昭和40年前後の浜大津界隈

西村雅幸氏が引き続き浜大津のジオラマを製作されるとのこと、完成を楽しみにしていると共に今度こそ見学に行きたい。

浜大津交差点では何度も撮影しているが、どうしても車両中心になり、お役に立てるかどうか判らないが、取りあえず周囲の風景が写っているものを撮影日順に貼り付けた。
私的には昭和39年の秋頃、京阪の行先板が終点表示から起終点に変わったことが印象に残っている。
石坂線】



13 (39-8-2)


41+43/30形は標準色に塗り替えられ、撮影時点で特急色で残っていたのはこの編成のみであった。(39-8-2)

221(39-8-2)

17/17と18は丸屋根に改造されていた。行先板は起終点表示に変わっている。(39-12-2)

303/近江神宮前行は従来からの終点表示であった。(39-12-2)

3022/中央にパンタがあり、時折本線の乗り入れていたのを学校帰りに実見している。(39-12-2)

 15+16 (40-1-2)

 17+18/2連の時は同じ丸屋根改造車の18と組んだ。
(40-3-18)

 204+205(40-4-2)

 201(41-1-23)

 206(42-5-13)

355/浜大津止りは終点表示 (44-4-10)

272+271/時代は昭和50年代後半まで飛ぶが坂本と石山寺は単独表示に戻った。(56-1-23)

359+360/現在の浜大津駅建設中 (56-1-23)

358+357/以前とは逆に浜大津~坂本間の折り返しが起終点表示となった。(56-1-23)

【京津線】

25 (38-12-25)

56/京阪バスのボンネットバスが写っている。(38-12-25)

22 (39-8-2)

72/寝屋川工場で牽引車として健在 (39-8-2)

273+274 (39-10-2)

22/錦織工場に回送のため渡り線を走行中 (39-12-2)

23 (40-3-18)

55 (40-8-13)

301+302/車体新製直後 (40-8-13)

275+276 (41-1-23)

82/80形はポール時代が最も美しい。(43-5-18)

270+271 (56-1-23)

269+268/浜大津折り返し準急は起終点表示 (56-1-23)

3 thoughts on “昭和40年前後の浜大津界隈

  1. 藤本哲男様
    貴重な写真を公開していただき ありがとうございます。江若の駅舎についてはほぼ寸法を割り出して、図面化を済ませたところです。大津市歴史博物館に同駅の1/80模型がすでにありますので、現在 私の図面と博物館の模型の寸法の照合を学芸員にお願いしています。ただ博物館にあるのは駅本屋だけですから その他の上屋や貨物ホームなどは私が寸法決めしました。そんなわけで江若関係の寸法決めは目途がついたので、交差点周辺や数多くのターミナル付近の建物の寸法決めを現在行っています。特に今回アップしていただいた京阪大津支社の正面の写真、東口の駅舎とホーム、そして公会堂とそれに続く日通倉庫の線路側からのビューは大変ありがたい情報です。公会堂は現在も残っていますから 当時との対比には欠かすことのできない建物です。1/80で作ると かなり大きなものには
    なりますが 作らざるを得ないと思っています。ここのところ浜大津の写真ばかりを見ていますので、例えば東口駅そばの商工中金の建物が最初1階建てだったのが2階建てに増築されていたり、交差点のナショナルの広告塔も最初あった「テレビ」の文字があとではなくなっていたり、もちろん京阪駅の看板類も季節季節で変わっていたり そんな変化が気になって仕方ありません。まだ確証がえられていないのは 石坂線の渡り線の位置です。航空写真でもよくわかりません。多分 公会堂から日通倉庫付近にスプリングポイントの片渡りがあったと思われますが、しっかり写った写真がありません。貴殿の写真でなくても 雑誌などの写真がもしあれば教えて下さい。次々と無理難題を投げかけて恐縮ですが よろしくご協力のほどを。

  2. 唐突ですがコメントさせていただきます。
    漂流していて貴サイトに遭遇しました神戸大学鉄道研究会OB(昭和44年入学)の小倉と申します。
    現役当時、仲間の一人が貴会の「青信号」を持ち込んだのを見て、洗練された記事と会報としての完成度の高さに驚き、以後青信号に追いつけ追い越せと自分たちの会報(丙線)編集のお手本にさせていただいたことを思い出しました。特に「買収気動車」や「江若鉄道」の記事は繰り返し読ませていただきました。
    社会人になってから鉄分薄めの人生を送っていたこともあって、久方ぶりに目にした江若や京津線の写真に古い記憶が呼びさまされました。刺激されて古いアルバムを開きましたが、昔から整理が悪くやっと見つけ出したのが浜大津の80(ナンバー不詳)。撮影日も不明ながら廃止の年の春先だったと思います、入学はしたものの学舎が封鎖されてヒマを持て余していたころです。
    その数年後もっと足を運んでいればと後悔しながら作った模型を、埃だらけの箱から取り出して今眺めています。貴会のどなたかからお借りした形式図を参考にさせていただいたことを付け加えておきます。
    本当に懐かしい写真を見せていただきありがとうございました。今後はときどきおじゃまさせていただきたいと思います。

  3. 上記コメント言葉足らずで申し訳ありません。江若の話と京津線の話が入り乱れてしまいました。
    浜大津でポール集電の80の写真を撮ったのが江若廃止の年の春、後で作った模型はキハ24とキニ9です。写真を見ていただければよかったのですが、コメントには添付できなかったのですみませんでした。

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