鉄鈍爺の平成

元号が「令和」となり改元フィーバーも一段落したので、平成時代を振り返ります。
私が鉄道写真を画像化するキッカケは、パソコン通信が広まりだし、PC-9801で表示するため写真をスキャンし、degif510 と言うプログラムで GIF化したのが最初です。
平成元年(1989年)10月に、アスキーネットの pdd/naplps へ uploadしました。
これ ↓ が、その時の GIF画像です。


撮影したのは真冬で一部に積雪も見えますが、撮影時に雪は降っていません。
表現できる色数が16色という制約から、マダラ模様の斑点が出ているのです。
ドットが荒く色数も少ない雪降り画像ですが、この時代の通信環境やパソコンの処理速度、表示装置(当時はCRT!)の能力などを知って頂くために載せます。

当時は Webなんて概念も無く、画像を圧縮し ishで Ascii文字化し、文字列として送信するのが「ふつ~」でした。モデムも 1,200bpsを使っていました。今から思えば随分のんびりした時代でした。

続いて切符を画像化しました。でも切符は印刷された文字が読めないと、面白みがありません。かと言って大きな画像を表示する機材やソフトも、当時は充分と言えませんでした。何より著作権の問題がクリア出来なかったのです。

その頃はアスキーネットの「ride.train」に所属していて、著作権に関する話題を話し合っていました。切符の画像をスキャナで取り込んだのは平成元年(1989年)ですが、印刷物の著作権の有効期限が50年間なのを準用し、平成5年(1993年)になれば、1943年発行の切符を発表しても差し支え無いと思ったのです。
(切手カタログが、画像表示の一つの指針になると思っていました)

平成5年(1993年)に、NIFTYで切符の画像(JPEG)が数件 uploadされました。
鉄道会社の許可を得てられるとの事だったので、NIFTYのSYS-OPさんに問い合わせてみました。結果は「基本的には、該当鉄道会社の許可を得るべき」との事でした。

「ride.train」で「国鉄清算事業団へ問い合わせては?」とのアドバイスを得、まず電話で担当部署と担当者を確かめてから、お願いの文書と画像を入れたフロッピーディスク(もはや死語?:苦笑)を送付しました。
これ ↓ が、その時の GIF画像です。


そして、やっと許可がおりた次第です。

【その2】我田引鉄
切符は「綺麗で鮮明な画像を見せたい」と願う反面、「大きな画像は嫌われる(表示に時間がかかる)」とか「プロバイダのHDD容量制限に引っかかる」などの問題がつきまといました。どれ位の所で折り合いを付けるのか、その時点での平均的な通信環境とパソコンの性能を勘案して決めて行かねばなりませんでした。
勿論「どんな方に見て頂くのか」によっても異なります。時代とともに変わり行く画像の精細度の変化を、ご覧ください。
平成8年(1995年)に GIF画像化した定期券

平成14年(2002年)頃に JPEG画像化した車内補充券

【その3】暴走
最後に私のコダワリ (^^;) を、ひとくさり。

集める(収集)って事は「比較する」事なのです。
では「唯一無二のものは、どうなるのか?」と言うと、その時点で一般的なものとか汎用的なものとの比較になります。ただ一つである事の証明とか、特殊性や稀少性について説明したり、似たものとか対極にある物との比較を通して、違いを明らかにすることになります。

違いを明らかにするステップについても考えてみました。
1)対象物の観察・測定・記録
警察の捜査でも「現場百度」と言いますが、何度も色々な角度から観察してみます。物差しを当てたり拓本を取ったり、写真撮影をしたり、現物に関する記録をします。
2)作図・比較表の作成
図面をひいたり、一覧表(例:電車の諸元表など)を作ったり、比較表を作って違う部分を明示します。
3)調査・研究
時代による変遷がある場合には、登場時期と現在との時間的な比較ができますし、登場理由を紐解くと、時代の要請とか歴史的な背景なども係わって来るのが分かります。
4)発表(対外的な公表)
他者に開示せず、個人的な秘かな楽しみに終わる場合もあります。
しかし顕示欲が強い人は「社会的に認められたい」とか、「他者に影響を与えたい」と願う所となります。この「認められたい」事は、対象物そのものの社会的認知を高めたいと言う欲求と、他者から自分個人を認めて貰いたい気持ちが含まれます。
ウ~ム。まさに自己正当性の開陳ですなぁ。 (爆笑)

