冬の芭石鉄道へ Part11 成都→北京→帰国

晴れて、自由人となって、1年を辺境の地で迎えましたが、自由気ままにあちこちに行けるには、日常の義務と責任、早く言えば、家族への気配りが必至です。そのため、介護、炊事、買い物、孫の迎え等々は、欠かせません。
家事が重なり、投稿が中断しました。これも、次回の旅への試練と思えば、苦労も楽しみとなります。

第7・8・9日目 2010年1月4日、5、6日
①成都11:40-(T8)→13:28北京西-(Taxi)→京倫飯店
②京倫飯店→国貿站-(地鉄)→北京空港
③北京空港14:00→関西空港-(JR)→帰宅

今日は、T8乗車まで、充分な時間があります。旅行社の胡小姐の案内のもと、成都市内を見学後、成都站で乗車を待ちました。北京西站まで、往路と同じく、約26時間の夜行寝台列車の旅です。


T8に乗車すると、往路と同じ乗務員クルーです。向こうもよく覚えていて、久しげに迎えてくれました。同室は、誰かです。部屋に入って、ご挨拶をすると、アメリカ人夫婦でした。相棒は、得意の英語で、いろいろと聞いています。

ご主人は、66歳で、かつて、大学の化学課教授でしたが、辞めて海軍に入隊して、補給部隊に配属され、日本では、横須賀、三沢に勤務し、今は、ドイツに暮らしておられます。奥さんは、中国の成都人で、今回は、里帰りの帰りだと言っていました。乗車中は、英語と中国語のチャンポンで、お話しながら、楽しい列車の旅を味あえました。

T8の食堂車での数々の食事。町のレストランと遜色ありません。注文するのが楽しみです。

車中で、1月2日の北京は、40年ぶりの寒波襲来、大降雪で、北京空港は閉鎖を知りました。と、言うのも、相棒は、大のテレビ嫌いで、家にもテレビが無いと、ホテルの部屋でもテレビを見ていなかっので、全く知りませんでした。
北京に近づくと、車窓には、降雪の原野が見え出しました。

北京西站には、途中約1時間以上、遅れていたのに、10分遅れの到着です。かなりの余裕を持ってのダイヤです。到着後、直ぐにタクシー乗り場に急ぎ、ホテルに向かいましたが、運転手に聞くと、昨日までは、積雪が、約60cmもあって、走れなかったと言います。

信じられないでしょうが、ここ首都の北京で、スタットレスタイヤ装着の車を探すことは、殆ど無理です。冬季は、零下15度にもなりますが、雪は年に一度ぐらいで、こんなに降ることはありません。

ホテルに着いて、なじみの日本人フロントマンに聞いても、昨日までは、タクシーが走っていなくて、宿泊者の要望に答えられなかったと言っていました。鉄道も同様で、除雪車がないので、雪が溶けるまで、運行できなかったそうです。一日違えば、えらい事になっていました。

夕刻、北京の裏町や、北京銀座の王府井を案内しましたが、寒さが尋常ではありません。歩くのが辛いほどです。慣れない相棒には、我慢できずギブアップです。仕方なく、近くの暖房の効いたレストランで、夕食を済ませて、ホテルに戻りました。

部屋で、衛星TVを見ていると、機内サービスだった新聞配布が、突然に無くなったとの報道がありました。折角、報道の行き交う俗世を離れ、ゆっくりとした時の流れを、味あっていたのですが、帰国するとなると、無性に日本の新聞を見たくなります。これも時代の流れと、諦めました。

訪中最終日は、久しぶりに鉄道博物館に行こうかと思っていましたが、こんな積雪では、所要時間が読めません。下手をすれば、飛行機に乗れない可能性もあります。北京には、100回以上は来ていますが、こんな寒さは、初めてでした。

おとなしく、暖かいホテルの部屋で過ごし、地鉄・空港快速と乗り継ぎ、ゆっくりと北京空港に向かいました。
北京空港も、除雪をしたのかと思うほど、まだ雪が残っていました。

エコノミー席と比較すると、デラックスな食事です。左は和食、右は洋食です。

JGCの特権で、広い専用ラウンジで、サービスの飲食を楽しみ、機内に入ると、座席は、エコノミーから、エグゼクティグへと、アップグレードしてくれていました。昔は、JALでもANAでも、割引なしの常連客には、サービスとして、往路か復路のどちらかには、こういったアップグレードサービスがあったのですが、ここ最近では、全くありませんでした。

この席では、新聞も見られます。食事も全然違います。久しぶりの快適な復路です。
今回は、『トホホ』が、多く、反省の旅でしたが、最後は、気持ち良く締めくくれました。次回は、今回の体験を生かして、頑張ります。

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