氏とこのあと街歩きをするのですが、街ですれ違う中学生や高校生がしっかりと挨拶してくれます。都会ではまず体験できない光景です。次回は「列車添乗指導」がある日を狙って行ってみようかとも思ってしまいます。

上下や吉舎はかつて石見銀山から尾道へ銀が運ばれた街道の宿場町です。どですかでん氏の来訪目的はこれらの宿場町の街歩きです。そういうことが嫌いではない私も喜んで同行します。この臨時列車があるおかげで関西から日帰りで当地へ来れたわけです。なお各駅には福塩線と芸備線の臨時列車運行日が7月分まで掲示されていましたので 参考までに載せておきます。

7月までの臨時列車運行日

7月までの臨時列車運行日

ということで 少なくとも福塩北線はしっかり通学生に頼りにされている状況がわかりました。同区間を並行して走るバス路線はなく、高校生やその親にとってはこの福塩線がなくてはならない鉄道であることが実感できました。芸備線(三次・備後落合間)にも臨時列車が運行されているということは、多分福塩線と同じ状況なのだろうと推察できます。一方 残念ながら三江線には高校生の姿はありません。

話があちこちに飛びますが、三江線に関しての中国新聞記事を載せておきます。

平成28年5月19日 中国新聞朝刊

平成28年5月19日 中国新聞朝刊

平成28年5月20日 中国新聞朝刊

平成28年5月20日 中国新聞朝刊

島根県側でも同様の説明会が開かれていますが、各会場とも同じような反応のようです。どですかでん氏のような銀山街道巡りの人にスポットをあてているのが目をひきました。

さて19日は福塩北線の通学列車の実情を見聞でき、吉舎、上下のかつての繁栄がウソのような閑散とした街歩きも堪能出来ました。引き続き晴れの日が続くので、通学列車の走行写真も撮っておこうと 翌日はマイカーでまた備後安田近辺に出向きました。回を重ねるとナビに頼らずに走れるようになりました。メインは昼過ぎの臨時列車狙いですが、早く家を出ました。前日に車窓から何度か見かけたブッポウソウの撮影も兼ねた撮り鉄ならぬ「鳥鉄」です。予定より早く現地に到着し、午前の部最後の1725D三次行きを撮ることができました。

平成28年5月20日 梶田・備後安田間 1725D三次行き キハ120 6

平成28年5月20日 梶田・備後安田間 1725D三次行き キハ120 6

棚田は田植えが済んだ田と、水張りだけのところが混在していました。例によって追っかけができそうです。安田での停車で追い越して その先で待ち受けました。

1725D 備後安田・吉舎間

1725D 備後安田・吉舎間

ここからもう少し行くと何度か撮った明玄寺の前に出ます。ここでUターンしようとしていたら、線路上を黙々と下を見ながら歩く保線マンお二人を見かけました。

備後安田・吉舎間

備後安田・吉舎間

列車に乗っていると 窓を木の枝がこすったり 線路内は草ぼうぼうでつい保線状況を良くは思わないのですが 最後はこうして歩いて点検されている姿に頭が下がる思いです。これから夏に向かい 猛暑の中を1日何キロ歩かれるのだろうと聞いてみたくなりました。

昼過ぎの臨時列車までの間はブッポウソウを探します。

備後安田駅の風情が気に入ったので、ここで昼過ぎの臨8726Dを撮ることにしました。

平成28年5月20日 備後安田にて 臨8726D府中行き キハ120 332

平成28年5月20日 備後安田にて 臨8726D府中行き キハ120 332

背景に かつての豪農なのか大きなお屋敷がありました。

臨8726D 備後安田駅に停車中

臨8726D 備後安田駅に停車中

同上

同上

同駅には使われていない側線が2本あり、貨物ホーム跡も残っていてかつては立派な駅だったことを伺わせます。

備後安田を発車した臨8726D

備後安田を発車した臨8726D

手前に咲くピンクの花は茎の粘液に虫が付着することから名付けられたムシトリナデシコです。さてもう1本下りの臨時列車が約40分後にやってくるので 少し場所を変えて撮ろうと梶田側に移動しました。すると そこでブッポウソウが姿を見せてくれました。これ幸いと望遠レンズに交換して気を良くして撮っていると 思っていたより早く臨8727Dが来てしまって、あわててレンズ交換したものの撮り逃がしてしまいました。一石二鳥を狙うものではありません。このあとはまた2時間ほど列車がありませんので、これで終了とすることにしました。最後に恥ずかしながら「鳥鉄」の成果をご披露しておきます。

