遥かなる東欧の旅 ボスニアの現役蒸気機関車を訪ねる 2015年 Part14 帰路

04_Map1_100いよいよ帰路となりました。今日はボスニア・ヘルツェゴビナのトゥズラのホテルから陸路をセルビアのベオグラードへ、ここで飛行機に搭乗してドーハ経由にて帰国します。ただドーハに着くのは深夜で空港に一泊、翌日の午前便で羽田に向かいますがここでも深夜着で空港近くの平和島温泉に宿泊しての帰宅となります。何と2泊3日もかかります。


第7~9日目 10月22~24日

7:30 ホテルを出発、向かうはセルビアとの国境です。

01_Map2_100

DSCN3856003_1▲ 9:01 撮影地・Google座標; 44.694974, 18.992291
ホテルから走ること約2時間、約66㌔でバスは停車しました。降りて行った先の広場には大型廃品が散らかるる中に塗装したばかりと思われる蒸気機関車とテンダー車が放置してありました。広場の敷地内には入らないようにと言う事で製造会社の銘板は確認できませんでしたが、なぜにこんな所に置いてあるのでしょうね。
Map03_200

▲ 9:54 ① ボスニア・ヘルツェゴビナ側のイミグレ着、出国手続き完了10:08発⇒国境のサバ川鉄橋を通過⇒② 10:11セルビア側のイミグレ着、入国手続き完了10:28発⇒③ 踏切跡着
両国間には1995年10月まで3年半に及ぶ紛争がありました。今は国境となった鉄橋ですが、紛争前は走行していただろうと思われます。現在、鉄橋の枕木とレールは撤去されています。
DSCN3888010▲ 10:30 撮影地③ Google座標; 44.919056, 19.310624
セルビアのイミグレから少し行った場所にはポツンと1基の腕木式信号機が残っていました。レールは取り外されていますが、周りはわりとスペースがありますので駅やヤードでもあったのでしょうか、道路にだけはレールが残っていました。(上の右下)

DSCN3895012▲ 10:50 高速道に入りました。ベオグラードまでは約76㌔です。

DSCN3901013▲ 11:44 Google座標; 44.819130,20.290722  快調に走りベオグラード・ニコラ・テスラ空港に到着。ここで欧州各地から来られた皆さんとはお別れでした。

DSCN3919018▲ チェックインカウンターで受け取ったベオグラード⇒ドーハドーハ羽田の2枚の搭乗券。
往路と同じくブルガリアのソフィア経由(乗換なし)で、カタールのドーハには22:20着ですが、羽田行きは翌朝の7:15発です。カウンターでは「ドーハでホテルを用意します。サービスですがご利用になられますか。」と聞かれましたが、ラウンジで待ちますとO氏は返答されました。

「この時間着では、入国審査を受けてからバスに乗ってホテルに着くのは0時を過ぎてしまうので寝れるのは1時ごろになるだろう。翌朝は早いフライトなので少なくともの5時前には空港に着かなければならない。移動する時間を考えると、ホテルに泊まって就寝できる時間は3時間ぐらいしかない。これでは熟睡も出来ないし、遅れたらの心配もある。今回はJGC会員のぶんしゅうさんと一緒なので空港ラウンジに入れます。ここでゆっくりした方が無難です。」とのO氏の判断でした。

▲ ベオグラード空港のラウンジです。品数、ボリュームは多くありませんが、ビールを飲むのが目的ですので軽食で済ませました。

▲ 14:45(ベオグラード現地時間)発、ドーハ行きのフライトです。15:06に軽食が出ました。
DSCN3939023▲ 17:45 ソフィアに寄ってからドーハに向かうフライトです。国際線だけあってフルセットの夕食が出ました。

▲ 22:20(ドーハ現地時間) 6時間35分のフライトが終わって、ドーハ着。直ぐにカタール航空ラウンジに直行です。さすが地元だけあって広くゆったりしたラウンジが待っていました。

▲ 通常、深夜になると品数が少なくなって量も減ってくるのですが、さすが24時間オープンのラウンジです。どんどん補充されて追加メニューが出てきます。コックも5人がおられて絶えずトレイを見ながら次を用意しておられました。内容的には9月に行ったヘルシンキ空港の方が品数豊富で充実していますが、これだけ次から次に出てくる対応には感心しました。

▲ ビールもたらふく飲んで落ち着いたところでシャワーです。シャワーのお湯の出も良く、疲れた身体をほぐしてくれました。
優れたラウンジですが欠点としてゆっくりくつろげる深々としたソファやリクライニングできるチェアーがなく、睡眠体制が取れません。毛布の用意もなく宿泊するにはちょっとしんどいですかな、横になれるスペースが欲しかったです。DSCN3986042_1

▲ それでも疲れていたので4時間あまりは眠っていました。空が白み始めた5時前には起きましたが、ラウンジ内もロビー内も結構な人出です。トランジット客が多い空港なようです。
DSCN4006044▲ 7:15 定刻にドーハを離陸して羽田へと向かいます。
DSCN4009045▲ 8:33 朝食が出ました。ラウンジでも食べていましたが美味しく完食しました。

▲ どういった空路になるかと注目していました。ペルシャ湾を横切ってからはパキスタン上空を飛び、ヒマラヤ山脈⇒中国と入っていきます。北京からは天津⇒韓国⇒福井⇒羽田のルートでした。
DSCN4032050▲ 14:36 天津から黄海に出た辺りで昼食です。と言うより日本時間では20:36ですので夕食です。ドーハとでは6時間の時差があります。

DSCN4041052DSCN4045053▲ 日本に入ってからはなぜか駿河湾を大きく湾曲しての22:20羽田到着でした。

この時間になりますと横浜に住まわれるO氏もご自宅に帰られるのは難しいとかでご一緒に平和島温泉へと向かいました。
送迎バス、入館料ともカタール航空のサービスで旅の疲れを癒しました。
翌日は関東地区の撮り鉄も良いかなと思っていましたが、一旦帰国すると疲れがドッと出ました。数年前は、2ケ月間を海外で過ごしていても平ちゃらだったのにと嘆いても身体は正直です。老体が進みだしたと諦めて朝の新幹線で帰京しました。

これで8泊9日間に渡るボスニア・ヘルツェゴビナ鉄道の訪問記を終わらせていただきます。長い間ご覧いただきましてありがとうございました。次の旅ですが家の事情で当分は海外の長旅が出来なくなりました。しばらくは国内のコンパクトな旅で我慢になりそうです。また紀行記を投稿させていただきますのでよろしくお願い申し上げます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

wp-puzzle.com logo

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください