新駅の名前のはなし

先日広島で建設中の新駅の話をご紹介したのですが、中国新聞に頼んだかのように 今日の朝刊に記事が載りました。デジ青の威力恐るべしです。

中国新聞 H26-4-22朝刊

中国新聞 H26-4-22朝刊

保存蒸機とその現役時代(27)によせて

準特急先輩の保存蒸機シリーズを毎回楽しみに拝見しています。27回目でC5856の現役時代の紹介があったのですが、この写真を見ていて 自分も同じようなアングルの写真を撮っているような気がして調べてみると ありました。でもC5856ではなくC58294でした。1966年(昭和41年)12月22日の撮影です。小生が高校2年のときで、友人と日帰りで加悦鉄道を訪ねた際のスナップです。実は舞鶴線の駅だとは判っていたのですが、何駅だったのかが判らないままでしたが、準特急さんの写真を見て 真倉駅と判明しました。背景の樹木や山の形から同駅と判断しました。

 

 

C58294 S41-12-22

C58294 S41-12-22

このC58294は敦賀一区のカマで 小浜線からの列車を牽いてきたのでしょう。冬でもあり 珍しい形のスノウプロウを付けています。このC58は昭和46年3月15日に同区で廃車されました。

準特急さんのC5856とは特段の関係はないのですが、同じ駅で同じアングルで撮っていたというだけのことで、特派員氏の「窓から写した駅・列車」への便乗でもあります。

広電 新線構想

これから検討が始まる段階の話ですが、JR広島駅前広電ターミナルの改良計画に端を発し、駅前へのアクセスルート変更案が地元の反発を招き、地元の新たな要望として循環ルート構想が出てきたということです。全国各地で路面電車復活への機運が高まっていますが、さて広島はどんな方向へ話が進んでゆくかが気になります。中国新聞4月19日朝刊の記事をご紹介します。

中国新聞 2014-4-19朝刊 

中国新聞 2014-4-19朝刊 

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井笠鉄道記念館 リニューワルオープン

井笠鉄道新山駅舎をそのまま利用した記念館が改修されたそうです。昭和46年の廃線から43年を経て 地元の熱意と行政の理解でこうして保存されているのは 理想的な形態だと思います。保存車両は 西武山口線でも走った コッペル製の1号機、ダブルルーフのホハ1、ボギーのホワフ1の3両で、いずれも大正2年開業時に揃えられた白寿を超えた超高齢車両ばかりです。クルマであれば良いのですが、少々アクセスが不便な場所なので もし訪問してみたい方がおられましたらご一報下さい。近隣の井笠保存車両巡りも併せてご案内いたします。

平成26年4月11日 中国新聞朝刊

平成26年4月11日 中国新聞朝刊

可部線延伸 動き出す

JR可部線延伸に向けての動きがありました。たった1.6Kmを延伸して電車が走り出すのに2年も必要で、2016年の春になるのですが まずは古いレールの撤去から始まります。今日の中国新聞朝刊の記事をご紹介します。

平成26年4月5日 中国新聞朝刊

平成26年4月5日 中国新聞朝刊

残しておきたかった機関車DD10

相変わらず マイナーなDLを作っていて、また1両試運転を終えました。その名はDD10です。鉄道省、新潟鉄工所、芝浦製作所、川崎車輛、三菱電機、日立製作所の共同設計で 製作は川崎車輛が担当し 昭和11年3月に竣工した電気式DLです。8気筒600PSのディーゼルエンジンで発電機を回し、100KWモーター4個を駆動したそうです。運転整備重量が71Tonもあり 軸重軽減のためA1A-A1Aという軸配置で この台車(HT62)は後年 ED18用台車の原形になったそうです。性能的には蒸機の2120型と同等だったようですが、燃料事情が悪くなる一方の世情には勝てず 試作1両に終わりました。殆ど活躍することもなく戦時を生き延び 昭和22年9月に廃車されました。陽の目を見ることなく消えていった機関車ですので、残された写真も少なく 細部はわからなかったのですが なんとか完成しました。

完成したDD10

完成したDD10

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「窓から写した駅・列車-3-」に寄せて

特派員氏ならではの このシリーズを楽しく拝見しています。その3で呉線風早駅での交換風景が紹介されました。キハ17系とC6216牽く客レの交換です。撮影は昭和43年3月ということですので、現在の風早駅はどうなっているだろうかと 46年後の様子を見に行ってきました。

H26-3-19 呉線風早駅

H26-3-19 呉線風早駅  駅名標の位置は変わっている?

