はこぶら・津軽の雪飛ばし 2016年冬 Part6 函館市電の白い朝、その後

第2日目 2月18日 その2

昼食後は、白い道を行く函館市電の撮影は諦めました。こんな時はどうすりゃいいのか、どんなイメージを持って撮れば良いのか・・、自問自答しながらまずは現場だ、乗って車窓を見れば答えが出るかもと、もう1度湯の川までを乗って見てみる事にしました。

心がけは良かったと思うのですが、昼間で空席が目立つ車内です。座っての車窓も良いだろうと座ったシートは下から温風が出ています。食後は体が暖かくなったのとあいまって、ついウトウトと・・、ハッと気が付けば終点の湯の川まで着いていました。これでは残念ですが答えは出ません。

⑤ 十字街 13:00
⇒13:39 湯の川
DSC_5891008▲ 13:46 
眠気覚ましに降りてみましたが、見えたのはすっかり雪が溶けた路面に姿を映して湯の川を発車する724でした。
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 福岡・北九州 路面電車 いま・むかし 〔4〕

砂津

新幹線に乗ると、博多から小倉までは15分、ここにも、北九州市を横断するように西鉄北九州本線が平成12年まで走っていた。平成時代の廃止と言うと、つい最近のように思えるが、廃止になったのは、西端の黒崎駅前~折尾の5キロ余りで、代替バスの道路開通が遅れたため、ずれ込んだ。それ以前では、東端の門司~砂津間やほかの支線が昭和60年に廃止、そして小倉など中心部を走っていた砂津~黒崎駅前12.7キロは、平成4年に廃止になった。JR鹿児島本線が完全に並行していると言うのに、よく平成時代まで生き延びたものと思える。それでも小倉の街から路面電車が消えてから20年以上になる。廃止の年には、朝に黒崎から写し始めて、小倉までまる一日を全区間を歩き通して写した。

60210多くの電車が待機する、東の始終点となった砂津。連接車も待機する。

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はこぶら・津軽の雪飛ばし 2016年冬 Part5 函館市電の白い朝

第2日目 2月18日 その1

5:30 夜明け前、目覚ましの音で起き上がりましたが、身体が動いてくれません。
67歳、最近老いが進んだのか、離れた土地に行くと身体が慣れるまでに時間を要するようになってきました。
今回は短い旅ですがほんちゃんは明後日からです。今日は無理をしないでおこうと早朝のササラ電車の撮影を諦めて、撮影開始はホテルで朝食をとってからにしました。ホテル1階の朝食会場から外を見ますと、積もった雪から昨夜約10㎝以上の積雪を確認できました。
白い道行く函館市電の撮影を堪能できそうです。期待を持って出動しました。

DSC_9193028▲ 8:23 函館駅前市役所前 8008の行く白い道は、昨夜の降雪で期待通りに輝いていました。
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ダメ押し 倉吉線訪問記 1973年夏

投稿する函館の昔の写真をスキャンするためにネガを整理していたら探していた倉吉線のネガ2本が見つかりました。
もう少し早ければタイムリーだったのですが、遅れ馳せながらのダメ押しとして1973年7月21日(土)、私が初めて訪問しました倉吉線の紹介をさせていただきます。ただ当時の記録日誌は紛失してまだ見つかってはおらず、写真と時刻表を見て、合わせながらの紹介となりますので時間等が間違っているかもしれません。ご理解、ご了承願います。

① 京都22:08(臨時急行白兎51号)⇒4:36倉吉
▲ 4:36 前夜、京都から臨時急行白兎51号に乗って着きました。まだ夜明け前の倉吉駅です。駅前にひと気など全くありません。
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 福岡・北九州 路面電車 いま・むかし 〔3〕

西新

福岡市内線の今昔を撮影するなかで、もう一ヵ所、どうしても行きたいところがあって、高速バス発車までの約30分を利用して、急いで地下鉄で向かってみることにした。
60210 018syその場所は、天神から地下鉄で西へ4駅目の「西新」である。市内線時代は、貫線から城南線を分岐していた結節点だった。気になったのは、背後の煉瓦建築だった。私は近代建築にも興味があったので、当時から車両と絡めて撮るようにしていた。と言っても予備知識は乏しいから、たまたま見つけた場合だけだ。当時、建物は無人の様子だったが、戦前は、市内線の前身となる福博電車の本社であり、昭和17年に多くの私鉄を統合してできた西日本鉄道の初代の本社としても引き続き使われていた、西鉄にとっては由緒ある建物だった。

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はこぶら・津軽の雪飛ばし 2016年冬 Part4 夜の函館駅、寝台特急カシオペアを撮る

DSC_9124_1086▲ 21:05 函館駅8番線に到着したのは札幌16:12発⇒上野9:25着のDD51重連牽引の寝台特急カシオペアです。北海道新幹線開業により消えゆく列車になります。札幌発は今年3月20日、上野発は19日が最終運行日となります。(※ 今後は団体臨時列車としては運行)今まで乗車する機会のなかった豪華A寝台オンリーの寝台列車で、乗りたくとも最終日まで全席売切れです。最後の対面となりました。
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 福岡・北九州 路面電車 いま・むかし 〔2〕

天神

博多駅前からブラブラ歩きながら、天神まで来た。商業施設が高度に集積した、九州最大の繁華街も、昭和50年までは、貫線・環状線が交差する福岡市内線の要衝だった。
60210 020sy_R当時の天神のシンボルが、背後に見える岩田屋百貨店で、その南隣は西鉄福岡駅と接していて、改札口と岩田屋2階がつながっていた。九州初のターミナルデパートだった。貫線の西新行きが天神交差点を渡って行くところ。その後、西鉄の天神ソラリア計画により、交差点から南下したソラリアターミナルビルのなかに福岡駅、バスターミナルが入り、この場所はパルコが入店した。いま見ると建物外装が違い、新築のように見えるが、中身は当時のままである。写真では、機動隊、パトカーに囲まれて行進するデモ隊が見える。昭和47年の浅間山荘事件後は、学生運動も下火になって、我々の現役時代と比べると、行進もずいぶんおとなしくなっていた。

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はこぶら・津軽の雪飛ばし 2016年冬 Part3 白い道を行く、夜の函館市電を撮る

第1日目 2月17日 その3

16:35 ホテルにチェックインして部屋に邪魔な荷物を置きました。身軽になって、撮影スイッチが入りました。
DSC_8935059▲ 17:12 JR駅前を恵山国道から海峡通へと直角に曲がり函館駅前へと入線する3003、2系統の谷地頭行きです。函館のこの日の日没時間は丁度今の時間、17:12です。雪空で直ぐに夕闇がやってきます。薄暮からの夕闇に包み込まれる頃には、車内照明が白い道を照らだします。そんな幻想的なイメージを撮ってみたいと夜撮に臨みました。
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はこぶら・津軽の雪飛ばし 2016年冬 Part2 函館市電、ササラ電車を追う

DSC_9179100▲ 21:29 函館駅前電停です。夜になっても雪は降り続きした。今日はササラ電車に運良く巡り会えましたので幸先良いスタートとなりました。明日も雪が降って欲しいと願いました。

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はこぶら・津軽の雪飛ばし 2016年冬 Part1

DSC_8849036▲ 15:35 青柳町~宝来町 新雪を吹き飛ばしながらササラ(排形)電車が走ります。降雪のあった早朝に走るとは聞いていましたがこんな真昼間に、着いたばかりなのに走っているのを撮影できるとは感激でした。
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 福岡・北九州 路面電車 いま・むかし 〔1〕

