阪和電鉄オリジナル

阪和線のアイスキャンデー塗装には驚かされました。終戦間もないころに、こんなんがあったんですね。阪和線は買収後はチョコレート色で晩年に朱色とばかり思っておりました。阪和電鉄のオリジナルはグリーンだったようで、イラストですがカラーでご覧いただきます。

かつて私鉄はたいてい旅客誘致のため、沿線で遊園地を経営しておりましたが、阪和電鉄も例外でなく、砂川遊園地という施設がありました。営業期間が短かった(閉園時期も判然としないそう)こともあり、ほとんど知られていませんが、昨年、泉南市の埋蔵文化財センターで砂川遊園地に関する企画展があり、覗いたところ阪和電鉄の路線図等も多数展示されておりました。「撮影禁止」の表示がなかったため、撮影してよいか、と職員に尋ねたところ、ストロボを使用しなければ可、とのことで写真を撮らせてもらいました。(ストロボ使ってもよくても、使いづらいですが、、、)

この路線図には、紀伊から粉河への予定線(免許はあったのでしょうか?)も記載されてますが、ライバル南海線は高野線も含め、完全に無視され記載されていないところが凄いです。

イラストは、車内外とも総じてリアルで実物にかなり近いように思え、内装、当時の風俗にも興味を引かれます。電車はモタ300でなく看板モヨ100ですね。ダブルパンタというのも独特ですね。

阪和と関係ないですが、展示されてた地図の京都周辺部もおつけします。愛宕山鉄道や初代比叡山のロープウェイ等も見えます。京津山科が東海道線の北側なのがご愛敬。

和泉砂川駅(西側)  阪和電鉄開業時のものでしょうか?東側にも小ぶりな同様な駅舎があります。

6 thoughts on “阪和電鉄オリジナル

  1. 宇都家様、
    貴重な資料をありがとうございます。
    私は車輌に知識はありませんが、車内のイラストには興味を感じます。阪和電鉄にも京阪の影がうかがえるのに驚いています。

    • 米手作市様

      コメントありがとうございます。
      和服の女性が(髪型も)気になります

      ついでにもう一枚、これは吉田初三郎作です

    • 宇都家さま
      和泉砂川のレポート、ありがとうございます。駅舎は東西両方に、阪和電鉄時代の三角屋根が残っているのですね。三角屋根の駅舎は、阪和電鉄の特徴ですが、建て替わった駅もありますから貴重です。京都周辺の地図も見せていただきました。愛宕山鉄道も載っていますね。問題の山科の右に「緑ヶ丘球場」と言うのが見えます。初めて見る球場名でした。いまは何になっているのでしょうか。古地図を見るのは面白いですね。ところで、宇都家さんは、以前にも阪和線の定点対比の写真を載せられていて、阪和線に熱心に取り組んでおられる様子が分かりました。

      • 総本家青信号特派員さま

        コメントありがとうございます。
        熱心に取り組んでおられ、等と仰られると面はゆいですが、、、、

        長滝も確か三角屋根の駅舎が残っています。

        緑ヶ丘球場は、掲載しておきながら、路線に気を取られ気づいてませんでした。ネットでざっと調べたところ、京阪さんの経営で臨時乗降場(四宮の大津方)もあったようです。このあたりは当会内にも詳しい方がいらっしゃるのではないでしょうか?

  2. 緑ヶ丘球場は、地元の地主の土地を京阪電鉄が借りるという形で作られたそうですね。
    確かに「試合がある日は臨時駅が作られて電車がとまった」との記録もあります。駅があったと思われる地点の勾配は36‰もあり、正規の駅は設置できなかったので臨時駅扱いとしたのでしょうか?
    戦争中は野球どころではなくなり芋畑になり、1945年に京阪電鉄が地主に土地を返還して、球場は消滅したようです。
    跡地は、なにがしかの変遷を経て大津市の藤尾市民運動広場と住宅地になっているようです。
    古い地図から楽しませていただきました。

    • 乙訓の老人の甥 さま

      コメントありがとうございます。

      ところで、地図を改めて見直すと、緑ヶ丘球場のイラストが土俵で相撲をしてるところにしか見えません 西京極では野球をしているようですが、、、

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