福塩線昭和29年4月10日時刻改正前後の時刻表

西村さんから福塩線下川辺駅のご報告がありましたので、それに関連して福塩線の昭和29年4月9日までと昭和29年4月10日からの時刻表をお目に掛けます。日本交通公社の『時刻表』昭和29年4月号と5月号です。
↑昭和29年4月号p.62
内容は4月10日の時刻改正前の時刻です。昔は、4月の時刻改正が4月号に掲載されないことがありました。
↑昭和29年5月号p.62
4月10日時刻改正分です。
福山発の電車は、25本(変化なし)のうち、8本が下川辺行になり、一部の福山発時刻が変化しました。
福山着の電車は、25本(変化なし)のうち、8本が下川辺発になりました。また、下川辺発になった列車の一部で時刻の変更があったようです。
他に府中町7時43分発下川辺行931列車・下川辺発7時59分発府中町行932列車が無くなりました。
下川辺発21時53分発は福山行2548列車(電車)と思われますが、列車番号欄のゴシック体の「2203」は変です。
なお、「府中町(ふちゅうまち)」は昭和31年12月20日「府中」に変更され、「備後十日町」は昭和29年12月10日「三次」に変更されました。
また、昭和37年3月15日前後の時刻表が見つかりませんので、出てきたらご報告します。

福塩線昭和29年4月10日時刻改正前後の時刻表」への2件のフィードバック

  1. 井原実様
    間髪入れずに65年も前の時刻表が登場するところは、貴君ならではと感心しています。昭和29年であれば900番台の列車はハチロクかC50が牽く客車列車だったのでしょうか。備後三川発着の列車があるとか、上り列車に2203レがあるなど、じっくり眺めると興味深い時刻表です。数年前の撮影ですが、備後三川駅の写真を添付します。手前が府中側になります。現在はカーブしたホーム1面の駅ですので、蒸機時代にこの1線の駅を折り返す列車があったとは考えられません。実は平成元年4月20日に備後三川・河佐駅間は新線につけかえられました。八田原ダムの建設に伴い、備後三川・河佐駅間の線路とその中間にあった八田原駅はダム湖に沈み、長い八田原トンネルでショートカットする新線に切り替わったのです。新線への切り替え前の旧線時代の備後三川駅はまっすぐなホームだったようです。現在ホーム手前側(府中寄り)が変に広いのは、新線が駅の所からカーブが始まって八田原トンネルに向かう線形となったため、ホームもカーブに沿って前にせり出し、広くなったそうです。であれば、以前の備後三川駅は交換駅で機回しができたのかもしれません。あるいはそもそも蒸機列車ではなく気動車だったのかもしれません。いずれにせよ、また宿題が増える結果となりました。

  2. 畏れながら申し上げます。
    三次の旧名は「十日市」ではないでしょうか?
    子供の頃、おばあちゃんが「とうかいち」と言ってました。
    これを聞いて「東海チ」だと思っていましたが、「チ」はどんな漢字だろうか?と悩んだのを思い出しました。

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