初夏を送るに寄せて(函館)

「61843 KAWANAKA先輩の 初夏を送る」 でみごとなあじさいの写真を見せていただきましたが 今年はきれいなあじさいに行きあたらず 6月24日の函館での花の写真を紹介させていただきたいと思います。
函館駅前は季節ごとにきれいな花が飾られ また市電の沿線にもいろいろな花が咲き我々の目を楽しませてくれています。

↓ 函館駅前のパンジーの花と2002号です。
あじさい2015DSC_1137
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営団地下鉄03系5扉車に寄せて

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東武スカイツリーライン西新井~竹ノ塚間を快走する03-820編成/(27-6-30)

「昭和の電車」に「平成の電車」が登場した。
営団地下鉄(現東京メトロ)03系は日比谷線3000系の後継車として昭和62年から平成6年にかけて8両編成42本が新製された。
そのうち平成2年製の第9編成から平成5年製の第28編成までの20編成が8両編成中両端の2両ずつの4両が5扉車として新製された。

京阪の5000系のように1編成全部を5扉にしなかったのは、日比谷線の駅の構造がホームの両端に改札口に通じる階段のある駅が多く、前後の車両が特に混雑が激しいためである。

6月17日東京メトロ、東武鉄道の連名で日比谷線の20m車化とホームドアの設置が発表され、来年度から3年間で18m車8両編成から20m車7両編成に取替えられる予定である。
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初夏を送る

KAWANAKAです。
田圃の水鏡に引き続き、初夏の風物あじさいを。もうそのシーズンは
そろそろ終わりですがこんな投稿があっても宜しいのではないかとUP
しました。今年はINUBUSE氏の水ぬるむ北勢線やWakuhiro氏の鯉のぼり
泳いでいますなどがあり、風物豊かであります。さて、あじさいはモ
コモッとド派手に咲くので列車の前面とかに季節の風物詩として出る
ことはあっても鉄には関係がないので、あじさいを前に出して登場す
ることは少ないと思います。それをわざわざUPするのはド変人と承知
の上でネタを仕入れに出ました。ところが過日の投稿で吐露しました
ように軸重が掛かりすぎて軽量化できるまで動ける状態にありません
。それでも出掛けようと車庫を出たまでは良かったのですが、直ぐに
駅の250‰の階段が無理と悟り結局引き返してきました。という訳
で秋口まで待ちきれず、過去に撮ってきたネタで初夏を終わりにした
いと投稿することにした次第です。賞味期限が1年前ですがどうせNews
性がないのだから、まっええかと言うことに勝手にしたいと思います
。ヘッドマークが違うやん、とかいうのは認識していますが、雰囲気
だけをお伝えします。早いこと線路脇に行きたいワイと思いながらUP
します。

拙宅のある佐倉はほんまに田圃以外季節感の少ないところで、また車
種も多くないので、同じ少ない車種ならいっそのこと日本の原風景の
残る小湊鉄道に行ってやろうかい。そこまで行くなら、もう少し足を
伸ばしていすみ鉄道もええやん、と。そこで、小湊の始発駅である五
井を7:23に出ればいすみ鉄道も効率よく捕れ、結構うろうろして
昼前に上総中野に戻って来れていすみの国鉄色2両(近じか3両にな
るが)も撮れるし・・。
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新京阪デハニ5001に寄せて

4501 41-7-27
5001→4301 / (41-7-27) 正雀

昭和3年梅鉢鉄工所製で、両端に客室、中央に魚菜室がある珍しい構造であった。
荷物の積卸し時間短縮のため、このような構造になったものと思われる。
戦後は客室の座席が撤去され救援車になった。
昭和39年4月の改番で4501になり、57年971を救援車に改造した4052と交替して廃車になった。

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京阪電鉄103+153+113 これは傑作!

東武や西武なら余り驚きませんが都心の、それも京阪電車が地下延長の結果くみ取りが必要になったとは思いも寄らないことです。関先生でも見たことがないとのことですが、そんなに昔でもなく、大津の暇人先輩やED72先輩などなら見たどころか写真でもあるのではないでしょうか?
ところでくみ取ったモノはどこへ持って行ったのでしょうかね?
京阪電鉄103+153+113_NEW

京阪電鉄103+153+113(文)_NEW

第7回レールエクスポに行って来ました

奈良の駅名研究家さんより案内のあった第7回レールエクスポに行って来ました。ホビースクエア京都で開かれたこの催しにはカツミ、KATO,TOMYTECなどに加え、ユニークな特製品を作る模型メーカー、関西の大手私鉄5社を含む鉄道会社18社が参加、そこに関関同立の鉄道クラブがレイアウトを持ち寄り出展しています。DRFCのコーナーにはDRFC30周年「同志社号」のヘッドマークも置かれ、ひときわ目立っていました。先日の4大学合同写真展に続く合同のイベント、会場で聞いたところでは、4大学で貸し切り列車を走らせる計画もあるとか、これからも多彩な活動を続けられることを期待します。CIMG8583 続きを読む

