「路面電車の魅力とは。」と聞かれると、私は真っ先に「道路上の信号表示に従うこと」と答えます。自動車と上手く棲み分けしていることにも惹きつけられるのでしょう。もちろん、あの独特の加速音、車体、地域密着等、他にも数多くの魅力が詰まっていると思います。
今回は阪堺電車にスポットライトを当ててみました。みなさん、ぜひチン電に乗りに行きましょう!
阪堺電車公式ホームページはこちら↓
【阪堺電車の駅名】
天王寺駅前 てんのうじえきまえ 上町線 HN01 駅名喫茶店(第63回:「駅」を含む駅名)
阿倍野 あべの 上町線 HN02
松虫 まつむし 上町線 HN03
東天下茶屋 ひがしてんがちゃや 上町線 HN04
北畠 きたばたけ 上町線 HN05
姫松 ひめまつ 上町線 HN06 →NHKの番組「沁みる夜汽車」で取り上げられていました。https://www.nhk.jp/p/ts/GQ8PWYMK6W/episode/te/ZZ4LJYJ51M/
帝塚山三丁目 てづかやまさんちょうめ 上町線 HN07
帝塚山四丁目 てづかやまよんちょうめ 上町線 HN08
神ノ木 かみのき 上町線 HN09→ 実は南海高野線の住吉東に近い。
住吉 すみよし 阪堺線、上町線 HN10
恵美須町 えびすちょう 阪堺線 HN51
新今宮駅前 しんいまみやえきまえ 阪堺線 HN52
今池 いまいけ 阪堺線 HN53
今船 いまふね 阪堺線 HN54
松田町 まつだちょう 阪堺線 HN55 駅名喫茶店(第60回:大調査!「町(まち)」、「町(ちょう)」、多いのはどっち?)
北天下茶屋 きたてんがちゃや 阪堺線 HN56
聖天坂 しょうてんざか 阪堺線 HN57
天神ノ森 てんじんのもり 阪堺線 HN58
東玉出 ひがしたまで 阪堺線 HN59
塚西 つかにし 阪堺線 HN60
東粉浜 ひがしこはま 阪堺線 HN61
欠番であるHN11は、2016年に廃止された「住吉公園」に付与されていた。
住吉鳥居前 すみよしとりいまえ 阪堺線 HN12
細井川 ほそいがわ 阪堺線 HN13
安立町 あんりゅうまち 阪堺線 HN14
我孫子道 あびこみち 阪堺線 HN15
以下の写真は、モ161貸切イベントの休憩時に、我孫子道車庫で撮影したものです。
大和川 やまとがわ 阪堺線 HN16
高須神社 たかすじんしゃ 阪堺線 HN17
綾ノ町 あやのちょう 阪堺線 HN18
神明町 しんめいちょう 阪堺線 HN19
妙国寺前 みょうこくじまえ 阪堺線 HN20
花田口 はなたぐち 阪堺線 HN21
大小路 おおしょうじ 阪堺線 HN22
宿院 しゅくいん 阪堺線 HN23
寺地町 てらぢちょう 阪堺線 HN24
御陵前 ごりょうまえ 阪堺線 HN25
東湊 ひがしみなと 阪堺線 HN26
石津北 いしづきた 阪堺線 HN27→阪堺電車では最も新しい駅です(2015年開業)。
石津 いしづ 阪堺線 HN28
船尾 ふなお 阪堺線 HN29
HN30が欠番であるのは、「船尾~浜寺駅前間に昔、海道畑という駅があったから」という訳ではどうやらなさそうだ。
南海の連続立体交差事業のために、阪堺電気軌道の浜寺駅前が休止となり、その間に仮停留場(これをHN30とする)が南海との立体交差部付近に設けられるのでないかという説があるが真相はいかに。https://www.city.sakai.lg.jp/shisei/toshi/rittaisuishin/honsen/gaiyo.html
浜寺駅前 はまでらえきまえ 阪堺線 HN31 →こちらもNHKの番組「沁みる夜汽車」で取り上げられていました。https://www.nhk.jp/p/ts/GQ8PWYMK6W/episode/te/ZZ4LJYJ51M/