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ブッポウソウのカップル

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平成28年5月21日 備後安田付近にて

この時期の福塩北線は「鳥鉄」マニアにとっては ふたつの絶滅危惧種を同時に狙える最高の場所です。子育てを終えて南方へ帰って行く8月末頃までは一石二鳥を狙おうと思っています。

 

 

4 thoughts on “福塩線の通学列車を追って

  1. 西村雅幸様 日がすでに変わりましたが、先ほど5月21日23時35分に家にとうちゃこしました。今日は火野正平さんではありませんが、かなり年配のサイクリストが三江線沿線を走っていました。浜原宿から石見銀山街道を粕淵宿に向かって歩いていると列車から見たその人にあいました。そして帰りの三次行に乗ってきました。自転車は輪行車のようでした。なかなかのものだと感じ入りました。粕淵宿はなかなかいいところです。今回の「おとなびパスで3日間遊ぶと」としていつになるかわかりませんがデジ青に投稿する予定です。ところで三江線沿線にもう1つ歴史的なことであまり注目はありませんが、斎藤茂吉先生によると柿本人麻呂の終焉の地が湯抱温泉あたりという説をあげておられます。ここには斎藤茂吉記念館があるのです。梅原猛先生は「水底の歌」でそうではないという説を述べられています。ようするに柿本人麻呂は謎の多い人物なのです。江戸時代に大阪が栄えたのも石見銀山の銀ですし、衰退したのもその銀でやはり興味をそそるところと思います。三江線のこともデジ青でちょっと考えていることを書いてみようかなと思います。そういえば三江線の駅でブッポウソウのことが書いてあるパネルがありました。三江線沿線にもブッポウソウが生息しているようです。

    • どですかでん様
      銀山街道歩きお疲れ様でした。次回は湯抱温泉のぬるい湯に浸かって疲れを癒して下さい。三江線沿線にもブッポウソウは渡ってきています。伊賀和志駅近辺には観察小屋もあります。三原からは結構遠いので、私はもっぱら備後安田をフィールドにしています。デジ青への投稿楽しみにしています。次は富山ですね。そのあとの出撃予定が決まれば教えて下さい。

  2. 西村様  お疲れさまです。いつも情報をいろいろ有り難うございます。

     今回の最初の写真の車内づり広告の手前右側は、現在の宝塚大劇場の公演広告ですね。それもJR車内で・・・先般の三江線ツアーの時も車内でどなたからかにご指摘頂き「えっ!こんなところに」と感激したのを思い出しましたが・・・
     広島とは旧の広島ステーションホテル、今グランヴィアに名称変更した「広島ターミナルホテル」、呉阪急ホテル、呉ポートピアランドなどご縁がありましたが・・・ 阪急ブレーブスが日本一になったのは、古葉監督率いる広島カープでした。皆昔話ですね。
    でも、広島には、宝塚を応援して頂いている方々が沢山居て下さることなのでしょう。有り難いことです。西村さんも奥様とご一緒に如何ですか? 余り関係のない話で済みません。

     

    • マルーン様
      コメントありがとうございます。吊り広告のことは全く気にもしていませんでした。よくお気づきになったと感心しております。宝塚大劇場には足を踏み入れたこともない私ですが、広島と阪急は縁が深いのですね。広島の吊り広告については ぶんしゅう殿が得意分野だと思いますので そのあたりの事情を是非教えて下さい。なおこのキハ120は広島支社三次鉄道部の所属だと思います。

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