三江線だより(11)

花の便りがあちこちから届く今日この頃ですが、三江線は余命1週間となりました。しばらく好天が続く予想ですから、沿線は一層賑わうことでしょう。今回は長船友則氏も登場です。

平成30年3月24日 中国新聞朝刊

民俗学者 宮本常一氏の著書に「川の道」(昭和50年12月著)があります。全国を文字通り歩き回って得た知見に基づいて、数多くの著作が残されていますが、この「川の道」は江の川をはじめ全国の河川がその地方で果たした役割がつづられています。古代から20世紀初頭まで、わが国では道路が未発達だったため、物資の大量輸送には川船が大きな役目を果たしました。川沿いに街が形成され、商家、船頭や船大工、旅籠、川漁師など川を生活の糧にする人々が数多く暮らしていました。保津川下り、最上川下りなど全国の河川で観光用の川船が残っているのは、元々はそのような川を生業としてきた人々の末裔だと宮本氏は位置付けています。中国山地は砂鉄の大産地です。江の川の途中にある邑智郡は津和野藩の飛び地でした。津和野藩は江津までは江の川を利用し、日本海は帆船で益田へ、津和野へは高津川を遡って砂鉄を運び、藩内で精練をしていたそうです。これはほんの一例ですが、100年ぐらい前までは川は重要な交通路でした。明治以降、「電気」という文明の利器が登場し、主要な河川にはダムが作られて川は分断され、川運は衰退の一途をたどります。それに代わって登場するのが鉄道でもありました。三江線88年の歴史と言いますが、全通したのは昭和50年であり、全通からは43年目であり、その半生は南線、北線の時代でした。口羽・浜原間(具体的には現在の石見都賀・石見松原間)にダム建設の話が持ち上がり、地元を二分する大きな問題となり、全通時期を遅らせることにもなりました。地元の大半の反対によってダム建設には至らず、三江線も建設が進み全通しました。宮本常一氏の著作からその一部を原文のまま転記します。  『・・・この鉄道の完成には実に50年を要したのである。そして水路を鉄道にきりかえつつ、江の川筋が日本海沿岸と中国山中を結ぶ交通路として利用されることに変わりはない。しかし、これほど長い年月を要して完成した鉄道も日本では稀なことであっただろう。しかも、その長い間鉄道開通に執念をもやした人びとのいたということは、この川が交通、輸送のために果たしてきた過去への回顧とともに、この川を中心に新しい時代に即した交通路を考えることが、この地域の産業文化の発展にもっとも意義あるものだと考えつづけてきたからであろう。いま川を上下する船はほとんどない。しかし、川に沿うて汽車が走っている。山の中ばかりを走ってゆく汽車である。この汽車をどう利用するかで、この沿線はまた新たな脚光をあびることになるだろう。』と氏は「川の道」のなかで江の川について締めくくっています。この一文が記されて40数年が経ち、氏が予想もしなかった急激な少子高齢化、過疎化によって今度は鉄の道も無くなる日が近づいてきました。

長文におつき合い下さりありがとうございました。

4 thoughts on “三江線だより(11)

  1. 宮本常一さんの著作を紹介されたのはさすが西村さんですね。2016年5月に三江線全線乗車大日帰り旅行をしたのちに粕淵で地元の人に聞いた江津までのプロペラ船の話からネットで文献調査をしました。水運が盛んであったのが鉄道が開通して水運が衰退し、その鉄道もなくなるのは時代の流れでしょうか。未来永劫に続くわけがないので次はどうなるのでしょうか。そんなことを考えているうちに私の分子は違うものの分子に変換しているかも知れません。

    • どですかでん様
      コメントありがとうございます。ご存知かもしれませんが、三原市は宮本常一氏にご縁があって、三原市史第7巻民俗編は宮本常一氏が監修され、実際に数年間三原で暮らされて民俗調査されているため他の町に比べて宮本氏は馴染みのある人なのです。さて貴君はあと1週間のなかで もう大日帰り旅行は計画されていないのですか?特派員氏も大日帰り旅行を考えているとのことでしたがどうされるのか気になっています。かく言う私は4月になったら行ってみようかと思っています。

      • 西村様 私も列車が走らなくなってから、行ってみようかと思っています。どのようなバスが走っているか、どれぐらい乗っているか、乗り心地がどのようなものか興味深いところです。おとなびパスが発売されれば都合がいいのですが・・・三江線代行バスもさることながら、今度は福塩線と芸備線の分岐駅塩町駅前にある塩町食堂でお昼ご飯を食べに行こうと思っています。

        • どですかでん様
          三江線廃止後に現地訪問されるなら一緒に行きませんか?福塩北線の塩町でお昼ごはんもいいですね。三江線の話題の陰で殆ど報道されないのですが、未成線の今福線が脚光を浴び、浜田市も廃線跡を観光資源にすべくいろいろなイベントを企画しています。土木学会の選奨土木遺産に認定されたことで活気づいています。日帰りは無理ですが、我が家のディーゼルカーで中国山地を走りましょう。今福線情報は浜田市ホームページをご覧下さい。

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