▲ 今日は前回2014年2月に訪問した時に撮れなかったナロー760㎜ボスニアゲージのバノヴィチ炭鉱鉄道でチャーター列車を仕立てての乗り鉄、撮り鉄を楽しみ最後は夜撮です。
バノヴィチ炭鉱鉄道 は、露天鉱の積込場から標準軌に積替えるまでの間、1947年に開業された10.6㌔の路線です。公式HPはこちらです。
【DATA】 NIKON800E ズーム48㎜、F8、6秒、ISO100
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「紀行文」カテゴリーアーカイブ
遥かなる東欧の旅 ボスニアの現役蒸気機関車を訪ねる 2015年 Part3 バノヴィチ炭鉱鉄道 その2
▲ 12:10 昼食はボスニア風お好み焼き(サンドイッチかも・・)屋に入りましたが迎えてくださったのは目鼻立ちのはっきり整ったボスビア美人のお姉さんです。
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遥かなる東欧の旅 ボスニアの現役蒸気機関車を訪ねる 2015年 Part2 バノヴィチ炭鉱鉄道 その1
2016年 謹賀新年
ぶんしゅうは乗り鉄、撮り鉄が大好きな鉄ちゃんです。年々少なくなってきた希少の蒸気機関車やトラムを求めて世界各地へと飛び回ります。今年も海外からの報告が多くなると思いますがよろしくお願い申し上げます。
50年前の撮影地を歩く -8-
新しい年を迎えるというのに、古典ネタで恐縮です。アルパムを繰っていたところ、ちょうど50年前の昭和40年12月31日、加太へ初めて撮影に行ったことが分かりました。高校1年の時でした。その時の思い出で、今年を締めくくることにしました。
初の加太行き
列車で加太を通過したのは、記憶に残る限りでは、小学校の伊勢への修学旅行が初だった。京都の小学校の定番列車である“鳥羽快速”に乗って、草津、柘植を通り、加太を通過したはずだが、まるで覚えがなく、車内で撮った写真から乗ったのは背ずりが板張りのオハ61系だったことが分かるのみだ。時代が下って、昭和40年、「鉄道ファン」の撮影地ガイドに加太が載った。京都から数時間のところに、D51の咆哮が鈴鹿の峯にとどろいて…というフレーズを何度も読んで、イメージを膨らませたものだ。
加太行きを決意させた、もうひとつの理由がある。初めて一眼レフを手にしたのだ。ペンタプリズムのカメラは、憧れだった。それを持つだけで、上手い写真が撮れそうな気がした。機種は思い切ってニコンF、とも考えたが、家庭の経済環境も考慮して、アサヒペンタックスSVとなった。3万5千円ぐらいだったと記憶している。ところが、このアサヒペンタックスSV、露出計は内臓されておらず、軍艦部に取り付ける外付け露出計を買うことになる。そのため、一眼レフを特徴づける軍艦部が無愛想な露出計で隠れてしまい、カッコから入った私にとってはガッカリだった。
横道にそれたが、撮影地ガイドと、一眼レフを携えて、大晦日の加太行きとなった。うっすらと雪の積もった、寒い一日だった。
▲二十回近く通うことになる加太だが、蒸機廃止直前と違ったのは、特急が走っていたことだ。名古屋~東和歌山を一往復する「あすか」で、昭和40年3月改正で、紀勢本線の特急「くろしお」と同時に生まれた。この当時、準急「かすが」ですら区間短縮されていた時代で、特急需要など最初から見込みはなく、キハ80系が和歌山機関区に配置されたことで、その間合い利用を兼ねての運転だった。そのため、運転経路も名古屋~東和歌山となり、久宝寺からは阪和貨物線を経由して阪和線で東和歌山へ向かった。奈良を中心としたビジネス需要を狙った時間帯の設定ではあったが、乗車率は極端に低かった。改正半年後には、食堂車の営業休止、自由席などの合理化が図られたが、好転はしなかった。結局、わずか2年半走っただけで、昭和42年10月改正で廃止されてしまう。私も最終日は奈良駅で撮ったものの、走行中を撮ったのはこの一枚だけだった。
遥かなる東欧の旅 ボスニアの現役蒸気機関車を訪ねる 2015年 Part1 旅立ち
今回の旅で驚かせられたのはカタール航空乗継でのドーハ空港のシャトルバスです。
飛行機は遅れて大急ぎでしたが、まさかこんな走る応接間のような豪華なバスに乗って飛行機に搭乗するとは思いませんでした。
さすが中東でもトップクラスの産油国、超金持ち国家の空港サービスの1つです。おみそれしました。
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1961年夏→2015年冬 五十年ぶりの井笠鉄道
この年末に思いかけない旅行をすることになりました。
クローバー会の企画で瀬野八と広島電鉄への訪問です。実は、以前から家内が「福山に住む旧友に会いたい」と言っていたことが気になっていたので、この機会に済ませようと思いつきました。広島での予定を終えてから福山に向かい家内と合流して鞆の浦観光をして帰る、という計画です。
そこで気楽に西村さんにどこか見るところがあるのか?と聞いたところ、とてつもない企画書が送られてきました。旅行会社でも思いつかない素晴らしい旅行案が3通り。当時は西村さんはクローバー会の準備で大変な時期であることは知る由もありませんでした。本当に申し訳ない!