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雪融けを待つ木次線

国鉄時代には考えられなかった冬季運休路線にJR木次線があります。北海道の深名線など あまりの積雪で除雪ができず、何日間か やむを得ず運休するという話はままありましたが、冬は運休するのが常態化しているのは 現在の地方閑散線区の置かれた環境を示しているように思います。スイッチバックで有名な出雲坂根をサミットとする備後落合-出雲横田間は昨年末から冬季運休していましたが、雪融けを待って3月22日から運行再開するそうです。

平成26年3月13日 中国新聞朝刊

平成26年3月13日 中国新聞朝刊

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いいかげんな電車の現役時代

米手作市様のリクエストにお応えして いいかげんな電車が活躍していた時代の写真をご紹介します。訪問したのは昭和48年7月25日の1回だけで わずかな写真しか残っていません。まずは主役のデ7050型から。

当時は新高岡と称していた高岡駅前に到着した7051号

当時は新高岡と称していた高岡駅前に到着した7051号。
よく見ると窓際に立っている乗客がいる。多分座席のない
部分なのだろう。車体側面には「万葉閣」の広告ロゴが。当時から地元では万葉が身近にあったのだろうか。

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ミキ180-101残っていました

平成20年4月1日に廃止された三木鉄道は厄神ー三木間6.6Kmの日本一短い鉄道として有名でした。第三セクターとしての開業時には富士重工製の2軸レールバス(LE-Car)ミキ180型2両がいましたが、その後ミキ300型の増備により、180-102が平成11年に、180-101も平成14年に廃車されました。180-101はなぜか加西市のラーメン店に引き取られたのですが、その後同店は店じまいしてしまい、廃車体だけが敷地内に残っているという情報がありました。このたびクルマで上洛する際に少し寄り道をして同地を訪ねてみました。廃車から10年以上が経過し、つぶれた店の付属物だということで消滅していても仕方ないと思いつつ行ってみたところ、しっかり残っていました。

2014_02_24_9_25-1 続きを読む

チキ工臨

今の子供たちにとって貨物列車と言えばコキを連ねたコンテナ貨物のことなのですが、かつての貨物列車は多種多様な貨車が連なり にぎやかな鉄道風景を作ってくれていました。最近ではコンテナ貨物にカメラを向ける気にもならず、たまにレール輸送のチキ工臨に出くわすとラッキーと思ったりしています。チキ工臨のほかホキ800によるバラスト輸送のホキ工臨もあるのですが いずれも臨貨なのでいつ走るのかわからず、しっかり撮影したことがありません。一方 以前から模型の世界でもこのチキ工臨を作ってみたいと思っていたのですが、さすがにロングレール輸送の再現は難しいと諦めていました。ところが25m定尺レール輸送のチキ5200型があることを知り これなら作れると ネットの写真を集めてなんとかそれらしく完成しました。

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小さなDD作りました

先月DD40を作ったのですが、パワートラックの味をしめて、今月に入ってからもう1両DDを作りました。中部電力が大井川上流の井川ダム建設用に 昭和29年に私有機関車として日立に作らせたDD104~DD106の35Ton機です。実機は中部電力が大井川鉄道に運転管理を委託し、ダム完成後の昭和39年には104が上武鉄道へ、105,106が東濃鉄道笠原線に移って、それぞれの廃線まで活躍しました。私は昭和45年に上武、東濃でこの3両に出会っていることと、何と言っても地をはうような独特のスタイルに惹かれて模型化してみました。まだ塗装前で、上武機にするか東濃機にするか決めていませんが、恥ずかしながらご披露致します。

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山口線、山陰線の復旧は今秋

昨年7月の集中豪雨で山口線、山陰線の一部区間が不通になっているが、今年秋には全線復旧する見込みとJR西日本が発表した。平成26年2月8日付け 中国新聞の記事をご紹介します。なお記事では同じく不通となっている三江線には言及していませんが、JRのHPでは今年7月中には開通すると報じられています。

H26-2-8 中国新聞朝刊

H26-2-8 中国新聞朝刊

DD40の目撃者 おられませんか

掲示板には模型の話題が少ないので、あえて模型がらみのネタにしました。以前からマイナーな車両を懲りずに作っているのですが、このたびDD40が完成しました。DD40は昭和29年10月 三菱三原製 製番No.799の液体式DLです。

試運転中のDD401 場所は不明だが、糸崎駅か?

試運転中のDD401 場所は不明だが、糸崎駅か?

