芸備線100年 追憶シリーズ その7(おわり)

もっと続くのかと期待していましたが、連載はこれで終わりのようです。

H27-5-30 中国新聞朝刊

H27-5-30 中国新聞朝刊

当時のスキー列車の風景として 龍ケ森やあるいは江若鉄道でも同様の光景が記録されていますね。この備後落合の写真のように、何気ない日常の、生活感あふれる あるいはその場の喧騒が聞こえてきそうな写真が 今となっては実に貴重な記録となることを教えてくれているようです。先に発売されて大好評の 特派員氏の京都市電の本を見ていても同じように感じます。なぜもっと早くそのことに気付かなかったのかと悔やんでみても もう時すでに遅しですが。また そうとわかっていてもそんな写真が撮れないのは感性の問題だろうとあきらめていますが。

2 thoughts on “芸備線100年 追憶シリーズ その7(おわり)

  1. 一昨年になりますが、数十年ぶりに木次線に乗って備後落合の駅に降り立ちました。(投稿済み)
    かつては保線区や転車台、駅員はもちろん駅弁の立ち売りまでありました。いまは全てがなくなり、駅前に出てみても人家はなく、駅の存在理由さえ怪しい限りです。
    この記事のようなことがウソのように思えてきますが、今現在の写真も数十年したら誰かが西村さんのようなキャプションを付けておるかもしれませんよ!

    • 米手作市さま
      備後落合のさびれ様は淋しい限りです。備後落合に限らず北海道各地でもその思いをいだきました。これが時代の流れだろうと考えることにしています。確かに今を記録しておくことが後世のためになると信じて 地元の鉄道以外の題材にもカメラを向けています。

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