博多駅前

“つい最近”と思っていた出来事なのに、改めて思い返すと数十年も経っていたことに愕然とすることがあります。これも加齢現象のひとつでしょうか。少し前に九州を駆け足で回りましたが、そう言えば、西鉄福岡市内線が昭和54年に全廃にになってから37年、北九州市内線でも最終区間が平成12年に廃止になってから16年になることを改めて知りました。いずれも廃止前には、ほぼ全線を歩いて写しており、時代の隔たりを感じるとともに、感慨深いものを覚えました。「一人で今昔対比ができるのは高齢者のみである」は、準特急さんの至言ですが、生き永らえて地道に趣味活動を続けてきた者の特権として、福岡、北九州での今昔対比を試みようと、久しぶりに両市の中心部を歩いてみました。

60210 021sy_R博多駅前の西鉄福岡市内線、背後に見える博多駅は、昭和38年に完成した第3代目で、それまでの博多駅は別のところにあり、手狭になったため、移転・新設された。路面電車も同時に移設・延長された。駅は、ビル全体を博多ステーションビルと言い、百貨店の井筒屋がキーテナントとして入店していた(昭和51年8月)。

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 雨のなか 最後の青ガエルを見送る

年が開けて一ヵ月半、少しは自分の時間も持て、小旅行もできるようになりました。こんな時、熊本電鉄の“青ガエル”こと5101Aファイナル運転の報を聞き付け、久しぶりの九州入りとなりました。
かつては福島交通、長野電鉄、松本電鉄、上田交通、岳南鉄道でも、第二の人生を送っていた東急5000系ですが、現役として稼動していたのは熊本電鉄5101Aのみとなりました。両運転台化改造され、数年前に東急時代のグリーン一色に復刻されると注目を集めるようになりました。東京メトロから置換用として入線した01系が増備され、2月14日の運転・展示を最後に引退することになりました。
syo60212 363上熊本線と言われる上熊本~北熊本間3.4キロで、「青ガエル引退イベント」として1、2月の休日を中心に5101Aが終日運転された。訪れた2月13日は、青ガエルに相応しい土砂降りの雨、坪井川公園付近の築堤でズクズクになって写した。

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福井見聞録 2016年冬 Part4 えちぜん鉄道、雪景色を求めてⅡ

DSC_8656046▲ 14:09 福井口で、勝山永平寺線から三国芦原線へと乗り換えられるアテンダントさん、電車が発車して2両目が通り過ぎるまでの長い間、深々とお礼のお辞儀で見送られます。

2度の重大事故で一旦は廃線となった鉄道を新たにえちぜん鉄道として再生した、救世主と言わせる評判のアテンダントさんのおもてなしの心、ここにありのシーンです。しかし、えちぜん鉄道利用客の観光客比率は約1割程度で殆どは沿線地元住民です。”今日もご乗車ありがとうございました。引き続きのご利用をお待ちしております。”のお礼でもあります。

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福井見聞録 2016年冬 Part3 えちぜん鉄道、雪景色を求めてⅠ

DSC_8512025▲ 昨夜就寝前に外を見ましたら白いものが舞っていました。ひょっとしたら今日は白い朝になるのではと期待していました。6時前に起床、カーテンを開けて窓の外を見ましたが残念ながら濡れた路面が見えるだけです。雨に変わったようでした。

7:04 福井駅前、朝焼けがわずかに残る中、静かに発車を待つ急行越前武生行きです。 続きを読む

福井見聞録 2016年冬 Part2 えちぜん鉄道、北陸新幹線高架を走る

DSC_8331085▲ 北陸新幹線高架に仮設された軌道を新福井から福井に向かう列車。わずか800mとはいえ新幹線の高架橋に別の電車が走るとは阪急に続いて2度目の歴史的な出来事です。阪急が約8ケ月だったのに比べて今回は約3年間と長きになる予定です。

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福井見聞録 2016年冬 Part1 雪景色を求めて福井へ