左から5Ton機、DD401,DD901

左から5Ton機、DD401,DD901。DD2両はパワトラ2個使用の全軸駆動で力持ちです。

 DD40は昭和31年5月から梅小路機関区に貸し出され、昭和35年5月からは吹田第一機関区に移って吹田ヤードや尼崎港線で試用され、昭和37年3月に三菱三原に返却されました。昭和37年の称号改正でDD921となっています。返却後は工場内の入換えに使われたようですが、いつの間にか消滅したようです。DD40は この時期各社が製作した試作DLのなかで 最も地味で情報の少ない機関車のようです。ちなみにDD901(もとDD411)は東芝製の電気式DLで大宮機関区にいたせいか、結構写真などが紹介されています。写真左の5Ton機は三菱三原が昭和26年2月に初めて製作したDLで 隣接する日本セメント糸崎工場の入換え用で使われたあと 三菱三原に戻り、現在も保存展示されている機関車です。この模型は箕面市の模型店「モデル8」が売り出していたエッチング板から作ったものですが、小さすぎて動力化は私の手に負えずモーターなしです。さてここからが本題のお願いですが、この地味なDD40を梅小路や吹田、尼崎港で見たことがあるとか 写真を撮っているという先輩諸氏がおられませんか? 何しろ私の小学生時代の機関車で全く接点がないのです。これから塗装しようと思うのですが、またしてもどんな色をしていたのか全くわかりません。DD13が登場したときのような茶色に黄色い帯で塗ろうかとは思っていますが、何か情報があれば教えて下さい。

広電1000型増備

すでに2編成が横川や白島に乗入れている1000型が来月から3編成増えて5編成となり、従来ラッシュ時しか走っていなかった比治山線での撮影も楽になります。この増備は2013年度分で 今年度も更に3編成増やす計画だそうです。当然ながら旧型車の淘汰も進むと思われます。1月28日付け中国新聞の記事をご紹介します。

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2013-7-17 1001号江波に到着

2013-7-17 1001号江波に到着

26尽くしに寄せて

藤本先輩ならではの26尽くしは さすがと言うほかありません。宇佐神宮境内の26号機を平成15年5月に撮影しておりましたので、ご紹介します。もっと他に26はないかと探してみましたが、夕張鉄道26号機は残念ながら写しておらず24号機しかなく、京阪京津線26号は青信号26号の表紙としてガリで描いただけで写真はありませんでした。確かこの絵は浄福寺氏撮影の写真を元に描いたように記憶しております。皆様の手元で眠っている26があれば是非ご紹介を。

平成15年5月2日撮影

平成15年5月2日撮影

井原鉄道 開業15周年

新年あけましておめでとうございます。今年も掲示板に中国地方のニュースを中心にお届け致しますので、よろしくお願い致します。またも新聞切り抜きで恐縮ですが、元旦の中国新聞に井原鉄道の記事が載りましたのでご紹介します。井原鉄道は平成11年1月11日に開業しました。あえて1並びの日を選んで開業したのが良かったのか、第三セクター鉄道のなかでは比較的好調に推移しているようです。なお大きい紙面を分割しましたので 見苦しくなっていますが悪しからず。

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岡山電軌の話題

 駅前に市内電車の乗り場がある風景は旅情を誘うものです。西日本では鹿児島、熊本、長崎、広島、松山、高知、そして岡山でこの風景が楽しめます。今朝の中国新聞に 岡山電軌岡山駅前電停の利便性向上へ向けての動きが載っていましたので ご紹介します。

平成25年12月25日 中国新聞朝刊

平成25年12月25日 中国新聞朝刊

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駅を旅する<12>に寄せて

特派員氏の名紀行シリーズを楽しく拝見しています。佐世保には40年以上行かれていないそうですので、2011年の秋、五島列島の帰りに初めて訪れた佐世保駅のスナップをご紹介します。

佐世保発長崎行きキハ671+661

国鉄色がなつかしい佐世保発長崎行き快速キハ671+661

駅は高架になり、全国どこにでもある 特徴も趣も感じられない駅の風景でした。1番線、2番線は松浦鉄道のホームです。

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40年前の内灘駅

ぶんしゅう殿の北陸一人旅シリーズを楽しく拝見しております。北鉄浅野川線内灘駅のカットを見て、40年前を思い出しました。昭和48年7月23日にDRFCのメンバーと尾小屋鉄道、東洋活性白土を訪ねた際に立ち寄っています。誰と一緒だったかが判然としませんが・・・。

内灘駅全景

内灘駅全景

ぶんしゅう殿の写真では右手奥にホームがあるようですが、この時は手前にホーム、奥に留置線でした。左手にもう1線分岐していますが、この線路が昭和49年8月に廃止された 粟ケ崎海岸まで行っていた線路です。正式な廃止は昭和49年ですが、訪れたこの時点でも線路上に木が生い茂る廃線状態でした。

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