記事にでてくる海道畑ってここかなという写真を大学入学の決まった1979年3月に撮っていました。この頃父が単身赴任で船尾電停のすぐ裏に家を借りていました。当方は昭和38年から40年は浜寺公園で育ったので、阪堺線はとても懐かしい思い出です。
K.H生様
お写真ありがとうございます。
そうですね。この写真右に見えているコンクリート片らしきものが、海道畑のホーム跡であったと思います。
高須神社は、「たかすじんしゃ」ですね。神社名は「じんじゃ」ですが、電停名はなぜか「じんしゃ」で、静音化しています。一説には、方言のひとつと言われますが、この電停名だけ、そう呼ぶのか不明です。
それ以外にも、「新今宮駅前」「今池」「今船」と、“今”の付く駅名が3つ続くのも面白いですね。
総本家青信号特派員様
続けてのコメント、誠にありがとうございます。
うわ、本当ですね。参考にした書物も濁点付きで記されていたので、本記事とともに修正しておきました。
今後、駅名ネタの一つとして使えそうです。
西中島南方(みなみがた)と南方(みなみかた)は有名ですが、神社を「じんしゃ」と読むのは初耳でした。
奈良の駅名研究家様
1968年9月まで大阪市電にも阪堺線がありました。もとは阪堺電鉄(通称、新阪堺電車)の経営でしたが、戦争中に沿線にある軍需工場の急増する要員輸送に対応できなくなったため、監督官庁からの要請により大阪市が1944年4月1日に軌道事業の芦原橋-湊ノ浜間の路線を継承しました。
戦後になり夏の潮干狩りや海水浴客の旅客輸送で賑わう路線へと復興し、1956年に住之江公園の西側に住之江競艇場レース開催日には季節に関係なく旅客輸送で賑わうようになりました。正式路線名は阪堺線ですが、南海鉄道阪堺線(現在の阪堺電気軌道阪堺線)と区別するため、堺市にあった三宝車庫に因み、三宝線という愛称がつけられました。
起点から終点まで「芦原橋」:接続駅南海電気鉄道高野線(芦原町)、「栄町」、「北津守」、「鶴見橋通」:接続駅南海電気鉄道高野線(津守)、「津守神社前」、「宝橋」、「南津守」、「北加賀屋」、「住吉川」、「住の江公園前」、「南加賀屋町」、「松屋」、(以降堺市)「浅香山通」、「三宝車庫前」、「北公園前」、「大浜北町」:接続駅南海電気鉄道南海本線(堺)、「大浜南町」、「出島」:接続駅南海電気鉄道南海本線(湊)の18の停留所があり、29系統(出島-桜川二丁目)、30系統(三宝車庫前-福島西通)、31系統(三宝車庫前-上本町六丁目)の3系統が走っていました。
大阪湾の海洋汚染が原因で、当時、沿線にあった大浜海水浴場が閉鎖に追い込まれ、併せてモータリゼーションの進展により1968年9月30日をもって、旅客営業を終了しました。写真は、廃止直前の1968年9月の「浅香山通」付近の沿線風景です。併用軌道でしたが敷石がなく、雨が降ると線路敷きに水溜りができていました。大阪メトロ四つ橋線の玉出-住之江公園間が三宝線の代替として建設され、1972年から住之江競艇場に向かう乗客を運んでいます。
阪堺電車は、NHK「にっぽん縦断こころ旅」でも取り上げられています。
566日目 ヤスさん号(大阪府・阪堺電軌阪堺線)
快速つくばね様
大阪市電の阪堺線ですかあ。勉強になりました。
以前、京都市電でまとめたように、大阪市電も「駅名」の観点でぼちぼちまとめてみようかと思います。前回のコメントに引き続き、興味が湧きました。ありがとうございます。
唯一持っている阪堺線の写真。高校の遠足で岬公園へ行った時にバスの中から撮りました。
1962年5月浜寺駅前駅
米手作市様
お写真ありがとうございます。この写真から61年が経ちましたが、風景は今でもあまり変わっていない気がします。