リニア館のモハ1形に寄せて

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モハ301+クハ502 / (42-4-5)千頭

大津の86様、INUBUSE様より「リニア館のモハ1形」の報告があったが、大井川鉄道での現役時代を報告する。

大井川鉄道に転入したのは、僚車のモハ302と共に昭和28年5月であるが、改めて経歴を振り返ると下記の通りである。
鉄道省デハ33509(大正11年日本車輌)→モハ1035(昭和3年改番)→三信鉄道デ307(13年転入)→鉄道省デ307(18年8月買収)→27年7月廃車→大井川鉄道モハ301(28年5月)
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絶景の台湾鉄路 2015年夏の旅 Part12 帰国

DSCN9868009▲ 帰路のJAL便も快適な180度の寝心地が楽しめるビジネスクラスのシェルシートが待っていました。これなら長時間フライトの欧州線でも快適です。1度は乗ってみなければと思いました。大津の86さんもすぐ後ろの同じシートです。
短い旅でしたが、いい気分で旅が締めくくれました。お世話になりました団長のクモハ73106東ウラさん、不銹鋼號さん、大津の86さんありがとうございました。
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絶景の台湾鉄路 2015年夏の旅 Part11 北回帰線標誌紀念公園、蒜頭糖廠の訪問

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今回の旅の最後の訪問地は昨年1月に大津の86さんとご一緒した蒜頭糖廠です。平日で暑い日だけあって訪問者は少なく閑散としてしていました。
蒜頭糖廠
は、明治39(1906)年に建設された製糖工場で日本統治時代は台湾3番目の規模を誇りましたが平成12(2000)年の台風で被害を受け閉鎖され、以降はテーマパークとして運営されています。
※ 詳細については昨年1月に訪問しました記事をご覧ください。こちらです。

丁度、平日は1日1回(15:00発)の観光列車が走る時間が近づいています。皆さんと乗車する事にしました。

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DRFC現役生 週末は西大路にて

DRFC現役生では、今年も多くの新入会員に恵まれています。女性会員や留学生も在籍しているようで、今後もますます盛り上がっていきそうです。

私自身は仕事の都合上、DRFC現役生と関わりを持つ機会が減りましたが、長期休暇中は積極的に会場へ足を運び、応援したいと思っています。

さて、現役生ですが6月27日(土)、28日(日)の2日間、ホビースクエア京都の「第7回レールエキスポ」に出展するとのことです。
お手透きの方は、ぜひ現役生を励ましにいって頂きたいと願っています。

以下の公式ホームページをご覧ください。
同志社大学鉄道同好会公式ホームページ

絶景の台湾鉄路 2015年夏の旅 Part10 台湾鉄路節(鉄道記念日)阿里山森林鉄道(北門~嘉義車庫)シェイを撮る

DSC_0220012今日は台湾鉄路節(鉄道記念日)、我々が訪問しているのは阿里山森林鉄道の嘉義車庫です。磨かれて黒光りする車体は、走行準備のために給水中のシェイ式蒸気機関車(略;シェイ)25号機
阿里山森林鉄道の建設工事のため1907年に米ライマ社(Lima Locomotive Works)製造の13㌧車のシェイが初めて試用導入されました。直立シリンダーと傘歯ギア間接駆動を持ち、急勾配用に特化したシェイは好評で山間部への延伸工事が進んだ1911年から2シリンダー18㌧車が7両、二萬平までが完成した1912年からは一回り大きい3シリンダー28㌧車10両が増備されていき活躍しました。

現役を引退後は北門の大火災で焼失した15号機を除いて全車が静態・動態保存されています。中でも14号機はオーストラリアのパッフィンビリー鉄道 (Puffing Billy Railway)からの要望で再び海を渡りました。現在25号機31号機が軽油仕様に改造されてはいますが動態保存機となりイベント使用されています。
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リニア館のモハ1形

乙訓の御老人の書かれていた木造電車、3年前に名古屋リニア館で見ました。1994年にJR東海が買い取ったそうで、もとの三扉に復元されており、中にも入ることができます。きれいに復元されていて、ヘッドライトも点灯していました。

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三信鉄道デ301

乙訓老人が大井川での旧三信鉄道省電の成れの果て写真をアップされた。2扉になり、いわゆる偽スチール化されているが、元は省電モハ1である。偶々だが手元に木製3扉時代の竣功図があるので、諸賢のご高覧に供するものである。デ306~308の3両があって、1両は買収前に事故廃車、2両は買収から漏れて大井川に再起した。佐竹先輩の『私鉄買収国電』に同じ竣功図が掲載されている。三信鉄道デ301

