2019年 凍てつく大地への旅 Part7 樺南森林鉄路を撮る、瀋陽へ

第4日目 1月13日 その2

13:28 昼食後はチャーターしたC2型蒸気機関車が牽引する客車列車の撮影です。先程の站から先、樺南站からは5㌔先までが走行可能という事でロケハンしてノミネートした3カ所を撮影地に選びました。

◀ 気温は零下9℃です。毎年零下30℃以下にもなるこの地ですのでかなり暖かいようです。また豪雪地帯ですが積雪はほとんどありません。

▲ 14:13 指定した場所から発車してきました。ドレーンも上げて期待できます。

▲ 投炭が多くなりました。一時的に不完全燃焼になりますので白煙から黒い煙が多くなりました。丁度良い感じです

▲ 14:58 旧満州の夕刻は早く来ます。背景にこれを捉えたいと思い冬季の枯れた広い耕作地を撮影地に選びましたが夕日は直前に雲間に隠れてしまい雰囲気が出せません。

▲ 収穫後のトウモロコシの茎は冬場の薪の代わりに使われます。非常に重要な越冬準備品のひとつだそうです。重ねて干されているその脇を列車は走ります。

 

▲ 途中の集落の道路併用軌道?を抜けて走ります。

 

▲ 14:33 樺南車庫へ戻りました。

車庫内のC2型011号機です。

▲ 16:50 続いては調子が悪く自走出来なくなったレールバスを牽引しての力走です。
この撮影を最後に引き上げです。

▲ 17:42 着いた中国鉄路の樺南站、ローカル站がネオンも設置、ライトアップされて輝いていました。

▲ 駅舎内の待合室は十二分の広さです。

② 樺南 18:22(K7257)⇒19:28 ジャムス

朝に降りた樺南からジャムスへ、そしてハルピンへと戻ります。
◀ ハルピン駅で発券されたきっぷにはパスポート番号の他、ローマ字表記の実名も印刷されていました。


▲ 快速列車ですが朝と同じくわずか4両の短い編成です。

驚いたのはデッキ横に設置してあったボイラーです。
以前、調兵山の鉄媒鉱務局を走る上遊型蒸気機関車をよく撮りに行きましたが、牽引されていた客車は全車ボイラー付でした。
シベリア鉄道の客車は機関車のSG(蒸気発生装置)が故障すると牽引する全客車に煖房が回らないことになって乗客の生命危機となります。そのため客車1両1両にボイラーを設置して極寒対応をしています。
旧満州の激寒の地を専用で走る車両には同じ理由から同じ対策がとられています。中国鉄路の客車では初めて見ました。

 

 

③ ジャムス 20:00(D7822)⇒22:14 ハルピン

ジャムスには19:28定刻に到着しましたがハルピン行きに乗換えは一旦外に出なければならないのが面倒です。
乗継時間は約30分間です。
案内人からこのまま地下通路で待って乗り継ぎましょうとの甘いお誘いに乗りました。
D7822は往路のD7821と同様のDRH5G系の8両×2の16両編成ですが往路が満席だったのとは全く逆のガラガラでした。皆さんと一緒の2等座席ですがゆったりと過ごせました。

▲ 22:14 定刻にハルピン着、ここからはハルピン東站発の瀋陽行きK1010に乗り換えます。ハルピン站からハルピン東站へのメトロはまだ未開業です。往路で乗車した高速鉄道は20:26が最終で終わっていますのでので案内人が用意したチャーター車で向かいます。移動距離は約9㌔弱、所要時間は深夜ですので約20分程度です。
しかし、同じハルピンなのに列車乗換えに車で移動しなければならないのは不便ですね。同じ駅から発着してくれれば良いのですが、日本が便利すぎるのでしょうか。

▲ 22:54 改札手続きが終わりハルピン東站に入場です。

▲ 22:55 この駅も橋上駅でホーム上に広い待合室ロビーがあります。小腹が空いてきたので食堂がないかと探しますがあるのは徳克士(Dicos)、中国のハンバーガーショップだけで包子屋のようなものはありません。仕方ありませんのでバーガーとコーヒー、そしてビールを仕入れて夜食としました。

 

④ ハルピン東 23:34(K1010)⇒7:16 瀋陽

発車15分前に改札です。乗車するK1010ジャムスよりロシア国境に近い北の鶴崗15:06始発で大連までの約1,521㌔を21時間46分かけて走破します。平均速度は69.9km/hと標準的な快速列車のスピードです。

中国鉄路の寝台列車乗車は多分3年ぶりです。軟座寝台は私一人別コンパートメントで下段ではありませんでしたが何とか上段に登って爆睡しました。 Part8へ続く

4 thoughts on “2019年 凍てつく大地への旅 Part7 樺南森林鉄路を撮る、瀋陽へ

  1. 学生時代に熱中した探偵小説作家は「鮎川哲也」でした。
    “倒叙物”という手法を用いる天才で、「黒い白鳥」「黒いトランク」などは名作だと思います。この鮎川哲也の初期の作品に「ペトロフ事件」があり、舞台が大連と旅順でした。これを読んで以来、荒涼たる満州の曠野と港町・旅順にあこがれを持っています。
    この紀行文を見てそれを思い出しました。

    • 米手作市様、コメントをいただきまして、ありがとうございます。
      「ペトロフ事件」ですか、まだ読んだことはありません。大連、撫順ともよく歩いておりますので当時はどんな風に描かれていたのか興味を持ちました。早速Amazonに注文を出しました。

  2. 鮎川作品、私も昔愛読してました。
    昔の時刻表が掲載されてたり、鉄道に関する描写も多いのが魅力ですね。

    • 初期の作品にいい物が多いですね。
      鮎川さんは鉄道ミステリーのアンソロジー(「下りはつかり」、「急行出雲」など)も編纂していて、隠れた短編などを発掘されています。

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