広島電鉄の話題 2題

かわみちや問題に私が口をはさんだばっかりに、総本家特派員氏の想いとは違う方向に飛び火して炎上してしまいました。今度はまともなニュースです。新年1月7日に【103240】「広電新車5200型遠望」を投稿しましたが、その新車の広島市内での試運転が始まったようです。

平成31年2月27日 中国新聞朝刊

この記事によれば、5201、5202の2編成が投入されたようです。2編成で7億6千万円ということになりますね。現在、市内線均一運賃は180円ですから、1編成3億8千万円を市内線の運賃だけでモトをとろうとすると、単純な割り算では 211万人に乗ってもらわないといけない計算になります。事業者のご苦労がしのばれます。3月14日に出発式があり、宮島線で走り出すようです。ということは荒手車庫所属なのでしょう。

さて広電のホームページを見ると、元京都市電1900型の模型が発売されていることがわかりました。ホームページの写真を転載させて頂きました。

左 1901 右 1907

トミーテック製のNゲージで2月25日発売、1両2300円だそうです。トミーテックのホームページも見てみましたがこの商品の記事はなく、どうやら広島のみの限定販売のようです。通販の取り扱いもありません。ところで、広電1900型はすべて同じ外観だろうと気にもしていなかったのですが、わざわざ1901と1907の2種類が発売されており、初めて気付かされました。屋根上の機器が違います。そこで改めて実車の写真を見てみました。

2017-5-3 広電本社前の1901  手前のユニットは何?

同日 鷹野橋にて1907   やや大きめの室外機がひとつだけ

なるほど1907の屋根上にはエアコン室外機だけですが、1901にはもうひとつ大きなユニットが乗っています。トミーテックさんは 江若鉄道シリーズをお手伝いさせてもらった際に、細部にこだわったモノづくりをされていることを知りましたが、この1900型も細かな実車調査をされて、2種類作られたのだろうと感心しました。

5200型の投入と並行して、3連接の1000型の増備も続いており、旧来の高床単車の淘汰も進むものと思います。広島へお越しの節は、ぜひ1900型をはじめ、昭和の単車のモーター音や懐かしい雰囲気を味わって下さい。また 河原町丸太町での特派員氏と勘修峰氏の写真展が盛況裡に行われますよう、広島から応援しております。

5 thoughts on “広島電鉄の話題 2題

  1. 西村雅幸様
    1901・1907は「鉄道コレクション」の製品で、昨年9月に一般発売されていました。ご当地の電車ということから、広電が自社で取り扱いをしたのでしょうね。屋根上に設置された機器は、トミーテックのホームページによると1901はクーラーユニットとインバーター、1907の方はクーラーユニットのみと説明されています。
    トミーテックでは元大阪市電2601形譲渡車の911・912を5月に、阪堺電気軌道モ501形505金太郎塗装車を6月に発売予定と案内しております。
    小生は江若鉄道キハ12をもっておりますが、西村様が関係されていたとは知りませんでした。不思議なご縁を感じます。
    なお、トミーテックとは関係がありませんので、念のため…。

  2. すみません、訂正です。
    最後の行を「小生はトミーテックの関係者ではありませんので…。」と訂正し、謹んでお詫び申し上げます。

    • 紫の1863様
      早速のコメントありがとうございます。てっきり新発売かと思い込んでいましたが、昨年9月に一般発売されていたのですね。1901が載せているのはインバーターなのですね。お知らせありがとうございます。江若キハ12をお持ちとか。同時に岡山臨港キハ5001も発売されたと思いますが、その際江若と岡臨での現役時代の写真を同社に提供しました。その前にキニ9とキハ14がセットで発売されましたが、車両もさることながら、パッケージのデザインも提案し、特派員氏と大津の86氏の写真を使わせてもらいました。トミーテックさんとつながったのは大津市歴博で開催された江若展がきっかけでした。今日から特派員氏と勘秀峰氏の個展が開かれますが、この種のイベントは当人が思いもよらない新たな人脈の起点になることを体験しました。またしても話が脱線しましたが、デジ青も同じような効用があるように思います。

  3. ちょっと古いことで恐縮ですが、先日のこと、量販店で鉄道コレクションの広島電鉄1907を見つけて、衝動買いしてしまいました。手に取ってじっくり見ていると、京都で見慣れた1900形とは印象が違ってました。。正面の窓回りの改造は知っておりましたが、Zパンタの取り付け位置の変更、中央扉横の小窓増設は知りませんでした。
    広島に移籍した翌年、1908を撮影しており、写真を見ると改造されていました。鉄道コレクションを買うまで、知らなかったとは恥ずかしい限りです。

    • 紫の1863様
      コメントありがとうございます。私は小窓のことを気にしたことがなかったのですが、確かにそうですね。ツーマン運転時のことを考えて車掌用窓を開けたのでしょうか。京都市電時代の1900を見てみると、確かに小窓はありませんね。写真は1917号で現在の広電1902号です。烏丸出水での撮影です。

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