尾道鉄道デキ21号

2009年10月5日に小生がテレビで見た尾道鉄道について質問したところ、須磨の大老が例によって即、データと蘊蓄を開陳して下さったのを覚えております。今回はその尾道鉄道。西村さんも解説にご協力下さい。

尾道鉄道デキ21_NEW 尾道鉄道デキ21(文)_NEW

3 thoughts on “尾道鉄道デキ21号

  1. 昭和37年に廃止された尾鉄は全く縁のない鉄道でした。昭和50年に三原での生活が始まり、近隣へ足を伸ばすようになって尾鉄のことが気になりはじめました。廃線跡が手つかずで残っていたのですが、くねくねと山あいを走る国道184号線の拡幅、つけかえ工事のために線路跡が利用されました。今思えば 廃線跡の写真を撮っておけばよかったのですが、あとの祭り。遺構としては4号トンネルが道路として利用されているのと、私鉄では珍しいスイッチバックの駅 諸原駅前後の築堤や駅跡が残っています。諸原駅跡の桜並木も老木化が進んでおり、人々の記憶からも消えてゆくように思います。ということで、車両についての記録は全く持ちあわせていませんが、この春は尾鉄のおもかげを偲ぶ取材をして 掲示板でご紹介することにしましょう。

  2. デキ1の転覆大破について若干の補足を。終戦から1年後の昭和21年8月13日13:00頃 木造単車のデキ1に定員を大幅にオーバーした約150名を乗せた尾道発市行き電車は石畦駅を出て急勾配を登り 峠の上の畑駅にたどり着く手前のトンネル内でポールが外れ 後退を始める。お盆で人の行き来が急増したのか 尾道発10:30の電車が9km先の石畦駅を出たのが13:00ということは各駅での乗り降りが尋常ではなく 少ない便に何が何でも乗ろうとして寿司詰め状態だったのだろう。超満員の電車はどんどん加速し約1km下った石畦駅手前のカーブで脱線転覆したのであった。死者37名負傷者100名余の大惨事となった。戦後まもなくのこと 運転手が経験の浅い見習いで 突然トンネル内で停電し応急の対処ができなかったことと ブレーキにも不具合があったようです。国道184号線を走るたびに ここを逆走したのかと思うと鳥肌が立つ思いがします。この事故をきっかけにポールがビューゲルに変更されることになりました。電車の馬力やブレーキについての解説は長老方のご出馬をお願い致します。

  3. 西村様、
    先日の人間国宝様の写真展では詳しくお話ができず失礼しました。立ち話での依頼を果たして頂きましてありがとうございました。
    恐ろしい事故だったことが理解できます。同じような事故が近鉄奈良線若江岩田駅でも起きていました。
    ところで関先生のシリーズは、思いもよらぬ長期シリーズになって今後の予定はわかりませんが、もしかしたら鞆鉄道も出てくるかもしれませんね。楽しみです。

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