被災後一部区間を走らせていた三陸鉄道

週明けの新聞広告で「被災鉄路再生の行方」のタイトルが眼についた。以前、掲示板で紹介された「週刊東洋経済」誌である。あれ以来交通関係誌が特集された号は愛読している。先のタイトルは40頁、その44頁には「被災者の足に」に大奮闘の三陸鉄道。震災で大打撃を受けたにもかかわらず5日後に一部運転再開。赤字会社なのに運賃無料。三陸鉄道の矜持がここにある。との小見出しが踊っていた。知らなかった。三陸海岸べりの鉄路は津波の猛威の前に壊滅したものと思っていた。NHKの報道番組ではJRに関する報道が中心で、こと三陸鉄道についてはコンクリート橋の崩壊の姿が大きく取り上げられていたのが印象に残っていただけである。ところが北リアス線は久慈-陸中野田間(11.1km)を3月16日に運転再開させたと言う。次いで宮古-田老間(12.7km)を3月20日、田老ー小本間(12.4km)3月28日に開通させた。車両基地は久慈にあり、宮古側には1両しか残って居らず、それでもって1日3往復の運転しかできないとか。南リアス線はいまだに不通のままのようだが、いずれ朗報が聞かれるであろう。運転再開に当り三陸鉄道は3月一杯、運賃無料とした。分断区間、不通区間の運転再開については触れられていないが、第三セクタ-では、転換当初は好成績を上げていたのが、いつの間にか赤字となり、横浜未来博からの払い下げ車を活用するなど話題を振りまいていたが、今回の災害復旧で、国がどのような条件で手を差し伸べるのか、見守って生きたいと思っている。

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