推薦案の中で、井原鉄道で総社に出て吉備線で岡山に帰り、新幹線で京都へ戻る計画を即決で採用しました。というのは高校時代に井笠鉄道に乗ったのですが、その時撮った写真の場所がわからず、すっかりあきらめていたのです。でも矢掛に旧井笠鉄道の矢掛駅が残っているとの情報があるので行って見たかったのです。

撮影:昭和36年7月19日 続きを読む
伊予鉄訪問記 2015年 Part5 乗り鉄・撮り鉄 その3
▲ 13:47 食後は、駅前通りを散策です。昨夜イルミネーションで煌びやかに輝いていた駅前の街路樹は昼間も紅葉で輝いていました。初冬の早い斜光を受けて路面電車も輝いています。
今日は割引きっぷ4日間の最終日です。朝から伊予鉄道の市内線、鉄道線の乗り鉄・撮り鉄を目一杯楽しむ事にしました。
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伊予鉄訪問記 2015年 Part4 乗り鉄・撮り鉄 その2
▲ 伊予電には大手町と古町に鉄道線と市内線との平面交差(ダイヤモンドクロッシング)がありますが古町はⅩ型です。1965(昭和40)年に帝國車輛で製造された76号車が渡ります。
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伊予鉄訪問記 2015年 Part3 乗り鉄・撮り鉄 その1

▲ JR松山駅前に入線してきた伊予電モハ2004号車、下は京都に在りし日の姿です。2000形は、京都市電車初のワンマンカーとして、またラッシュ時には2両連結車として設計され、ナニワ工機で1964(昭和39)年~1965(昭和40)年に6両が製造されました。この頃が京都市電の最盛期で、最後の新製車となりました。
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伊予鉄訪問記 2015年 Part2 松山のイルミネーション電車を撮る
▲ 20:40 伊予電(伊予鉄道)市内線の松山市駅の駅前通りは、幻想的なイルミネーションで煌びやかに輝いていました。11月27日~1月11日、日没から23時まで点灯される中、イルミネーション装飾の光のトラムが走行していました。
【DATA】 Nikon-D800E ズーム78㎜、F5、1/125秒、ISO6400
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伊予鉄訪問記 2015年 Part1 呉線全線開業80周年、呉駅での展示
クローバー会ツアー前後は、自由人の身を活かして三江線や福塩線も訪ねる予定をしていましたが、そんな時はいろいろと用事が入ってしまい直前まできっぷを買うまでにはならずでした。おかげでおとなびのお得なきっぷを買う事が出来ず最も安く買える残った選択は、乗車前日でも買える”松山・広島割引きっぷ”(15,000円)のみになっていました。
当初にダイヤを組んだ長岡京⇒新大阪(みずほ)⇒福山(福塩線)⇒三次(芸備線)⇒広島(呉線)⇒三原(在来線)⇒福山(こだま)⇒新大阪⇒長岡京のルートプランはもろくも崩れてしまいました。
そして、このきっぷは広島、又は松山のどちらかを最初に訪問する片方向でしか乗れず、また乗車可能なのぞみ号は限定されて、わずか4列車の選択しかありません。
クローバー会ツアーに参加するとなると広島から回るしかありませんでした。
また、磁気きっぷなのですが自動改札機でははじかれてしまい、改札係員に見せての入出場でした。
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2015年 西方見聞録 トルコ鉄路の旅 Part32 ヘルシンキのトラムに乗る、撮る 帰国
2011年のエリトリア以来4年ぶりとなった家内との長期海外旅行も今日で帰国となりました。復路は往路の逆コースでトリキッシュ航空でヘルシンキへ、ここでトランジットしてフィンランド航空(AY/JAL共同運航便)で関空へと戻ります。ヘルシンキでのトランジット時間は約5時間、あまりに長いので一旦フィンランドに入国して初めての町の鉄道、トラムを見に行く事にしました。
▲ 13:51 ヘルシンキ空港から2015年7月に開業したばかりの新しい空港アクセス鉄道に乗車してヘルシンキ中央駅に着きました。駅前はトラム、トラムが一杯です。電停にも溢れんばかりのたくさんの乗客がおられました。
