天神
博多駅前からブラブラ歩きながら、天神まで来た。商業施設が高度に集積した、九州最大の繁華街も、昭和50年までは、貫線・環状線が交差する福岡市内線の要衝だった。
▲当時の天神のシンボルが、背後に見える岩田屋百貨店で、その南隣は西鉄福岡駅と接していて、改札口と岩田屋2階がつながっていた。九州初のターミナルデパートだった。貫線の西新行きが天神交差点を渡って行くところ。その後、西鉄の天神ソラリア計画により、交差点から南下したソラリアターミナルビルのなかに福岡駅、バスターミナルが入り、この場所はパルコが入店した。いま見ると建物外装が違い、新築のように見えるが、中身は当時のままである。写真では、機動隊、パトカーに囲まれて行進するデモ隊が見える。昭和47年の浅間山荘事件後は、学生運動も下火になって、我々の現役時代と比べると、行進もずいぶんおとなしくなっていた。
