おしまい
 

7 thoughts on “鉄鈍爺の平成

  1. 鉄鈍爺様
    冒頭のご説明にはついて行けませんが、さすが、新しいものに興味を持ち、果敢に挑戦される鉄鈍爺さんならではの努力・工夫が感じられます。30年前に既にこういうことをやられていたのですね。もう一つ敷香発向日町行きの切符は凄いですね。東京→鹿児島で2泊3日の急行列車がありましたが、これひょっとすると3泊4日くらいかかるのではないでしょうか。稚泊、青函の2連絡船を使う訳ですよね。私は稚内の名前は忘れましたが小高い丘の様な山と宗谷岬から樺太を見たことがありますが、最近どなたか行かれたのですよね。それにしてもこの切符は相当な貴重品と思います。鉄鈍爺さんは動画が有名ですが、私は二兎を追うほど器用ではないので動画はほとんど録りませんが、小田急と京王が併走する永山付近は片手間に少し録りました。それは両私鉄以外東京メトロやJRの車両も競争に加わっていたからです。

    • 準特急さま、コメントありがとうございます。
       
      ★敷香発向日町行きの切符
      父は戦時中、樺太に駐留していました。
      戦局が悪化し部隊の編成替えが行われる事となり、事前に兵は休暇を与えられ各々の故郷に帰りました。当時は「今度は南方行か、これが実家の見納めだ」と思ったそうです。
      先祖の墓が東大谷にあるので京都駅で途中下車し、墓参後京都市内の親族に挨拶し、新京阪で向日町の自宅へ戻りました。(切符を手元に残すため、憲兵に誰何されても移動経路に合理的な理由を考えたのだそうです)
      そして土蔵の中へ、この切符と頭髪・爪・遺書などを纒て、仕舞い込みました。

  2. ★後日譚-1【敷香→向日町→盛岡→川越】
    父は休暇を終え、盛岡(電信隊の本部)へ戻りました。
    面接で「南方行き」を志願しましたが、本土決戦の要員として川越で終戦を迎えました。
     
    ★後日譚-2【桜木町事件:1951年(昭和26年)】
    父は復員して会社員となり結婚し、やがて私が生まれます。
    とある日、家へ帰るや否や、父は仏壇に手を合わせたのだそうです。
    母が尋ねると「横浜へ出張して、同僚と一緒に電車に乗ろうとした。しかし忘れ物があり同僚は先に電車に乗り、父は戻った」
    「同僚は背広に付けていた社章で本人確認された」との由。もし父が事故死していたら、私が鉄道好きになっていたか疑問です。
    また父が南方行き(戦死)とか樺太(シベリア抑留)だったら、私の存在そのものが無かったかもしれません。
    をっと、大昔(昭和)の話になってしまいました。

  3. 鉄鈍爺様
    本題のデジタル技術論から脱線させて申し訳ありません。お父さんはその時の状況下でご苦労され判断されてきたことと思います。異なった判断をされていたら鉄鈍爺さんは生まれていなかったり、少なくとも鉄鈍爺の鉄はなかったと思います。おっと失礼しました。添付写真は1981年10月18日に撮影した稚内埠頭でお父さんはここを通られたことと思います。右は保存されていたC5549で今はないそうです。

    • 準特急さま、お付き合い頂き、ありがとうございます。
       
      C5549は随分厳しい環境で保存されていたのですね。
      まともにミストを被り、腐食が一気に進んだのでしょう。

  4. 鉄鈍爺さま
    難しくも懐かしいお話を拝読しました。パソコンを始められた当時、河原町三条の某Cカメラ店近くの喫茶店で「マイコン(パソコンではありません)やろうや」と誘われていたことを思い出しました。当時会社の電子計算部のスタッフによるプログラム学習会があり、いささかマイコンに興味を覚えた頃でした。ちょっとかじったものの、とても手の出る(お金もさることながら頭がついていかなかった)代物ではないと悟り、それ以上しませんでしたが、このためITオンチが現在まで続いています。あの時鉄鈍爺さまに付いてやっておればもう少しはマシになっていたかもと思わないでもありませんが、まあやっぱり無理だったでしょうね。
    ところで御父上が電信隊におられたとのことですが、父もトンツーをやっていたので何かのご縁を感じますね。こんどお会いした折にお聞かせ頂きたいですね。父は戦争中は後方支援(つまり国内)で、戦後は進駐軍対応の窓口に居て、小生が生まれて数年後の技量大会で入賞したようです。まだロクなお菓子が無い頃でしたが、バースデー電報などを扱った兵隊さんから貰ったチョコレートなどをよく持って帰っていました。
    本題と全く関係ない話ですみません。

    • 1900生さま、コメントありがとうございます。
       
      父はモールス符号の覚え方を教えてくれました。いわゆる「伊藤(・-)、路上歩行(・-・-)、ハーモニカ(-・・・)、etc.」って奴です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

wp-puzzle.com logo

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください