涙の花巻電鉄どせすかでん様へ

どですかでんさま。残念でしたね。1968年3月18日撮影の鉄道線サハ4の車体写真をご覧に供します。台車、聯結器、ブレーキを新製サハに分捕られた残骸です。

花巻鉄道線サハ4車体1960.3.18縮小

実は行ったとき既に廃止済だったという経験は小生にもありまして、かつてデジ青にも掲載しましたが鞆鉄道がそうでした。高校修学旅行(1954年3月11日)時急行「筑紫」で山陽線を西下、福山でデッキから必死で車両を探し求めたら、ボワ6がポツンと1両だけ。実は2月末日で運行を停止し、3月1日廃止していたのでした。その後5月29日にバスで鞆まで行き、動力車はキハ1を除く全部が鞆に集結、客車は全部三ノ丸に集結し、子供の格好な遊び場になってはいましたが、残存はしていました。さらに1950年気動車3両は静岡鉄道駿遠線に売却され、その3月藤枝新で旧キハ3であるキハD11の再起下姿に再見したのですが。

また1957年はるばる訪ねた十勝鉄道でしたが、川西以南=大方が廃止されたのは、小生が訪ねた8月20日のたった2日前に廃止されていたのです。その分車両が工場前に集結していたのは有難かったのですが、悔しかったですねぇ。っですかでんさんのお気持ち、よーく分かります。

1 thought on “涙の花巻電鉄どせすかでん様へ

  1. 湯口先輩
    早速、投稿で教えていただきありがとうございます。湯口先輩は行ったら廃止していたというのが2回も経験されているのですね。十勝鉄道は関西方面からかなり遠いのを訪ねて、2日前に廃止というのはかなりショックだったと思います。わたしも本を読んで正確な廃止日がわかるまで訪ねた日の前日に廃止されたと思っていました。とにかく、楽しみにしていた花巻電鉄が廃止されていたのが衝撃的であったので、今まで訪ねた前日に廃止されたと思い込んでいました。しかし、鉄道線の木造デハやサハの側面窓上部のアーチ形の装飾はいいなあ~と思っています。信貴電もそうですが、いま大正時代の面白さを感じています。

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