ウワサの伯備線へ
標記のシリーズ“秋編”をしばらく続けます。われわれの現役時代は、9月中旬からやっと後期の授業が始まりましたから、じゅうぶんに“秋”を感じながら、夏休みの撮影旅行を終えたものでした。当時、席巻していた“SLブーム”の象徴が、D51の三重連が見られた伯備線の布原信号場でした。信号場から鉄橋までのわずか数百mの区間に、全国が集まった“マニア”が集結しました。正統派を自認(?)していた私は、“にわかの聖地”には、絶対に行かないと決めて、近づかないようにはしていましたが、「話のネタ」にと、やっと腰を上げたのが、昭和46年9月でした。
▲岡山から入った伯備線は初乗車だった、高梁川に沿う区間では、何度も対岸へ渡る鉄橋が続き、ガーダー橋が多く、撮りやすい区間だ。井倉~石蟹に掛かるガーダーは、渡らずの鉄橋で、対岸から編成をうまく入れられる。D51の牽く客車列車もあったが、まずはカラー映えのするDC列車にカメラを向けた。20系よりも10系が多く、岡山近辺のため、長編成も多かった。



