当分、長旅が出来ない状況となってストレスが溜まってきました。近場で車窓からの雪景色を見る事で発散しようと思っていましたが、今年は暖冬で中々旅立ちができません。毎日のようにYahooの天気予報を見ていましたら土日に福井に雪マークが出ました。土日なら福井鉄道・えちぜん鉄道の一日フリーきっぷが購入できて安く楽しめます。年金生活者にはピッタリと早速、カメラバック1つを持って出かける事にしました。

第1日目 2月6日 その1
① 長岡京6:47(快速)⇒6:54京都7:00⇒8:04近江今津

DSC_5599▲ 6:47 まだ明けきれない朝の長岡京からの出発です。土曜日ですがほぼ満席の乗車率でした。

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 50年前の撮影地を歩く -10-

初の雪中撮影で米原へ <その2>

50年前の米原、初の雪中撮影記を続けます。午前中は、一面の鉛色の空だったものの、午後からは晴れ間も見えてきました。雪の反射を受けて、列車の下回りもきれいに出て、雪の撮影の良さを満喫します。今では人家も建って見通しが利きませんが、当時は、分岐して行く東海道線の上り線がよく見えて、両方を掛け持ちも出来ました。

160118 021sy交直接続の米原~田村が電化し、田村駅南に交直のデッドセクションが設けられたのが昭和37年で、その時に、浜松工場でEF553の機器を流用して交直両用の電気機関車ED301が製作された。短区間の米原~田村の折返用に特化した凸型のセンターキャブを採用、屋根が狭いため当時では珍しい下枠交差形パンタを載せた。それまで、蒸機で間接接続しかできなかった直流・交流区間を跨ぐ列車牽引を、初めて電機が担った。交直両用の471系と同じローズピンクの塗色が、雪のなかによく映えていた。

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撮影地今昔-旧・福知山線・生瀬-道場間(6)

7.武田尾-道場間(2)
武田尾から廃線跡を辿り、大茂山トンネルの対岸×印のところで道が途絶えました。そこで道場側から回り込み、旧線の対岸を○の地点まで引き戻りました。×~○間、距離にして凡そ1kmほどは通過できずとなりました。尤も道場までのこの区間は、廃線の対岸で道路のあるところだけを通りましたので、廃線軌道敷き跡を歩いていません。
▼大茂山トンネル-道場間地図
601252それで、大茂山トンネルの道場方坑口と、野田尾トンネル武田尾方坑口は見れずじまいでした。せめて野田尾トンネルの道場方坑口をと探しましたが、草木が覆い茂り、なかなか容易に見つかりませんでしたが、石積み箇所をようやく見つけ、坑口も判りました。
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2016台湾の旅(後編)

 打狗鉄道故事館はMRT橘線終点の西子湾駅の2番出口を上がったすぐのところにあり、旧高雄港駅で、開業時は打狗駅と言う名前であった事から打狗鉄道故事館と呼ばれています。一昨年ぶんしゅう様が行かれた後、2014年4月19日に新しくDL2台、貨車1台が展示されました。
IMG_4538k▲林口発電所で使っていた1970年日立製HG60BB型ディーゼル機関車、動態保存なのか訪れた時はエンジンがかかっていて、2人の係員が何やら触っている。広いヤード跡は緑地になっていてこの日は何かのイベントかタコがたくさん上がっていた。

翌10日は早起きして太麻里に向かいました。太麻里駅で金崙温泉で宿泊して先行されているデカンショまつり号さんに電話して、場所をお聞きし、駅から約30分坂道を歩くと上の方からブギウギさんの呼ぶ声がして、無事に合流することができました。 続きを読む

撮影地今昔-旧・福知山線・生瀬-道場間(5)

6.武田尾-道場間(1)
▼ ❶現武田尾駅の下を潜り、❷右にカーブし、道場方面に向かいます。この道路も廃線跡。❸少し幅が狭くなりました。❹草山トンネルが見えました。takedao11 続きを読む