入線するトラムはボンバルディア製の100%低床車、Variotram-234号5車体連節車。1998~2003年に40編成が投入されましたが台車、車体に重大な欠陥が見つかり増車がストップしているそうです。どうもカーブを回り切れないようで、ハードなカーブが多いヘルシンキの路線には合わなかったとのネット情報です。ニュースソースはこちら(フィンランド語)です。
車体長24,400㎜、車幅2,300㎜、高さ3,400㎜、出力45kw×12、車重35㌧。
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”京都市電に乗りに行こう! そして、安芸西条の銘酒「白牡丹」で” クローバー会 2015年ツアー開催
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DRFC-OB クローバー会では、会員相互の親睦をより深めるため、12月5日~6日に広電をチャーターしての乗車と安芸西条の銘酒「白牡丹」酒蔵見学の旅を実施致しました。ご報告をさせていただきます。
▲ 10:37 横川駅に到着するチャーター市電1911号車(祇園)、1957年にナニワ工機で製造された元京都市電1927号車です。1978年に広島電鉄に移籍しております。ヘッドマークは付けたいと当初に計画・交渉いたしましたが残念ながら広電より却下となりました。
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2015年 西方見聞録 フインランド鉄路の旅 Part31 フィンランド鉄道に乗ってヘルシンキ中央駅へ
2011年のエリトリア以来4年ぶりとなった家内との長期海外旅行も今日で帰国となりました。復路は往路の逆コース、トリキッシュ航空でヘルシンキへ、ここでトランジットしてフィンランド航空(AY/JAL共同運航便)で関空へと戻ります。ヘルシンキでのトランジット時間は約5時間、あまりに長いので一旦フィンランドに入国して初めての町の鉄道、トラムを見に行く事にしました。 続きを読む
2015年 西方見聞録 トルコ鉄路の旅 Part30 イスタンブール
イスタンブールの新市街、イスティクラール通りには観光用ですが復元したノスタルジックトラムがを走っています。子供たちにとっては絶好の遊び道具で、トラムが走り出しますとぶら下がっての乗車を楽しみます。勿論違反で乗務員からは降りるように注意が出ますが子供たちはお構いなしです。一旦は降りますが直ぐにぶら下がりを続けます。
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2015年 西方見聞録 トルコ鉄路の旅 Part29 イスタンブールのコチ博物館へ行く 後編
2015年 西方見聞録 トルコ鉄路の旅 Part28 イスタンブールのコチ博物館へ行く 前編
2015年 西方見聞録 トルコ鉄路の旅 Part27 カルス⇒イスタンブール 空路で向かう
今回の旅もようやく終盤を迎えました。今日は東の果てカルスから空路で西のイスタンブールへと国土を縦断して戻ります。空路では約2時間のフライト時間です。
列車では直行列車はなく、夜行列車と高速鉄道の乗換を必要とします。所要時間も約31時間以上となりますので、移動客の殆どはよほどの鉄ちゃんか飛行機嫌いでないと利用しないでしょうね。
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2015年 西方見聞録 トルコ鉄路の旅 Part26 アンカラ⇒カルス トルコ最長の寝台特急(DOĞU eks.)に乗るⅡ
日本の約2倍の国
土を走る鉄路、今回の乗り鉄ハイライトは首都アンカラから1,365㌔先の東の果てカルスまでの夜行寝台特急 DOĞU eks.に乗車する事でした。
乗車する車両はゆったり空間の2人用コンパートメントです。切符代は高齢者割引制度を利用すると、24時間余り乗っても66.5TL(約2,660円)、日本では考えられない超格安料金です。
18時、列車は定刻にアンカラを発車して東へと向かいました。食堂車で夕食も済み、今日は早めの就寝、明日から見る初めての大地を楽しみにしました。
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