木造国電はどうなったのか

関西人は木造国電を知らないのが普通、配置がなかった。京都駅に出入りする国電は全て鋼製で、東京圏のように荷物電車は木造といった時代がなかった。それだけに老人は木造国電なるものに興味を持っていたのだが、琴電でも車庫で見ただけで乗ったことがない。それだけにThurukame氏が走行中の姿を撮影したことを知っており、紹介したかった。そこで箱詰めになっている琴電、それも半世紀以上前のものを取り出し整理してみたら「あった!」、1961年3月17日撮影となっている。その前年、老人の訪問時は車庫奥の留置で走る姿は見られずであった。調べてみると1967年2月廃車とある。富山から大阪へ転勤となったのが1963年秋で、この時から四国担当となり何度も出張しているが、お眼にかかれずであった。

thurukameさん撮影の琴電瓦町駅へ入線の木造国電

thurukameさん撮影の琴電瓦町駅へ入線の木造国電

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絶景の台湾鉄路 2015年夏の旅 Part9 南迴線の秘境站枋山、内獅站で撮る

DSC_0096015今日のDR2700系のイベント列車は彰化を出発してから南下を続け、南迴線を走破して台東へと向かいます。光華號がかつて走っていない区間も走行しますのでヘッドマークはありません。残念ながら我々が目指した撮影ポイントには行けず、枋山站構内の線路際からの撮影になりました。左手には水平線も見える絶景の台湾海峡が広がっています。
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絶景の台湾鉄路 2015年夏の旅 Part8 台鐡屈指の秘境站、枋野信号所で撮る

DSC_0028005南迴線の主役は幾たびのダイヤ改正後にも残った普快車です。毎日1往復となりましたが、3両のレトロ客車編成がここ台鐡屈指の秘境站、枋野信号所にも停車しました。この站での客扱いはありませんがゆっくりとノスタルジックな旅を楽しむ旅人達が乗車しておられました。日本にも昔ながらの旧型客車列車があったら良いのになあと思わずにおられません。いつまでも残って欲しいと気持ちを込めて、シャッターボタンを押しました。
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新京阪デハニ5001号

新京阪にもこんな電車があったとは!
車内の構造はどうなっているのか興味があります。
中央の「ツム」風の荷物室をはさんで客室があるが、その間に仕切りはあるのか、荷物の出し入れは誰がするのか、などなど・・・
結構最近まであったようですから知ってる方はお教え下さい。
新京阪デハニ5001_NEW 新京阪デハニ5001(文)_NEW

千葉からも田圃は水鏡

KAWANAKAです。

長い間音なしの状態でありました(佐倉の線路脇で生きております)。13日に宝塚線の田圃の水鏡が出ていました。かなり時間が経って賞味期間切れに近いというより正に賞味期限ですが、小生の篭っている祠(ほこら)の近所も水鏡と言う点では遜色ないと思いますので、またこのまま放っておいたら恐らく画像データがどこかに行ってしまうであろうとも思いますのでUPすることにしました。

場所は総武本線と成田線の分岐前で佐倉駅を出た1.5kmの地点です。小生の祠から、歩いて2分、そこから土手を下って1分の田圃脇です。狙うものは1日2往復の貨物と中心に色取がきれいな成田エクスプレスです。その時間にあわせて通過の10分前に祠を出ます。4月から勤めがなくなったので終日祠にいてゴソゴソ仕事をし、時間や!というときに4回家を出ます。最近は実家高槻でのロケで膝を完全に痛めてしまい、その2分が苦痛になって水鏡以降結構出陣がなくなりましたが、ま、最近までマメに出ていました。そのときの写真です。

まず、5時20頃の貨物です。15分くらいになると遠くからロコのタタン、タタン、タタン・・・というジョイント音とそれに続くタタタタン、タタタタン・・・というコキの音が夜明けの静寂を破って聞こえてきます。本来聞こえない距離にあって聞こえます。ややあって、カーブの影に隠れた列車は田圃の横をモータ音の唸りとともに目の前を通過、小生は足場の悪いのを忘れて1押しだけのシャッタを押します。毎日撮っていると田圃の表情が変わって行き、天気によって景色が変わるのが分かります。今日は風もなくしかも晴れ渡って水鏡は綺麗です。P1506-1

 

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絶景の台湾鉄路 2015年夏の旅 Part7 リバイバル光華號DR2700を撮る 後編

DSC_9904_10017:05 斜光を浴びながら快走してくるリバイバル光華號、先頭車前面にはびっしりと鉄ちゃん達が前方を見入っておられます。かつて走った旧山線はもう走る事は出来ませんが新たな鉄路を現役を引退したとは思えない高速走行を見せてくれました。
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