伊予鉄訪問記 2015年 Part5 乗り鉄・撮り鉄 その3

DSC_8074059▲ 13:47 食後は、駅前通りを散策です。昨夜イルミネーションで煌びやかに輝いていた駅前の街路樹は昼間も紅葉で輝いていました。初冬の早い斜光を受けて路面電車も輝いています。

今日は割引きっぷ4日間の最終日です。朝から伊予鉄道の市内線、鉄道線の乗り鉄・撮り鉄を目一杯楽しむ事にしました。


⑥ 古町11:19⇒11:25西衣山

伊予電鉄道線の車両を撮ろうと思っていましたが横河原線には見つけられませんでした。郡中線も前回の訪問で石手川公園ぐらいしかないと見ました。ただここは桜シーズンが1番です。と、なると複線で走行している高浜線が駅撮りも出来ますのでベターです。まずJR線と立体交差する西衣山に行って見る事にしました。
DSC_8008043▲ 11:24 西衣山に到着です。クハ3310+モハ3110+クハ3510

DSC_8009_210▲ 11:34 オレンジ色に塗装された700系、オーバークロスのJR線をくぐっての到着です。クハ766+モハ716+モハ726

京王_5000_100▲ 下は京王時代の5000系です。まだ冷房車と非冷房車のある時代でこれは非冷房車です。保線員が架線の点検をされておられるようですが、今はすぐ横に電車が走行している時には認められない作業です。作業員の方も怖かったでしょうね。

DSC_8021045▲ 11:53 続いて来たのは3000系、今や伊予電の主力です。狙い通りほぼ順光で撮れました。クハ3308+モハ3108+クハ3508

⑦ 西衣山11:54⇒12:03梅津寺

▲ 11:54 入線してきた伊予電700系に乗って梅津寺に移動です。ガラ空きの車内、以前は閑散時間2両編成で走っていました。連結部分は改造されています。

DSC_8034048▲ 12:03 最も海に近い駅、梅津寺に到着です。昨日とは打って変わっての澄み切った青空に静かな海、夕刻には下灘へ向かいます。素晴らしい夕陽が見られるだろうと期待が膨らみました。

DSC_8039050▲ 12:15 先ほど乗ってきた700系が終点の高浜で折り返して戻ってきました。クハ767+モハ717+モハ727

DSC_8047051▲ 12:17 珍しく700系2連が到着しました。2009年に訪問した頃は日中2両、ラッシュ時は1両を増車して3両編成で走っていました。松山市駅ではラッシュが終わると1両が切り離される作業を見ましたが・・。モハ719+クハ769

▲ 松山市駅で切り離された車両たち。2009年9月撮影

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▲ 梅津寺駅舎です。標高は4.5m、今日利用しています「いよてつ電車・バスの乗り放題切符の案内が掲示されていました。駅員がおられましたので、ここでも買えそうです。

DSC_8283_100▲ 梅津寺駅横の梅津寺公園には、1888(明治21)年から1954(昭和29)年まで、67年間走り続けた伊予鉄道1号機関車「坊っちゃん列車」、現存する最古の軽便蒸気機関車が静態保存展示されています。1880年開業当時の甲1型1号機関車で、日本国有鉄道指定記念物、県指定民俗資料に指定されています。

⑧ 梅津寺12:30⇒12:48松山市
DSC_8062057▲ 12:48 モハ719+クハ769に乗車して松山市に到着しました。

DSC_8067058▲ 12:58 横河原から到着した”クハ766+モハ716+モハ726”は、先ほど撮った列車の折り返しです。

一旦下りて昼食です。昨夜と同じ松山市駅の駅前で街角食堂を探して美味しくいただきました。
DSC_8103060▲ 食後散策していますと丁度坊ちゃん列車がやってきました。四国で初めての鉄道として1888(明治21)年10月28日に開業した伊予鉄道の松山(現;松山市)~三津を走ったドイツ・クラウス社製B形蒸気機関車1号機です。本物は梅津寺公園に静態保存されていて、これはディーゼル駆動のレブリカですがよくできています。煙を噴き上げてくるようにも見えます。汽笛を鳴らしながら松山市内を走ります。

