【9790】夏の思い出 -2-

岡山へ バスと国鉄型を求めて

7月の末には、岡山・倉敷方面に向かいました。
掲示板には藤本さんやKH生さんからバスの報告がされています。私も以前、藤本さんとバスの同好会に加入し、鉄道そっちのけでバスを追い掛けた時期があります。さすがにその情熱は失せましたが、今でも、旅行中にわずかな待ち時間があれば、駅前でバスを写します。今回は、バスを主目的に、ついでに国鉄車輌も求めてのの旅でした。

 

新幹線に乗ってまず向かったのは水島臨海鉄道だった。平日の朝夕には元国鉄のキハ20が動いている。水島というところは近くて遠いところで、朝のキハ20を写すためには、前泊が必要とばかりに思い込んでいた。よくよく調べると、朝一番の新幹線で行けば、何本か写せることが分かった。
これはもう行くしかないと、倉敷に7時14分に降り立った。平日朝は、3編成
が運転されており、うち1本がキハ20の2両編成になる。水臨にはキハ20が4両あるが、2両が国鉄色、2両が水臨カラー。どのカラーかは運次第だが、最近は国鉄色2両が多いようだ。
倉敷駅からひと駅目の球場前駅を目指して歩く。この球場というのは、プロ野球の公式戦が時々行われているマスカット球場のことで、ちょうどこの日も高校野球岡山大会の決勝戦が行われるところだった。水臨はその球場を半周するように、築堤上にきれいなカーブを描いていて、撮影好適地となっている。緑に包まれるようにして、やってきたキハ20の国鉄色は、細かいところを言えば違うものの、国鉄時代を偲ぶに十分だった。単行でもない、3、4両でもない、ちょうど2両編成というところが、もっともキハ20らしい。

 

 

福山市内に福山自動車時計博物館がある。この地で財を成したオーナーが、無類のアンティーク好きで、私財を投げ打って博物館を作った次第。自動車時計博物館と言うものの、名物は何と言っても、各地からカキ集めてきたボンネットバス、近くのレストア技術者の協力もあって、自力走行できるにまで何台も再生した。
“昭和の町”として人気を集める大分県の豊後高田市内で周遊運転している「昭和ロマン」号も、元は自動車時計博物館が取得、修復したもの。豊後高田市で昨年7月から運行していたが、このたび広島市で行われた観光イベントで、一年ぶりに里帰りし、本日は、近くの鞆鉄道でも使われているボンネットバス、それに博物館所有のボンネットも加え、計5台が福山市内を里帰り記念のパレードを行った。駅前などで走行中を撮影して、博物館前で行われた記念のセレモニーに駆けつけた。カラフルに塗装された5台のボンネットが頭を揃えたのを見て、30年以上前に各地へボンネットバスを追い掛けた日々を思い出していた。

 

 

吉備線に乗車して、夕方に伯備線の豪渓に着いた。当ホームページのトップページに載っているEF64に刺激されて、伯備線でも貨物を牽引しているJR貨物岡山機関区のEF64を撮りに来たのだ。地味ではあるが、西日本エリアでは唯一の同機の働き場所だ。豪渓から倉敷寄りに歩くと、逆光ながら、連なる空コキもいただけないが、カーブを行く同機の写真を撮ることができた。考えれば、EF64の走行写真は、これが初めてだった。
帰りに乗った列車は、新見発姫路行き、時刻表を見ると、岡山周辺では、岡山駅をスルーするローカル列車が多く設定されるようになった。これに乗ると、姫路で1分で新快速に乗り継げる。新見~大阪が1回だけの乗り継ぎだけで4時間余りで結ばれる。18きっぷ族には嫌がらせのように、普通列車の乗り継ぎが年々悪くなっているが、逆にこのようなケースもあるものだ。

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