⑨ 松山市14:45⇒15:09郡中港

DSC_8122061DSC_8123_100▲ 14:41 再び松山市駅に戻って今度は郡中線の終点・郡中港へと向かう3000系に乗り込みます。クハ3502+モハ3102+クハ3302

14:45 2駅目の上居田で3000系と交換。残念ですが逆光のために正面ガラスにピントが合ってしまい車両番号が読み取れません。

DSC_8125062▲ 14:56 岡田で同じ3000系と交換します。クハ3503+モハ3103+クハ3303

DSC_8126063▲ 15:01 朝のラッシュ時には折返し始発もある松前です。南予鉄道が1896(明治29年)年7月4日に開業した時に設置されました。駅舎は木造造りです。横河原のように取り壊すのではなく鉄道遺産として長く保存して欲しいものです。

DSC_8129065DSC_8127064▲ 15:04 最後の交換駅・地蔵町でも3000系と交換です。

クハ3305+モハ3105+クハ3505
DSC_8131067DSC_8132068▲ 15:09 郡中港に到着しました。終点ですが片側ホーム1線です。このため地蔵町までは1閉塞区間になりますので、1列車しか運行されません。5分後には折返し発車して行きました。

南予鉄道が1939(昭和14)年に開業したのは1駅手前の郡中まで、この駅は1939(昭和14)年5月10日 に合併した伊予鉄道電気によって延伸開業しています。道路を隔てた左手向こうには、下灘に行くために乗り換えるJR伊予市駅があります。

DSC_8133069DSC_8135070DSC_8136071 DSC_8140073▲ 下はJRの伊予市駅、1930(昭和5)年2月27日、国鉄讃予線が松山駅から延伸した際に南郡中駅として開業しました。1957(昭和32)年2月27日に伊予市駅に改称されています。

⑩ 伊予市16:13(JR)⇒17:09伊予出石

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DSC_8141074▲ 15:55 八幡浜行きのキハ32-11号車が到着。
発車は16:13ですので長い停車です。

DSC_8144075 DSC_8146076▲ 15:58 八幡浜方面からキハ54-2が入線してきました。折り返して内子廻りで伊予大洲へ向かう列車です。予讃線は旧来の予讃線と内子廻りの新線が隣の向井原で分岐します。向井原駅は単式ホーム1面1線で交換設備がないため、旧線経由のこの列車は、この駅での交換のための運転停車でした。
12:08、伊予大洲行きが先に発車して行きました。

▲ 16:34 列車は夕陽が落ちる海に向かって走りました。

DSC_8156080▲ 16:36 20名ちかくの鉄ちゃん達がカメラをかまえる中、下灘到着。当初は降りて、沈み行く夕陽を鑑賞しながらの旅情を楽しもうと思っていましたが、すっかりと有名になった下灘です。ゆっくりするところではなくなっています。また前回訪れた時と違って夕日は瀬戸の海に沈まず前方の山影に入りつつあります。車窓からの鑑賞に切り換えました。

下灘1_100▲ 2009年4月8日に訪れた時に撮りました。時刻は18時19分でした。

DSC_8158081▲ 16:45 車窓からの鑑賞は正解でした。オレンジ色の空と輝く海を見ながら伊予長浜に近づきます。車窓から夕陽が見えたのはここまででした。

DSC_8173084▲ 17:09 乗車は伊予出石までにして折り返すことにしました。夕闇が近づくホームに降り立ち、松山へと戻る列車を待ちました。

⑪ 伊予出石17:29⇒18:30松山18:41(しおかぜ30号)⇒21:28岡山21:44(のぞみ98号)22:38新大阪

今回の3泊4日の旅は終わりました。私の母方の亡き祖母は明治22年の生まれで、嫁いだ先は宇和島の外洋航路の船長さんだったそうです。親の決めた相手に会うために、親に命じられるままに初めての地、宇和島に向かいましたが、鉄道が全通していない時代です。大阪港から船を乗り継いで宇和島に着いたそうです。
そんな訳で私には宇和島人の血が流れていますので四国に来ますとなぜか懐かしい気持ちになります。今回は宇和島まで行けませんでしたが、次回は足を延ばしてみたいと思いました。

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